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元剣士、聖女に転生!?  作者: 銀花
第二部
26/30

クライツ領へ


翌日。


ソワソワしながら夕方を待ち、水鏡を覗くと──。


今日は、父親が待っていた。


『アリアーツェ、元気かい?』


「父様! はいっ、もちろん!」


待ちきれない期待感が伝わったのだろう。父親は苦笑して、違う領地になら、祖父方の遠い親戚がある事を教えてくれた。


『アリアーツェが学校に通う間、娘として引き取ってくれるかどうか、まずは手紙を送りたい』


「はいっ」


『少し時間がかかるが、待てるかい?』


コクコクと、アリアーツェはうなずいた。


『うまくいったら、また教えるからね。……では、母さんに変わるよ』


後ろを向いて苦笑して、父親は母親と場所を変わった。


母親ともお喋りして、満足したアリアーツェは、精霊達に抱きつく。よほど嬉しかったのだろう。


精霊達も、アリアーツェが嬉しそうなので、喜んだ。






全く新しい法律のため、大陸中が慌ただしくなった。


まずは皇都から運用がはじまり、次第に大きな地方都市へと。


犯罪者集団が捕まったり、不正が露見して貴族が処罰されたり、世間は騒がしかったが、人里離れた森の奥は、変わらず平和な日々が流れた。


そうして、なんとか一段落ついた春のはじめ。


アリアーツェは、湖の主に別れを告げて、隠れ家もそのままに、ある領地へと移動した。




東部地方の端にある、クライツ子爵領。その領地。


遠い親戚で、手紙でしかやりとりをしていなかったが、今回連絡を取ったところ、たいそう喜ばれたらしい。


なにせ、今一番注目が集まるセンテ男爵だ。


騙す訳にはいかないため、娘が皇子との婚約を拒否していること、センテ男爵領には帰って来れないため、学校に通うために親代わりになって欲しいことなどを、正直に手紙で書いたらしい。


返信はすぐに来て、クライツ子爵領で大切に預かることと、婚約拒否は当然、聖女の意思が尊重されるべき。


そして、できる限り協力すると書かれていた。


そのため、アリアーツェは養女として、クライツ子爵家に入ることが決まった。


帝都からも離れているし、ほどほどに田舎なため、のんびり過ごせるという。


「養女?」


『貴族同士では、よくある事だ。今回は、学校に通う間と期間を決めているから──その間に、まぁその、恋人でも作ってしまえば』


突然、父親の姿が消えた。いや、横に倒れて、母親が顔を写す。


『アリアーツェにはまだ早いわ! 気にしなくていいのよ。たくさん学んで、友達を作りなさい』


「はい!」


(ひと安心だな!)


