相談事
(オレの──わたしの──お肉……!)
こんなに、悲しいことが起こるのか。
ショックを受けたまま手をひかれ、テントの近くに戻ってきた。
シャーネットちゃんとおばばは、ちょうど次が順番のようだ。
「アリアーテちゃん!」
「シャー……シャーネットちゃん……っ」
真っ先にシャーネットが手を差し出してきて、反射的につかまると、ぎゅうっと引っ張られた。
「あら?」
「お肉は買えたから、ワシは外で待っておるぞ」
そう言って、おじじはテントの横に行く。
同じように家族待ちをしている男性達が、ヒマそうに飲んだり食べたりしていた。
シャーネットに、しっかり手を握り込まれ、追いかけられない。
(なんという罠……)
相談は、一組ずつが時間のかかるものらしい。待っている間も、みなお喋りしているので、楽しそうではあるが。
お肉がさらに遠のきそうだ。アリアーツェは断腸の思いでこらえた。
(よいこ……アリアーツェは良い子なの。お肉はあとで)
はあ、と切ないため息をついて、シャーネットの方を振り向く。
ウキウキした表情を浮かべて、ワクワクと順番を待つ。そんなに何か、相談事があるのだろうか?
やがて、テントから前の組が出てきた。男女のカップルらしく手をつなぎ、睦まじく微笑みながら去って行く。幸せそうだ。
シャーネットの期待度が、グンと上がったのが何故か分かった。
ドギマギしながら、三人でテント内に入る。
「ようこそ~。おひとり30デアですよ」
入り口に狭い部屋が区切られ、壺を持ったお姉さんが料金を告げる。
「はい、お願いしますね」
相談料は、おばばが出してくれた。ポシェットを慌てて持ち上げたが、頭を撫でられ前に進む。
もう1枚、カーテンをくぐると、様相がガラリと変わった。
綺麗な水色のカーテンが、ドレープたっぷりにテント内を飾り、所々さがる飾り石が、チカチカ光る。
奥には横長の細いテーブルに両手を乗せて、頭から布を巻き付けた女性が目元だけをさらし、頭を下げた。
テーブル前には長椅子。どうやらここに座り、対面式で話すようだ。
「アリアーテちゃん、まんなかね」
「えっ」
「まあまあ」
反論するヒマもなく、真ん中に座らされる。
「ようこそ、お客人。我ら流れの民は、精霊のお力を借りて、貴方がたの悩みを解く、お手伝いを……」
まだ若いらしく、少し緊張しているようだ。
(若い……違うな)
シャーネットがキラキラした目で見上げ、アリアーツェがドギマギして心配そうに見ていると、ようやく肩から力を抜いて微笑んだ。
「ご相談事は、なんでしょう?」
「はいっ」
シャーネットが、元気よく椅子の上で跳ねた。
「アリアーテちゃんと、ずっとおともだちでいたいですっ!」
「!」
「あらあら」
思ってもみなかった相談事に、アリアーツェは胸がきゅうっとなった。慌てて胸を押さえる。ほっぺが熱い。
お姉さんも、ぱちくりした後、にっこり笑った。目元だけでも、表情は伝わる。
「わかりました。では精霊に、聞いてみましょうか」
「はいっ」
お姉さんは両手を胸元で組み、お祈りをはじめる。
ひやりと空気が変わり、風の精霊がわずかに集まるのが見えた。
テント内の布がはためき、飾り石がチャリチャリと鳴り響く。
わあっとシャーネットとおばばが驚き、アリアーツェも目を丸くした。
風に色んな色がついたり消えたりして、迷っているように見えたのだ。
お姉さんも難しそうに眉根を寄せ、ちょっと頭を揺らした。
「……お嬢さん」
「はいっ」
「困難がありますが……あきらめず、信じて待てば、ずっとおともだちでいられます……相手を信じてください」
シャーネットは真剣な面持ちでこくんとうなずいた。
「はいっ。信じてまつ……です」
「シャーネットちゃん……」
何を信じて待つのだろう? あやふやな言葉なのに、五歳の彼女に伝わったのだろうか。
心配な気持ちでシャーネットを見詰めていると、おばばに頭を撫でられた。
「まぁ、良かったわね」
「ご婦人は何かありますか?」
「私は、可愛い孫の花嫁姿を見たいわねぇ」
アリアーツェはギョッとした。
「わかりました」
お姉さんはまた、お祈りをする。再び風が迷ったようにカーテンを揺らす。さっきより、もっと難しそうだ。
お姉さんの風は、アリアーツェの風とは違うため、意思疎通は出来ない。
「……っ、花嫁姿は……む……」
アリアーツェの花嫁姿って、それは、あの第二皇子に嫁いだとしたら、か。
想像するのもイヤだ。というか、絶対イヤだ。断固拒否をする……!
ぎゅうっとスカートを握りしめ、ついお姉さんのことを睨んでいたら、ふっ……と風が止まった。
ぱたりとお姉さんがテーブルに突っ伏した。
あれ……?
「あらあら?」
「?」
どうしたんだろう? 困っていたら、お姉さんがよろりと身を起こした。顔色が悪いような。
「……っ、す、すみません……っ、花嫁姿……は……!」
「花嫁姿は……?」
おばばが真剣な目を向け、お姉さんはつらそうに答えた。
「……分かりません」
「……まぁ」
お姉さんは謝っていたが、おばばは残念そうにしながらも、アリアーツェの頭を何度も撫でていた。
「さあ、あとは……お嬢さんですよ」
お姉さんの体調が悪そうなのだが、大丈夫なのだろうか。
心配になったが、後がつかえている事を思い出す。
「うーん」
何か、相談事があったかな?
首をひねっていたら、横からずいっとシャーネットが顔を出した。
「こいを……アリアーテちゃんの、こいは……?」
えっ。それを聞くの?
「こい……恋ですねっ、それなら」
ぐったりしていたお姉さんがすぐさま復活し、またお祈り姿勢をとった。
飾り石達が、賑やかに鳴った。音の鳴り方が、どことなく風鈴に似て聴こえる……。
ぱちっと、お姉さんが目を見開き、アリアーツェを見詰めた。
「素直になりましょう! そうすれば素敵な恋ができます……!」
「は、はい」
恋愛相談が好きなのかもしれない。お姉さんはとっても元気になっている。
アリアーツェは身を引きながら、こくこくうなずいた。
「終わりです! ありがとうございました〜」
「たのしかった〜」
「そう? 良かったわ〜」
「……」
三人でテントから出ると、次の人達が入って行った。
騒がしい音と、色んな匂いが戻る。
おじじが手を振りながら、合流する。
「そろそろ、帰るかのぅ」
「そうですわねぇ」
夜はまだこれから。大人達はまだまだ祭りを楽しむ時間だが、小さな子供は疲れやすい。
おじじとおばばに手を引かれて、アリアーツェ達は館へと帰っていく。
仲良いその姿を、テントの陰から見送る者がいた……。
お肉は帰ってから、食べれました。




