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元剣士、聖女に転生!?  作者: 銀花
第一部
17/30

別れ


皇帝の命令書は、わざわざ正式な文書にしたためられていた。


真っ白な高級紙には、皇国の紋章が型押しされ、さらに皇帝陛下のサインと日付入り。


文字が読めない幼女にも、きちんと見せてくれた。


『夏の始まりの日迄に、北の地に恵みの雨をもたらすべし』


書かれている文章は、簡単だ。


だが内容の方は簡単ではない。


一緒に覗き込んだ母親も、目を丸くさせている。


アリアーツェは、文字を習っていない。分からないフリをして母親にしがみつきながら、ちらっとカイルを盗み見れば、面白そうに観察している。


ムカついた。


サッと視線を戻し、ぎゅっと母親に抱きつく。あやすように頭を撫でられる。


「あの、カイル殿下、これはどういう意味なのでしょう?」


珍しく母親の眉が寄っていた。


「書かれている通り、そのままの意味だ」


いぶかしむ母親に、カイルは余裕の表情を崩さない。


「北の領地まで、婚約者の私が案内するよう、仰せつかった。出発は明日だ」


「なっ」


「遠出の準備はこちらで済ませた。明日の朝迎えに来る──これは決定事項だ」


「……」


アリアーツェを抱きしめた母親の腕が震えている。母親のあごしか見えない。


「母様?」


「……」


立ち上がる気配がして、皇子と騎士は館を後にして行く。


「……母様? だいじょうぶ?」


母親が、離してくれないから顔が見えない。


さわさわと風が吹き込み、母娘の髪を、身体を優しく撫でていく。


ゆっくり身体を離しながら頬を両手に包み込まれ、何かを呑み込んだ苦しい眼差しが、アリアーツェを見詰めた。


「アリアーツェ」


おでこに、閉じた目蓋の上に、頬に唇を寄せて、母親はもう何も言わずに小さな娘を抱きしめ続けた。







夜。


仕事を終えた父親が帰宅して、両親だけで話し合ったのだろう。


眠る時、久しぶりにアリアーツェは両親と一緒に眠った。


他愛ないお喋りを、眠りに落ちるまで両親とした……。









おばばが作ってくれた小さなポシェット。


迷ったが、御守りを持っていく事にした。


あと、お小遣いにもらった硬貨。


肩にかかる重さは驚く程に軽い。


小さなトランクに、着替えと木製のカップ、スプーンとフォークを入れてもらった。用意するとは言われたが、どこまでかが分からないから。


いつものように朝ごはんをいただき、

畑に水やりをした後、馬車の迎えがきた。


「アリアーツェ……」


母親は言葉が出て来ないようで、ただぎゅっと抱き締めてくれた。


「アリアーツェ、しっかりな」


父親は少し涙ぐんで、頭を撫で肩を撫で、背中を優しく叩いてくれた。


(ソレは……戦場に送り出す時の)


寄り添い立つ両親の姿を、心に焼き付ける。


馬車に乗り込む。


小窓が左右についていて、馬車が走り出したあと、急いで外を覗くと。


領民達が、みんな自宅の前に立ち、見送ってくれている。ぴょんぴょん飛び上がり、懸命に腕を振るシャーネットの小さな姿が見えた。


何かを叫んでいる。


「……風さん」


(──ともだちだよって)

(はなれても、ずっと、ともだち)


「……うん、って、伝えて?」


すぐに風が飛んで行き、シャーネットの髪を服を、掻き回すのが見えた。


夕暮れ色の瞳が、驚いたあと、涙を浮かべたままにっこりしてくれた。


胸がきゅうっと苦しくなる。あっという間に、領地は見えなくなった。


精霊達がアリアーツェの髪を撫でて、滲んだ涙を拭ってくれる。


(いるよ)

(ワタシたちがいる)

(なかないで?)


「……うん、ありがとう……みんな」


そうだ。アリアーツェは一人ではない。ずっと精霊達がそばにいてくれる。


(──大丈夫だ。必ず戻ってくる)


前世の剣士が冷静に思考を巡らせはじめる……。






アリアーツェを乗せた馬車は、センツィオ領を通り過ぎ、そのまま街道に進んで行く。


迎えは御者のみで、同乗者もいなかった。


今すぐ逃げる?


いや、それだと領地に迷惑がかかるだろう。


幸い、彼らはアリアーツェを五歳の少女と認識している。


精霊達はついてくるが、何ができるかまでは知らないのだ。


時期を待とう。


「……ん」


精霊達も同意した。


大人しく馬車に揺られていると、街道の開けた場所に、テントや馬車が待機していた。馬の世話をする騎士達も。


水色の旗が、テントの傍にある。


馬車は、野営の近くに停まった。


小さなトランクを片手に馬車から降りたアリアーツェを、いくつもの視線がとらえた。


待つように言われ、降りた場所でポツネンと待っていると、皇子がやって来た。


アリアーツェの事を見て、頷く。


「逃げずに来たな。褒めてやる」


最初の、丁寧な対応は止めたらしく、普段の口調と態度に戻っていた。


一緒に引き連れてきた侍女に、指示を出す。


「着替えさせよ」


「はい、殿下」


それだけ言って、自分のテントに帰っていく後ろ姿を、睨みつけなかったのは褒めてほしい。


「さあ、こちらへ」


無表情な侍女に、アリアーツェは手をつながれ、別のテントに連れて行かれたのだった。


湯浴みをさせられ、下着と衣服も着替えさせられた。無表情な割には侍女の手は優しく、髪も丁寧にくしけずられる。


「……お美しいこと」


ほう、と思わずため息をつき、侍女は軽く髪を結ってくれた。何故か少し頬が上気している。


真新しい衣服は滑らかで、最上級の布だと分かった。用意された新しい靴も、綿が敷かれた柔らかい皮で出来ている。


爪先も整えられ、軽く磨かれた。最後に全体を眺め、やりきった表情で侍女は頷く。


「完璧ですわ。……この後、お昼はこちらに運びます。お昼寝されたあと、夕餉になります。殿下とご一緒に。……今夜はここに野営し、明日の朝出発します」


アリアーツェは、こくりとした。


自分の衣服とポシェットに手を伸ばしたが、遠ざけられ、長持ちに仕舞われてしまった。小さなトランクも。


「このまま、テントの中でお待ちくださいね。お昼を運んで参ります」


「……はい。ありがとう、ございます」


侍女はにこりと、控えめに笑ってくれた。


テント内でひとりになると、急に寂しさが込み上げてくる。


我慢しようとしたのに、両親やシャーネットの顔が浮かび、領地や領民や、おじじとおばばの顔も浮かんで、消えていった。


「畑……どうしよ……?」


(仲間がみてて、くれるって)

(大丈夫、心配しないで)

(えいぞー、も、見れるよ?)


「そうなの? ありがとう……みんな」


心がきゅうっとなって、ハラハラと涙が止まらなかった。





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