隠れ家と大精霊と
狩人組合──現在は冒険者組合の、常時依頼は、狩の獲物の納品や、薬になる薬草の採取依頼だ。
狩の獲物は、その土地、地域によって違いがあるため、重さや大きさ、貴重さなどでランク分けされている。
採取は、数や状態、貴重さ。
ほとんどは、地元の狩人がこなしている仕事だが、たまに流れの狩人──冒険者もやってくる。
その街は、そこそこ住民が多く、周辺に豊かな森と、川が近くにあった。
街道から少し奥まっていたが、商人も多く寄り、静かで良い街だった。
一番良いのは、領地を収める領主が比較的、良い統治者だったことだろう。
適度に田舎のため、ほかに貴族らしい貴族もいない。
そんな街に最近、子供の冒険者が出入りするように、なった。
朝の開門時間を過ぎて、人通りが減った頃。
「おはよう、ございますっ」
元気な挨拶とともに、栗色の髪の少年が街に入って行った。
背中には、小さな背中と同じくらいの皮袋。
彼はまっすぐに、街の中心にある冒険者ギルドに向かう。
混雑時間より、少し遅れて到着。
獲物専用の受付に並び、皮袋から野良ネズミと、野良ウサギを取り出し、規定の料金をもらって帰る。
子供が採れる獲物など、その程度だ。だから周りの大人達も、もう慣れて見向きもしなくなった。
「リツくん! ご苦労さまっ、またね」
ただ、受付嬢のお姉さんだけは、毎回声をかけてくれる。
リツは手を振って、近くの雑貨屋に急ぐ。
「おはよう、ございますっ」
「……おう、はよう。今日はなんだ?」
雑貨屋の店主は、朝だからか眠そうで、子供が買い物に来てもちゃんと応対してくれる。
リツは、ごちゃっとした店内を見回した。
「えっと、アレをください?」
「……1200デアだ」
さっき報酬でもらったばかりの硬貨で支払う。
商品は、葉っぱで包まれ、皮袋に入れてもらった。
「お邪魔、しました〜っ」
たったったっ、と店を出て、途中の屋台を横目で眺めながら、街の門へ。
冒険者だから、出入りはタグを見せるだけでいい。
何事もなく街から出ると、よしっと握り拳を作った。
「目立たず、こっそり、買い物せいこう!」
(ねぐらに帰るまで、油断大敵だぜ!)
「はーいっ」
街道からそれて、森の中に踏み込む。
辺りに、誰の気配もないのを確認してから、飛んだ。
「風さん、おうちまで〜」
(了解〜っ)
ひゅんっと風の手が小さな体を掬いあげる。
木々を越え、風に守られながら、どんどん山奥──川の上流へと、飛んでいく。
そこは山の頂上に近い、人が誰も踏み込まない場所だ。
木を加工して作られた、三角錐の小さな家が見えてくる。
「ただいま〜っ」
「お帰りなさい!」
「お帰り、アリアーツェ!」
水色の髪と青い眼をした女性と、金の髪と銀の眼をした青年が、少年──いや、少女を優しく抱きとめた。
風が渦を巻き、緑の髪と眼をした青年になる。
そう……彼ら、彼女らは、精霊だ。
水と、光と、風の。
木の香りが漂う家の中は、真ん中にテーブルと椅子。左側にキッチン。奥にベッドがある。
床下に地下室が作られ、風呂場やトイレ、あとは収納倉庫もあった。
全て、五歳のアリアーツェにあわせて作られたので、幼児サイズ。
生活様式は、前前世が要望を出し、清潔が保たれている。地下収納に氷室も完備。風呂には温泉を引いてあるしトイレは水洗。
キッチンも洗い場と、簡易コンロもどきを自作。
まずは生活の場を整えるため、ちまちま狩の獲物をギルドで換金、キッチン用品や雑貨をそろえた。
家は完成したので、あとは小物だろうか。
「便利ですね〜」
蛇口から綺麗な水が出る様子を、水の精霊が感心して眺める。
「他の世界とは……興味深い」
この世界にない知識に興味津々なのは、光の精霊だ。
「……魔法の……精霊の存在のほうが、すごい、よ?」
アリアーツェの頭を撫でるのは、風の精霊。少女の言葉に嬉しそうに微笑した。
「いいえ。私達を顕現させた、アリアーツェの力がいちばん、凄いのですよ」
(だよな! オレも驚いた)
(うんうん)
「そ……そう?」
ほっぺを押さえ、てれてれする美少女の、なんと可愛らしいことか。
精霊達はぎゅっと少女を抱きしめ、うっとりとする。
「さすが、我らが愛し子……」
「愛らしい」
「触れることが叶うとは──望外の喜び」
ちょっと絵面が危ないが、まあ守護霊みたいな存在だ。問題は、たぶんない。
精霊達が、まるで人のような形をとったのは、あの奇跡の瞬間だった。
大陸を覆うほどの、あふれかえった聖女の力の奔流を、近くで浴びたことによって、三体の精霊は余りある力を得た。
精神が一気に成長して、この世に顕現したのだ。
本来は、数百年かけて成長するものが、あの一瞬で大精霊となった。
お陰ですぐに、逃げ出せた。
あのまま、帝都に連れて行かれたら、逃げるチャンスはなかったかも知れない。
「サラサラの髪の、この艶と繊細さ」
「すべすべの肌の、なんというみずみずしさ」
「いい匂いもする」
そろそろ止めるべきか。
髪をすいたり、肌を撫でたり、匂いを嗅いだりするへんた……精霊達に、離れてもらう。
「おなか、すいた。ご飯、つくろ?」
「……食べてしまいたい」
「ああ……」
「はぁ……」
精霊はもっと、清らかな存在のはずでは?
