洗礼の儀
精霊や魔法が息吹く大陸──その大陸統一を果たしたアーデリシア帝国。その西の端。
小さな領地を持つ、男爵家、センテ。
二階建ての小さな邸にて若い男女が、産まれたばかりの赤子を愛情深く見つめていた。
「なんて可愛いのかしら──」
「ああ、お前にそっくりだ。良い名をつけなければ──アリシア……アデル……うむ、アリア……、アリアーツェ、はどうだ?」
「アリアーツェ! 素敵ですわ。あなたはアリアーツェよ」
母親は淡い金髪に青い瞳の繊細な美女であり、夫であるセンテ男爵は茶髪にアメジストの瞳をした、柔和な青年だ。
若い夫婦は幸せを胸いっぱいに感じながら、愛しい我が子を撫でて、微笑みあう。
「白くてモチモチしてて、ぷにぷにしてるわ。ふふふ……」
「食べてしまいたいくらい、可愛いすぎるな、フフ……」
微笑みあう夫婦に一瞬不穏な空気が漂い、赤子が何かに怯えたように泣き出す。
「あらあら、アリアーツェ、大丈夫よ。まさか可愛い我が子を食べたりなんて……しないわよ? ねぇ、あなた」
「ああ、もちろん。メイドを呼んで食事の用意をさせよう。出産祝いに父が、山鳩を届けてくれている」
「まぁ、素敵」
父親がベッドから離れようと体の向きを変えた時、ガタリと窓が鳴った。
夫婦は揃って外を見た。
辺境のさらに田舎のセンテ男爵領は、小高い丘を中心として森と畑がのどかにひろがり、迎えたばかりの春の日差しに彩られている。
風もほとんど吹いていないはずなのに、音をたてた窓ガラスを夫婦はじっと見つめた。
「……突風かしら?」
「……うむ、まあ、そうだろう」
気のせいかと男爵は妻の部屋から出てメイドを探しに行き、妻は我が子を優しく抱いたまま、寝台に横になった。
男爵家の屋根を越えて、一陣の風がピユウゥと掛ける。風は上空に勢いよく吹き上がり、他の風達とくるくる踊りはじめた。
(ウマレタ! ウマレタ! イトシゴ!)
(ウレシイ……ヨロコバシイ……シュクフクヲ……!)
(シュクフクヲ……!)
姿なき者達がはしゃぎまわり、上空に大勢の──精霊が集まってくる。
キラキラと光が生まれ、男爵家に降り注いでいった。
キラキラ。
ふわふわ。
サラサラ。
(きれー……)
アリアーツェの見上げる先で、庭の上空を何かが飛び回る。
それらは透明なのに時々色をまとい、光を弾かせ、アリアーツェの近くでにぎやかに踊っている。
それらはさらりとした風であったり、ふわふわした光であったり、サラサラした水滴だったりする。
アリアーツェが気付くと嬉しそうに辺りを飛び回るので、見ているだけで楽しい。
「おはよう、みんな」
淡い紫の瞳を輝かせて、アリアーツェはにっこり笑う。
みんなはアリアーツェの挨拶に、さらにくるくる回って上空に消えていった。
「アリアーツェ?」
「馬車に乗るよ……おいで」
両親がニコニコと待っている。
アリアーツェは慌てて両親の元に駆け寄った。
優しく穏やかな両親に愛情深く育てられ、アリアーツェは健康に育った。
先日めでたく五歳を迎え、やっと教会へ出生届けを出しに行ける。
センテ男爵領は小さな領地ではあるが、立派な貴族の一員である。
貴族の子供が無事五歳を迎えたら、必ず皇都の教会に出向き、洗礼の儀式を受けなければならない。
辺境の男爵領から大陸中心の皇都まで──馬車で二週間はかかる。幼い子供を連れての長旅は、大変なものになるかと思われたが──不思議と安全で、のんびりした旅程になった。
盗賊も魔物も出ず、なんの事故もなく、無事に皇都に到着したのだった。
さて、そして訪れた皇都の教会は、規模的には中くらいであった。清潔で質素な建物と、静謐な司祭たちに案内され、儀式の場にたどり着く。
円形の中庭のような、緑の芝生の植えられた場所に、1本の木がある。
司祭から名前を確認され、両親に見守られながら、アリアーツェは木の前に膝まづいた……。




