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元剣士、聖女に転生!?  作者: 銀花
第二部
23/30

トニー


食堂屋『まんぷく』。


母ひとり、子ひとりで切り盛りする、小さな食堂だ。


親子共々身長は低く、コロンとした体型。


安くて美味しい食堂は、メニューは少ないが、地元の住民には重宝がられている。


出されるメニューは、肉を焼いた『焼肉定食』と、『野菜サラダ』のみ。


定食には、焼肉と茹で豆。野菜は季節の新鮮野菜。


セットにすると両方ついてきて、値段は600デア。


儲けは、親子が生活できるギリギリのようである。


とても慎ましい、ごく普通の、地味な親子であった。






まだ六歳の『まんぷく屋』の息子、名前はトニー。


父親が早くに亡くなったため、物心ついた時には母親を手伝って、食堂で働いている。


テーブルを拭いたり、厨房でお皿を洗ったり、野菜をちぎったり。


料理や、お皿を運ぶのは母親がする。


厨房と向かい合うカウンターで、席は三つ。

小さなテーブル席が二つ。


全席七席。二人で対応するには、ギリギリだ。


酒の提供はない。あくまで食事のみ。






(……また、きてる)


そんな、小さな食堂に、最近小さなお客さんが来る。


痩せた、五歳くらいの少年だ。最初は迷子かと思った。


「定食を、ひとりぶん、お願いします!」


「はい、いらっしゃい、リツ君」


少年はイソイソとカウンターの椅子によじ登り、目の前で焼かれる肉に、幸せそうな目を向ける。


トニーは、野菜サラダの野菜を一枚一枚洗い、ちぎっていた。


見られている。


もの凄く、じいっと見られている。


「……」


汗が出てくる。


母親は、相手が子供でもちゃんとお金を払ってくれるので、気にしていない。


肉を焼き、茹でた豆を皿に盛り、完成。


「はい、できあがり! どうぞ」


「わあっ……! おいしそうです! いただきまーすっ」


小さな口を懸命に動かして、本当に美味しそうに食べる。


母親の料理は美味しいのだ。それを認めてもらえた気がして、つい笑みが浮かぶ。


だが、その日はちょっと違う事が起きた。


料金を払ったあとも、少年がソワソワとしたまま、帰ろうとしない。


テーブルを拭きに、トニーがカウンターから出ると、ぴょんと跳ねるように飛びかかって来たのだ。


「と、とにーくんっ」


「うわっ?」


と言っても、本当に飛びかかってきたのではなく、ギリギリぶつかる前で、止まったが。


藍色の大きな瞳が、間近に迫る。


(わ……!)