「私達も、一緒に行きますよ!」






そんな成り行きで、はじめて訪れたクライツ子爵領は、自然豊かな、風光明媚な領地だった。


農業も盛んで、果物、とくにワインの産地で有名らしい。ゆるく起伏する丘に、一面の葡萄畑がひろがる様は、圧巻だ。




「はじめまして……私が、クライツ子爵だ」


領地の入り口、のどかな街の門の前で、初老に差し掛かった男性が待っていた。


貴族服ではなく、普通の服。お供すらいない。


精霊達に運んでもらったアリアーツェは、緊張しながら歩み寄って、ぺこりとした。


「はじめまして、アリアーツェですっ、くらいつし、し、しさくさま?」


「はははっ、噂に聞いてはいたが、とんだ美人さんだ。どれ、我が家に案内しよう」


片手を差し出され、怖々と手を預ける。


しわしわの大きな手のひらは暖かく、葡萄の香りがした。


「もう、君の部屋は整えてある。自分の家だと思って、自由に過ごすといい」


「はい! ありがとうございますっ」


「今日からは、アーツェと、呼ばせてもらうよ」


「はいっ」


アリアーツェの足に合わせて、クライツ子爵はゆっくりと歩く。


街に入ったはずなのに、ひろがるのは葡萄畑ばかり。


ときおり民家が見える。


農作業をしている人、籠を背負っている人、道端でお喋りをしている人。


たまに、手を振る者もいて、子爵はのんびりと振り返す。


「この歳で、まさか親になれるとは……精霊さまに感謝だ」


ぴょん、とアリアーツェは跳ねた。


「精霊、一緒にいいですか?」


子爵は破顔した。


「もちろん」


アリアーツェは、空に向かって呼びかける。


「みんなー」


風が渦巻き、光がきらめいて、水が飛び散った。


アリアーツェとクライツ子爵の目の前に、三人の精霊達が姿を現す。


「なんと……精霊が……こんなにはっきり……」


「風と、水と、光さん!」


胸に手を当てて、子爵はちょっと呼吸を整えている。


「だいじょーぶ、ですか……?」


「あ、ああ。少し驚いた……ご挨拶を、させてくれ」


クライツ子爵は、アリアーツェの手を離し、片膝をついた。


「ノア・クライツと申します。聖女様の……アーツェの親代わりとして、短いこの命を捧げて、尽くしましょう。どうか、精霊様方には見守っていただきたい」


子爵は、かすかに震えていた。うっすらと、涙まで浮かべて……。


心配で見ているアリアーツェと違って、精霊達は、満足そうにうなずいた。


「良いでしょう。愛し子の傍には常に我らがいる……そのことを忘れぬように」


「はい」


(なんで、泣く?)





後で、精霊たちにこっそり聞いたこと。


クライツ子爵夫妻には、本当は子供がいたらしいのだ。


だが、五歳の洗練の儀で、子供は神殿預かりとなった。


なにか悪いモノがついているとされて……。


「その子は、どこへいったの?」


精霊達にも、分からないという……。










クライツ子爵の館は、男爵家の館の五倍は大きかった。


玄関前で待ちきれぬように、婦人と執事が待っていた。


「まぁ、まぁ、まぁ! なんて可愛いらしい……!」


「まことに」


「妻のテリサと、執事のポールだ。さあ、まずは家の者たちに会わせよう」


「はわわ」


クライツ夫人には、いきなりきゅっと抱きしめられ、頬ずりされた。


執事の初老の男性は、ニコニコと優しい笑顔で見守っているばかり。


(セバスは……?)

(?)


がっかりする前前世は置いておき、館の中へ案内された。


男爵家とは比べようがない、それなりにきちんとした貴族の館だった。


まず、三階建てで、頑丈な石材と艶のある木材で仕上げられ、部屋数は三十くらい。


料理人、メイド、庭師、護衛がいて、彼らも一緒に住んでいる。


少し古びているが、歴史あるおもむきのある館は、ところどころ蔓草や葡萄の彫刻がされ、とてもお洒落だ。


アリアーツェの部屋は、二階の日当たりの良い個室だった。


ベージュピンクと、白で統一された、大人しめながら可愛いらしい部屋。


「わぁ……!」


そして、大きな窓からは、クライツ領の豊かな葡萄畑が見渡せた。


「気にいったかしら?」


「はいっ、とっても!」


続きの部屋には、バストイレ付き。隣の部屋は衣装部屋。


さらに、専用のメイドさんがつけられた。


使用人も、子爵夫妻も、とても優しい。


料理人が作るご飯もとっても美味しくて、毎日パンが出て驚いた。


それを正直に告げたら、なぜかみんなに泣かれたが。


とにかく、アリアーツェの新しい生活は、幸せなスタートを切ったのだった。







「五歳から、十歳まで、幼年学校があります。領地にも、ふたつあるので、アーツェ様は館から近い方に通いましょうね」


「はーい」


メイドのアンは物知りで、有能だ。


(赤毛じゃない!)


まわりで精霊達がガン見していても動じない。


「まだ幼年なため、遊ぶのが目的ですよ。運動したり。あとは、女子は刺繍やお料理なども」


「ししう」


「こちらの、テーブルクロスのお花、わかりますか?」


そっと端を持ち上げて、見せてくれる。


ピンクの小花と、黄緑の葉っぱが、可愛く模様を作っていた。


「こちらが、刺繍です。クライツ夫人が、縫われたものですよ。お嬢様が気にいってくれるようにと……」


アリアーツェの目が、キラキラと輝く。


「すごい、可愛い!」


「可愛いらしいお嬢様に、ピッタリですね」


「お礼を、言ってくる!」


「走っては、いけませんよ? ドアも私が開け閉め致します。ご夫人の都合をきくために、まずはお手数を書きませんか?」


「! 書きます!」


「可愛い便箋がありますから、こちらを……そうですね、夫人に似合う色にしましょうか。何色が良いでしょう?」


「ええと」






(……すげー)

(始まってるよ、教育)


素直で飲み込みが早いため、アリアーツェはどんどん吸収していった。


ひと月が終わる頃には、それなりに、礼儀作法を身に付けた。


綺麗な服を着て、髪も綺麗に整えられ、どこから見ても貴族の幼女。


例の住民票……証明書も、その頃には子爵領に配布された。


アリアーツェ──アーツェ・クライツ用の、貴族用のタグは、銀色に輝く涙型の石だった。




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