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元剣士、聖女に転生!?  作者: 銀花
第一部
19/30

料理人


朝霧がカーテンのように、街道一帯を埋めつくす。


さながら迷夢の森のごとく。


一歩先すらおぼつかない。


鳥の声も遠く、かがり火も消えかける野営地の近くから、剣戟の音が響いた。


「──」


聞き慣れた音。


速く。恐ろしい程に正確。器用で、剛剣。一切の隙がない剣筋。


切り裂く刃の熱が、幾度もかする。ギリギリで躱し続ける。腕の長さ分相手が有利で歯噛みする。


イラつくほど迷いのない剣筋。


そこまで信じ切って振れるのは、誰のためか──背後で息を飲み、成り行きを見守る主の為か。


そう。その大事な主の命をとらなければ。


もう、そうする以外には──。


──この距離なら届く。


突き出された剣を、あえて肩にもらう。


「!」


「悪ぃな、騎士サマ」


構えた剣を、目の前の騎士ではなく、背後の少年に向かって投げ。


──たと頭で確信したはずが、どこからか飛んできた矢に手を射られ、小指が千切れ、彼の剣は半ばで落ちた。


肩から抜かれた剣が、真っ直ぐに心臓に突き立てられる。視界が揺れる。


邪魔をした矢に見覚えがあり、笑えた。


最後に見えたのは碧眼の騎士の迷いのない眼差しと、泣きそうな顔をする空色の瞳。


首から下げていた御守りが、地面に落ちる軽い音。











白霧の海を泳ぐように、音の元に進む。


街道の外れ、野営地のすぐそばで、剣を交わす者達を見付るのは容易い。


この音を耳にしたら、気になって、とても無視できかねた。


ひとりは体躯の良い騎士だ。肩幅が大きく手脚が長く、柔軟に動き長身。


対峙するのは、あの時より成長した青年だ。身長でも体躯でも一回り小さいが、それでも鍛えて来たのだろう、よく足が動いていて、眼も良く見えている。綺麗な剣さばき。


この眼も良く見える。


弾かれた──いや、わざと弾かれた騎士の剣先がくるりと後ろに回され、目の前でピタリと止まった。


剣風に、はらりと髪が浮く。


突き付けられた剣先ではなく、鋭い刃のごとき碧眼を、アメジストの瞳が見詰める。


「──」


何を見ていると言いたげな眼差しに、つい、微笑がこぼれた。


「アリアーツェか?」


名を呼んだのは皇子の方。少しいぶかしんでいる。


こんな早朝に、幼女がひとりで歩き回るなど、色々危険だろう。


夢の延長のように、紫の瞳は騎士の剣を眺めた。


「……よかった」


「?」


稽古は終わりのようだ。終わらざるを得なかったのか。二人は剣を鞘に収め、呼吸を整え野営地に足を向ける。


仲の良い主従だ。相変わらず。


(──よかった)


剣士が呟く。


目覚めた夢の続き、新たな生を得たものの、骨の髄まで染み込んだ剣への執着に変わりがなくて。


殺された相手に恐怖など覚えようものなら、二度と剣など、持てなくなるところだった。










ひとりでテントに戻ると、侍女が待っていた。アリアーツェが帰ってきたので、安堵される。


音がしたから、散歩ついでに見に行ったと告げると、微妙な笑顔を向けられた。


稽古の邪魔をしたら、駄目らしい。


巻き添えを食って、腕を無くした者がいたという。


(そりゃあ、随分と上手な稽古だな)


絶対わざとだと、剣士があざ笑う。


「……気を、つけます」


アリアーツェは良い子のお返事。


「そうして下さいませ。さあ、朝食をとったら出発ですよ」


侍女は随分、気を許して世話をしてくれる。まだ名前は聞いていないが、そのうち分かるだろう。


朝から温かいパンと、野菜を煮込んだスープが出された。良い匂いだ。


というか、美味しすぎる。


「あの、お食事は、誰が作ってくれました? とっても美味しいです」


侍女が頷く。


「帝都一番の料理人が、カイル殿下について来たのです。本来は、菓子職人なのですよ」


「帝都、いちばん」


「アリアーツェ様のために、今度菓子も作ると申しておりました。楽しみに、お待ちくださいませ」


侍女は嬉しそうに教えてくれたが、じわりと嫌な汗が出てきて、コクンとうなずくので精一杯だ。


菓子職人。不穏な単語だ。前世剣士にとっては……。







『御守り?』


読めるはずがない。日本語で書かれているのだから。


『まさか──』


『あんたもか?』








後続の馬車が増えて十台になり、それを護る新設の騎士団と共に、街道を出発したのは朝日が登ったあと。


小さな馬車はアリアーツェ専用らしく、ただ今日は何故か同乗者がいた。


「コチラはナッツを混ぜて焼いたクッキーです。それからこっちが果物を混ぜたマフィン。冷たいゼリーもありますよ」


ニコニコと作り笑顔を浮かべ、バスケットの中身を説明する……料理人。


ご飯は美味しい。それが伝わったらしく、当の本人が出発前に乗り込んで来たのだ。


帝都一番の菓子職人という事で、カイル皇子の職人扱いらしい。


直前まで一緒にいた侍女は、何も言わずに使用人用の馬車に行ってしまって、アリアーツェは初対面の料理人と二人きりにされてしまった。


「私の料理を気にいっていただけたとか。大変光栄に思いますよ、レディ」


裏も表もありそうな、大変胡散臭い笑顔を向けられて、どうしろというのか。


というか、やはりこの人物──。


「まだチョコは作れなくて、あっ、でもプリンなら作れますよ? プリン食べます?」


「?」


アリアーツェは何の事か分からず、きょとりと相手を見返した。


しばし沈黙が降りた。


バスケットの中身を見せてはくれても、渡してはくれない。


どれも、見た事の無いお菓子だ。良い匂いもして、鼻がぴくっとする。


だがアリアーツェは良い子なので、自分用にと出されない限り、飛びついたりしない。


そこはちゃんと、母親にしつけられている。


馬車が停まった。ドアが外から開き、侍女が声をかけてくる。


「料理人殿、お時間です」


「わかりました。では失礼レディ」


どうやら、あらかじめ時間を区切られていたようだ。


名前すら名乗らず、怪しい料理人はさっさと馬車から降りて行った。


ふぅと、ため息が出てしまう。


馬車の外で話し声がしていたが、再び侍女が顔を見せた。掲げた手にはさっきのバスケットが。


「アリアーツェ様、お菓子はいただけるそうです」


「……わたしは、いいです。みなさんで、どうぞ」


「良いのですか?」


嬉しそうに侍女が聞く。アリアーツェはこくこくうなずく。


得体の知れない人物からの、見た事のない食べ物はちょっと怖かった。


侍女はお礼を言い、馬車は再び走り出す。


今度こそ、ホッとした。


「……風さん」


小さな風が、するりと飛んでいき、さっきの料理人を追いかける。どうやら他の、使用人の馬車に同乗しているようだ。


アリアーツェの美貌をやたらと褒め、菓子は気にいってもらえなかったようだと大袈裟に嘆き、他の使用人に慰められている。


黒髪に黒い瞳の平凡な容姿の、二十歳過ぎの青年。


彼が、カイル殿下と知人。その事実だけで、充分。


(やっぱりか……)


苦い感情が気分を暗くする。


ご飯は、美味しいけれど。作る人物は信用できない。


「……ん。気を、つける」


(わかったよー)

(よう注意じんぶつね!)

(みはる、見張る)


まわりじゅう、敵だらけとは。


精霊達とお喋りしながら、流れる景色を暗鬱に見詰めるのだった。





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