聖騎士団
帝都。
周囲を城壁で囲んだ巨大な首都に、夕の音が荘厳に響く時刻。
白い騎士服で統一した清冽な騎士団が、厳粛な空気を醸し出しながら、皇城に向かって戻って行く姿があった。
帝都の民達は息を潜めて騎士団を見送り、ザワザワと話し込む。
「まだ、見つからないようだ」
「なんて事」
「あれから、だいぶ経ったのに」
皇城に辿り着くと、騎士団は粛々と宿舎に戻って行く。皆疲れきり、口惜しそうな表情だ。
唯一、普段と変わりないのは騎士団長と、第二皇子──いや少しだけ、皇子の顔は強ばっていただろうか。
遠征の汚れを落とし、身なりを整えてから、皇帝の元へ報告に上がると、側近を数名のみ残し、待ちくたびれたという顔をされたのだった。
「ずいぶんと、遅い帰還だったな? カイル」
「……申し訳ございません」
悄然とした息子の様子を一目見て、結果は分かったらしく、皇帝は首を横に振った。
北の領地が広大な範囲にて、豊かな土地へと生まれ変わった事は、聖女の起こした奇跡として、民に知れ渡っている。
だがその後忽然と、聖女の姿がかき消えた事実も、馬車を囲んでいた騎士達が目撃していた。
すぐに捜索したがいつまでも見付からず、一度皇都に戻ってからも何度も、騎士団は探し回っている。
教会は、聖女が自ら姿を消したなら問題ないと静観。
民は逆に、好き勝手に噂しあった。
役目を終えたから神に召されたのだとか、皇子との婚約が嫌で逃げ出したのだとか、元々人間ではなく、精霊だったのではとか……。
真実は不明のまま、時間ばかり過ぎていく。
カイルは騎士団を率いて、帝国中を探し回っている。小さな村までしらみ潰しに。それでも、見つからない。
厳しく長引く遠征は、騎士団をいやが上にも鍛えた。奇跡を目撃した騎士団は、皆聖女を信奉するようになり、誰一人文句も言わず、結束している。
いや……ひとりだけ、内心懐疑的な者はいるが、表面にはおくびにも出さない。粛々と、主につき従う。
「カイルよ。捜索はもう諦めよ。そなたには新たな婚約者を探そう」
吐息をつき、顎を撫でながら皇帝がそう告げたが、カイルは真っ直ぐ見返した。
「いいえ、陛下。必ず見つけ出します。逃げられたなどと、不名誉な噂を本当にする訳にはいきませんので。騎士団はこのまま、センテ男爵領に駐在し、捜索を続けます」
「……本気か?」
カイルは、皇帝に不敵に笑ってみせた。
「本日はその報告を。では御前、失礼致します」
呼び止める隙も与えず、カイルは執務室から颯爽と出て行った。
皇帝はしばし、そんな背中を見送り。
「……正気かあやつ。自ら出て行くと、申したぞ?」
嬉しそうに執務机を叩いた。
側近の侍従が、ようよう口を開く。
「虐め過ぎたのではありませんか?」
扉近くにいた騎士が、そっとドアを閉めた。
最低限の荷物だけまとめ、センテ男爵領に運ぶように指示を出す。
すでに男爵領に土地を買い、新たな屋敷の建設と、騎士団の駐在場所や住居の建設をはじめていた。
開墾がほとんど進んでいないため、土地だけは余っていたのだ。ちょうど良いので、男爵家の裏側──山ごと買い取った。
法外な買い取り金額に、センテ男爵夫婦は目を丸くしていたが、カイルと騎士団が駐在する事は受け入れた。
センテ男爵領は、いま帝国内で最も有名な土地になっている。
奇跡を起こした聖女の出身地なのだ。人や物が集まりはじめ、急激に発展しはじめていた。
混乱を起こさない為にも、現地で目を光らせたかったのもひとつ。
「まだ五歳の子どもなのだ。……必ず、親元に戻ってくるはずだ」
騎士達も、その考えに同意した。聖女のための騎士団は、苦難の末にすっかり本物となっていた。
「我が君の、望むままに」
皇城で燻るよりも、生き生きと活動する主の姿に、忠義の騎士は安堵を覚えている。
「必ず──見つけ出す」
空の瞳に浮かぶ執念が、果たしてどちらに転ぶのか。今は当人にすら不明なまま──。
──遠い、遠い空の下。
栗色の髪に、藍色の眼の子どもが、そうっとひとつのドアを押し開けた。
木造二階建ての建物は、少し古臭い。内部は以外に広く、奥に受付カウンターと、片側に酒場が併設されている。
「狩人……じゃなかった、冒険者組合にようこそー!」
元気いっぱいに叫んだのは、可愛いお姉さん。
(おお……! まんまだ! 本物だ!)
入り口でキョロキョロ見回していると、さすがに人目を集めた。
受付カウンターから、慌ててお姉さんが出てくる。
「あら? えーっとー、君、どうしたの? 迷子かな? 親御さんは外?」
「ううん、ひとり……だ。です」
「えっ、ひとり?」
困り顔で、お姉さんはしゃがんでくれた。
彼はチラリと、酒場の様子をうかがった。
昼間から酒を飲んでるならず者──いない。
イチャモンをつけて来そうなヤラレ役──いない。
(あ……あれ? てんぷれは?)
「君? 大丈夫? 親御さんいないの? ……どうしよう〜」
お姉さんが泣きそうになっていて、慌てて向き直る。
「あっ、ごめん、なさい! あの、わたっ……オレ、冒険者に、なりたいの!」
「……えっ?」
お姉さんは、きょとんと固まってしまった。