彼らはいったん放置して、ご飯を作る。
精霊達がとってきてくれた、果物や薬草、狩の獲物の肉。
小さな手では大変だが、前前世が料理に詳しく、危なげなく作っていく。
「そういえば、大きなイノシシを狩れたのですよ。売りに行く?」
水の精霊が聞く。アリアーツェを膝に抱っこして、食べる様子を愛おしげに見詰めている。
「おっきいと、めだつ? から」
もぐもぐ、もぐもぐ。
「売らなくても、氷室で保管できるよね?」
光の精霊は、灯り代わりの光を室内に飛ばして遊んでいる。
「運ぶなら、私が飛ばしていけば」
風の精霊は、アリアーツェを眺めながらふよふよ浮いている。
「……服が、いるかも?」
もぐもぐしながら、アリアーツェは自分の服を見下ろした。
小さなトランクに詰めてきた服は三着だ。ちゃんと精霊が運び出した。
だが、かなりきつくなってきた。成長しているのだ。きちんと食べて、運動しているから。
「あまり大きな獲物は、さすがに目立ちそうですね」
「切り落として、あの氷で包んでいけば?」
「それです!」
帰ってきたばかりだったが、お肉は新鮮な方がいい。
ご飯を食べたら、また街に向かう事になったのだが……。
ギルドには、狩人達が獲物を持ち込む。当然、その獲物を、買い取りに来る商人や、店の者達がいる。
並んでいる時に、目があった。
アリアーツェと同じくらいの子供が、業者用の列に並んでいたのだ。
「あ」
「?」
ぷっくりと膨らんだほっぺ。丸々とした体。ぷにぷにとした手足。気弱そうなつぶらな眼差し。
それは、かなり太った子供。
アリアーツェは、何だかよく分からないまま、衝撃を受けた。
獲物の売却を済ませても、ぼんやりと立っていたら、受付嬢が心配して声をかけて来た。
「リツくん、どうしたの?」
「あ……お姉さん、あの……あの子は誰ですか?」
業者用窓口から、ちょうど帰って行く小さな背中を見詰める。
「んー? ああ、食堂屋のお子さんね!」
「食堂屋……」
「リツくんと、歳が近いわね。彼も偉いのよ? お母さんを手伝って、小さなお店を守っているのよ!」
「なんていう、お店ですか?」
「食堂屋、『まんぷく』よ! ギルドのちょうど、裏道にあるわよ」
「ありがとう、ございます……」
「帰り、気をつけてねー」
アリアーツェはふらふらと、ギルドの裏道に歩いて行った。
ギルドが並ぶ大通りより一本裏側に道があり、太った子供はその内の、小さな店舗に入って行った。
間口は狭いが、奥行があるのだろう。午後という事もあり、小さな食堂は繁盛しているようだ。
「まんぷく屋……」
アリアーツェは食い入るように、いつまでもその店を眺めた。
隠れ家に帰って来てからも、アリアーツェはぼうっとしていた。
精霊達がしつこくかまっても、反応しないくらいに。
「アリアーツェ?」
「いったい、どうした?」
「ふむ、心が飛んでいってしまっているな……」
一晩経っても様子が変わらず、精霊達はいつも通りに、水鏡を繋げて。
繋げた先は……遠く、センテ男爵領。その畑の地面。
畑仕事に来た母親が、顔を覗かせる。
『アリアーツェ? おはよう』
「……母様、おはよう……」
いつもと様子が違う娘に、母親はすぐに気付いた。
毎日、何があったか嬉しそうに話すはずが、珍しくぼんやりだ。
『なにか、あったのかしら?』
「かあさま」
アリアーツェは、困ったように胸を押さえた。
「……ココから、きえないの。あの子が」
『え?』
「まるまるとして、健康そうで、ぷにぷにで」
『……』
「わすれ、られないの……あの子が」
『アリアーツェ……』
「かじりたい」
『お肉の話かしら?』
母親は、おっとりと首をひねっていた。