髪が顔を隠しているが、かなり整った容姿だと分かって、驚く。それより、こんな鼻がぶつかるほど、他人に近づかれたことはない。


かすかに赤くなりながら、のけぞるように後ろによたった。


「な、なに?」


「わた、おれ、冒険者、なんだ!」


「え……?」


冒険者? 頭の中が疑問で埋まる。


冒険者というのは、狩人達の事だ。獲物をとってきてくれる……『まんぷく』も、お世話になっている。


だが、目の前の小さな痩せた少年と、冒険者がうまく繋がらない。


「ほんとだよ? ほら……タグ!」


ゴソゴソと、襟元から取り出したのは、本物っぽかった。


といっても、トニーはタグを近くで見た事はない。見せられても、どうしたらいいか、分からない。


客足が途絶えた事もあり、子ども同士とにこやかに見守っていた母親が、エプロンで手を拭きながら、カウンターから出てきた。


「あら、本当にタグだわ。すごいのねぇ、リツ君」


「そうなの! それでね、良かったら」


少年はモジモジとしたあと、思い切ったように言った。


「獲物を、ちょくせつ、持ってきてもいい?」


母親は、すぐににっこりした。


「ウチとしては助かるわ。リツ君は、いいの?」


ギルドで卸を買うより、直接狩人から買い取る方が断然安い。


「うんっ、トニー君に食べてもらって、『まんぷく』屋に、使ってほしい、ですっ」


「ありがとう。とれた時は、よろしくね」


「はいっ」


さくさく決まってしまった。リツは上機嫌で帰って行き、トニーは呆然と母親を見上げる。


「かあさん?」


「心配しなくても、子どもがとれる獲物なんて、せいぜい野良うさぎくらいでしょう。卸で仕入れる量には、影響はないわ」


それに、トニーに歳の近い友達がいない事は、母親もひそかに悩んでいた。


親の体質をモロに受けて、痩せにくい体なのだ。決して、たくさん食べて太っているわけではない。


だが小さな子どもはそんな気は使わない。トニーが、太っていることを、からかうばかり。ろくな友達もいないのだ。


だが、あの少年は、はじめからトニーに好意的だった。話しかけたそうに、チラチラ見ていたのを、しっかり目撃している。


これを機に、仲良くなるなら……との親心だった。






こうして、十日に一度くらいの割合で、リツがお肉を『まんぷく』に仕入れるようになった。


小さな子どもが背負える袋に、満杯に、うさぎや、野ブタ、たまにイノシシの肉まで。


きちんと氷で冷やした、新鮮な肉ばかり。


母親は大いに喜び、適正価格で買いとった。多くても、3キロ程か。


仕入れた翌日は、その美味しいお肉が食堂で出される。美味しいので、一日で無くなってしまうくらい。


食堂は、前よりちょっとだけ繁盛し、トニーには不思議な友達が出来た。


少しだけ貯金もできるようになり、母親も余裕ができた。リツが来る日は一緒に遊ぶ、お休みの日になった。


トニーが美少年と友達になり、近所の子どもがちょっかいをかけてきて、何故か唐突に雨が降ったり。


お肉の他に珍しい薬草を仕入れたら、薬屋の店主が仕入先を聞き出そうと押し入ってきて、突風に飛ばされたり。


他にもちょっとしたトラブルは起きたものの、トニーはすっかり、友達のリツと仲良しになった。


毎日が、新しい事の発見で、外にも世界があるのだと理解した。


そしてとうとう……友達の、秘密に関わる事になる。




街に、騎士団がやって来たのだ。


ただの騎士団ではない、聖女さまを護る、聖騎士団だ。


街をあげての、大騒ぎになった。


五歳くらいの子どもが、全て集められた。


街の中を、倉庫から屋根裏部屋から、全て調べられた。


厳しい顔つきをする騎士達は、とても怖かった。


どうやら、行方不明の聖女様を、探しているらしい。


(……聖女、さま……)


その時、なんでリツの顔が浮かんだのか、トニーには分からなかった。


何人かの近所の子どもが、近所の大人達が、何かに気付いた。


そういえば、街に自然災害が起きなくなった。


病人が、いつの間にか、全快していた。


悪い事をすると、すぐにバレて捕まるし。


何より、街の水が綺麗に、木々が鮮やかに、風が気持ち良くなっていて……それがいつからか、誰もが気付いた。


「──リツだ!」


誰かが叫ぶのを耳にして、トニーはそっと街から抜け出した。





いつも、外で待ち合わせに使う場所。


街道から少し奥に入った山の中。


短い足で、懸命に走った。こんなに頑張って走ったのは、生まれてはじめてだった。


「……! リツ! リツっ? 聞こえてる? すぐに逃げろ!」


風が、梢を揺らす。


すぐに、返事が来た。


「トニー? なんで泣いてるの? またイジメられた? すぐにこらしめて──」


リツの声だけが、耳元で聞こえる。トニーは首を横にブンブン振った。


「ちがう! 騎士団が街に来た!」


そのセリフだけで、何が起きたか分かったのだろう。息を飲む気配がした。


「……そっか。……」


「街の誰かが、気付いたんだ! リツが──リツが……」


聖女さま、かも知れない……。


言えなかった。その言葉だけは……言ってはいけない。


長いながい沈黙がおりる。トニーは呼吸を整えながら、何も無い空中を見上げる。


少年だと思っていた。それが少女だったと分かって、騙されたというよりは、ホッとしたのだ。


(なんでだろう)


不思議な気持ちで、胸を押さえた。じわりと、何か……胸の奥で芽を出す。


「トニー、ありがとう。また、遊ぼうね! あと、いつか、かじらせてね!」


「えっ──リツ?」


最後の言葉は冗談だろうか?


確かめる術はなかった。




その日から、リツという不思議な少年の姿は、街から消えた。


騎士団を率いていた第二皇子は、たいそう悔しがったという、噂である。




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