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元剣士、聖女に転生!?  作者: 銀花
第一部
16/30

皇子の訪問


センツィオ領。


領民僅か三百人程度の、小さな領地だ。


農業と狩りのみで暮らす領民の生活は、慎ましいもの。


ただこの数年、気候が穏やかで収穫量が上がってきており、農産物の価値が安定している。


雨も程よく降り、自然災害もない。領民の気質も朗らかで、穏やか。


そんな、のんびりとした田舎の風景を、第二皇子は馬車の小窓から眺める。


馬車の周りでは、側近の騎士達が騎乗して警戒に当たっているが、辺境の地にしては獣も少なく、野盗すら出ない。


土地は豊かな黒色をして、木々は瑞々しく繁り、空気は何処までも澄み渡り、風の匂いまで爽やかだ。


皇帝から下された命令書には、かなり厄介事が書かれているが、その内容を忘れてしまうほど。


「……平和なものだ」


なんでもない田舎の風景から、目が離せない。


見かける領民達は、みな笑顔で農作業をしている。


姿はみすぼらしいのに、貧しい彼らが輝いて見え──頭を横に振った。





カイルと、側近である騎士達20名、使用人が6名、あとは飛び入りでついてきた2名は、無事センツィオ領に到着した。


センツィオ子爵に出迎えられ、街に唯一ある宿屋に部屋をとり、翌日、隣りの領地──センテ領に向かった。


さらに小さな領地と聞いて、付き添いはジーク一人。


二人で騎乗して向かったが、あっという間についた。


畑に囲まれた小さな民家が、ポツポツと左右の丘に離れて建ち、ゆるく曲がった道の先。


古いのにどこか秘密めいた静けさに包まれた、小綺麗な館が一番奥にあった。


小鳥がさえずり、緑の木々に守られて、暖かな光に照らされて──あまりに静かなため声を出すのもはばかられていると、キイ、とゆっくりドアが開けられた。


「これは、まぁ……カイル殿下でいらっしゃいますか」


見覚えのある夫人が顔を覗かせ、驚いたように頬に手を当て外に出てくる。


カイル達は馬から降りて、挨拶を交わす。


「突然の訪問だが、許せ。アリアーツェ殿は?」


「娘は──」


夫人が館の中を振り向くと、小さなシルエットがそっと、ドアの陰から歩み出る。


その姿を目にして、カイルは衝撃を受けた。


まるで光が差したように、淡い金髪が日光を弾き、大きなアメジストの瞳が宝石のように瞬いて、カイルを見上げてくる。


真正面からじっくり眺めるのは、それが初めてだった。初対面の時はうつむくばかりで、チラリとしか見れなかったのだ。


幼いながらも整った美貌は、母親似か。肌が瑞々しく白く滑らかに目に映り、アメジストの瞳の奥にぱちりとはじける金色の光は、神秘そのもの。


古めかしい館から姿を現した少女は、儚く夢のようで、息を飲むほど美しかった。


なにより肌で感じとったのは、少女の放つ清浄さ。


存在するだけで、辺りの空気をはらうような──背後で、ジークすらも驚く気配を感じる。


「……お久しぶりですね、アリアーツェ殿。私を覚えているか」


不安に揺れた瞳が、おずおずと瞬いた。


「は──はい、……カイル……殿下……?」


ぎこちなく、小さなポシェットを握りしめ、こくりと頭を下げる。


緊張してか、震えているようだ。


怖がらせてはなるまいと、ことさら優しい表情と声を意識して、要件を告げる。


「あなたを迎えにきた」


うつむいたまま、固まっている娘を、夫人がそっと抱き寄せる。


カイルは不安げな母親に視線を移す。


「詳細を話します。お邪魔しても?」


「は、はい、どうぞ……生憎、主人は出払っておりまして」


「失礼」


先にジークが館内に入り、狭い家を見回した。夫人とアリアーツェ以外の気配はなかった。


見た目通りの古びた小さな館だったが、綺麗に掃除されていて、不快感はない。


玄関から入ってすぐの、一間の客間に案内される。


飲み物を用意しに夫人が席を外し、室内に沈黙が降りる。


緊張したまま、二人掛けのソファーの端っこに座る少女を、カイルは飽きずに眺めた。


依然見た時は頼りない、普通の少女に見えたのだが……じっとテーブルを見詰める瞳に、強い意志を感じた。視線は向けて来ないのだが、全身で、カイルとジークの事を警戒している。


そう、息を殺して……逃げる隙をうかがう小動物みたいに。


皇子や騎士の身分を敬う様子も、怖がる気配もない。ただ、強く警戒して、心の内を悟られぬようにしている。


カイルはうっすらと、口の端を上げる。


「……その、ポシェットは? 大事な物か?」


いかにも手作りな、簡易な物だ。


びくりと肩が揺れたが、アリアーツェはそっと視線を持ち上げ、目が合うとびっくりして慌てて目をそらす。


「……祖母に、いただきました」


「センツィオ子爵婦人かな?」


「はい……」


自分の背後に立つジークを、チラリと振り向く。騎士は無言を貫いている。


やがて夫人がお盆に乗せて、お茶を運んできた。


「きちんと、おもてなしもできず、申し訳ありません」


夫人は恐縮しているが、カイル達に臆している風はない。娘の隣に座り、話を聞く体勢になる。


「わざわざ、殿下が帝都からお越しになったのは……この子の関係でしょうか?」


母親も、身分を無駄に怖がらないようだ。真っ直ぐ見てくる眼差しは、なるほど娘にそっくりである。


(面白い母娘だ)


カイルは心底楽しくなった。


「察しが良くて助かります。実は陛下から、大任を任されまして……」


「皇帝陛下から?」


夫人は不思議そうだ。帝都と辺境では、遠くて実感が湧かないのだろう。


カイルは小さく頷いた。


「北の領地で、雨を降らせるように──と」


「……」


目を見開いたあと、夫人は娘を見た。


アリアーツェは、ポカンと、口を開けていた。




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