ラナ
家が空を運ばれていく。スイスイと。
大精霊になった風には、簡単なお仕事だ。
(人里近くは、危ないか)
(どこか、人が来ない場所とかないかな)
精霊達が、他の精霊に尋ねたところ……。
「精霊の、湖?」
精霊達が教えてくれたのは、大きな湖の真ん中にある、小さな島だった。
湖が深く、船も出せないため、人間は絶対近付かないらしい。
「わぁ……」
美しい翡翠色に輝く湖と、小さな島。
ひと目で、アリアーツェは気にいった。
湖には、主がいた。大きな魚だ。
挨拶をして、島に住むのを許可してもらう。
湖の周りは豊かな森で、少しの狩りなら良いとの事。
薬草や果物も、豊富。
行き来は大変だが、大きな街もある。
「しばらく、ここで、くんれん!」
剣士は張り切った。
あと、少し早ければ。
つい最近まで、聖女と思われる少年が街に出入りしていた事実に、聖騎士団は歯噛みした。
と、同時に考えを改め、一度、全員をセンテ男爵領に帰還させた。
皇子の館と、騎士団の宿舎、詰所は既に完成。半数が残って、男爵領の守りに当たる。
残る半数は──。
騎士服から、普通の衣服になおし、大陸中に散って行った。
大規模な捜索では、逃げられると学んだためだ。
「からめ手でいく──住民や、冒険者にまぎれ、人知れず探すのだ」
騎士団を見て、おびえる子供の様子が、目に焼き付いていた。
「御意」
聖騎士団の者達は大陸中に散らばって、まずは現地に溶け込む。
聖女らしき子供が現れたら、しばらく様子を観察。
どのように保護するかは、その時の状況から判断する事にした。
(執念深い……)
(こんな奴だったか?)
カイル皇子は律儀に、捜索の進捗具合を、男爵夫妻に伝えているらしい。
母親のやつれ演技は完璧で、一食抜かすだけで涙を出せた。
「んー?」
アリアーツェは、新しい住処を満喫していた。
湖の近くは、きれいな花畑。
珍しい小鳥や、小動物もやってくる。
最初はご飯と思って見ていたが、泣き落としをされて諦めた。
美しく、神秘的な湖の島で、アリアーツェはすくすくと成長していく──木刀を片手に。
最初は、剣士の剣を、覚えるつもりだった。
だが、まだ子供なことと、女子でもあって、直剣は重すぎた。
そこで、前前世の出番だ。
片刃の剣──斬ることに特化した、武器がある。
記憶を見て、剣士も気に入った。
それはもう、夢中になって、新しい剣術を……刀術を作っていった。
美しい翡翠の湖のほとりで、精霊達に見守られながら、無心に──木刀と舞い踊る。
「たのしい……!」
背中に羽が生えたかと思うほど、軽々と──。
精霊の森には、光の踊り子がいる……。
流れの民の秘密の噂を、運良く耳にした者がいた。
霧深い森──地元住民には、なぜか恐れられている、古い古い森。
その森のかなり奥に、底なしの湖があるという。
大陸には、いくつかそんな場所がある。
『決して、近寄ってはならない』場所が。
元々、大陸には伝承の残る場所が多くあったのだ。
そんな、誰もが避ける森に踏み込んだのは、狩人の格好をした二人の旅人だった。
彼らは、運良く湖にたどり着き──。
(……髪も、眼の色も違うが……)
(ああ……)
見て確かめ、何もせずに、帰って行った。
噂が気になって、こっそり森に踏み込んだ者が、もうひとり。
深い森の闇におびえながら、でも簡単に帰る気にもなれず、小動物にビクビクしながらたどり着く。
夕闇に、淡く発光する湖面が見えたのは、だいぶ奥まで入り込んでからだ。
「あった……湖……!」
目当ての湖の発見に、本当にあったのかと驚き、緊張が高まっていく。
湖は、しんと静まり返っていた。
しばらくあちこちを見回したが、人っ子一人いない。
落胆した。
ただ、湖のほとりには、見た事もない小さな、可憐な花畑が。
折しも、月の女神がうす闇のヴェールをまといながら、星あかりをさざめかし……ひっそりと花々を照らした。
心が高鳴って、何かに導かれるまま光の下に歩みでる。
誰も見ていない舞台。
「──」
たかぶった心のまま、彼女は踊り出す。
つたなく、途切れ途切れの幼い踊りだったが、不思議と美しく……精霊達が惹かれるにも十分な。
シャランと飾り鈴が鳴る。
精一杯の自分の踊りを舞った踊り子──彼女は流れの民の、踊り子だった──彼女が満足して手足を下ろすと、花畑の縁で、精霊が見ていた。
「……」
はぁ、はぁと息を整えていると、この世のものとは思えない、儚い美しい精霊が、彼女の手を取った。
「素敵な踊りだった……あなたは、誰? 可愛い踊り子さん」
「……!」
彼女は真っ赤になって、精霊と見詰めあった。
流れの民の踊り子は、その日からたびたび湖を訪れた。
月が出ている間だけ、その美しい精霊と逢瀬する。
花畑の中で、手を取り合って踊る。
「ラナ──可愛い、可愛い、オレの踊り子さん」
「リツ!」
まだまだ幼い子供のたわむれ。
精霊達も、ただ微笑ましく見守る。
月が出ている間だけの、それは夢の狭間のような、ひと月限りの出逢いだった。
やがて踊り子は、流れの民の移動と共に、この地を去る日が来てしまった。
ラナは泣いた。自分もここに残りたいと。
だが願いは叶わない。
「いつか……大人になったら、また踊ろう?」
涙をこぼす彼女の頬にキスをして、月の光のなかに、精霊は消えてしまった。
水鏡越しに報告していると、母親が心配そうに。
『アリアーツェ? たくましくなってきたのはいいのだけど……あなたは女の子よ?』
アリアーツェは、きょとんとする。
「? はい。母様。アリアーツェは女の子です」
『その、ラナちゃんも、女の子でしょう?』
「はい! ラナはとっても可愛いです!」
『……大丈夫、かしら?』
田舎貴族とはいえ、一応貴族だ。本来なら、淑女教育をはじめるべきだが、娘の将来がちょっと心配になる母親だ。
『殿下はずっと男爵領にいらっしゃるし。諦めたのかしら……』
「……」
それこそ、遠い地にいるアリアーツェには分からない。
母親の声を耳に優しく聴きながら、いつしかウトウトと……。




