お祭り
ゆさゆさ。ゆさゆさ。
軽く肩を揺すぶられ、アリアーツェはうっすらと目を開けた。
吸い込まれそうな夕空の瞳に、覗き込まれている。
(きれい)
「アリアーテちゃん? 起きて?」
「……!」
遅れて、意識が覚醒。目が覚める。
熟睡してしまった。
おばばさまはもう起きて、髪を整えている。
「あらあら、おはよう、アリアーツェ」
「おばばさま……おはようございます」
「アリアーテちゃん、おはよ!」
「おはよう、シャーネットちゃん」
ずいっと顔を近付けて、にっこり笑うシャーネットちゃんは、元気いっぱいにソファから降りる。
「行こうお祭り! はやくはやく」
「まってー」
起き抜けだからか、体がふわふわする。そーっと床に降りて、手をにぎにぎ。
「一緒に行くから、少し待ってね。シャーネットちゃん」
「う……はーい」
今にも外に飛び出しそう。そんなシャーネットちゃんを、おばばは優しくさとす。
窓の外は、空が暗くなり紺色だ。遠くの端っこだけオレンジ色。
(逢魔が時)
ふと呟いたのは、前前世の。どんな意味か、剣士が理解して気を引き締めろと言う。うんでも、五歳の幼児にはちょっと。
初夏とはいえ、夜は少し冷える。メイドさんが、子供用のポンチョみたいな上着を羽織らせてくれる。フードをかぶれば、小さなテルテル坊主。
お祭りには、おじじとおばばも一緒に行くらしい。
みんなの準備を待って、さあお出かけだ!
センツィオ領の町の様子が、昼間とはガラリと変わっていた。
広場に灯りを灯す松明がいくつも置かれて、街をねり歩く人々を、あやしく照らし出す。
珍しいような、懐かしいような、不思議な音楽が流れてくる。色んな匂いもした。野菜を焼く匂い。お肉を焼く匂い。
お肉を焼いて売っている出店があった。大人気らしく、人だかりで見えない。
まずは、舞台の方に行くらしい。アリアーツェはおじじに。シャーネットちゃんはおばばに手を握られて、人混みの中を進んだ。
あちこちから、領主さま、奥様、と声がかかる。
踊り子さんの姿が見えた。もう、踊りは始まっていたらしい。
領主夫妻が舞台前にたどり着いた時、シャンッ、と澄んだ音が鳴った。
踊り子達が、足首に付けている足輪の鈴だ。日焼けした、長い素足を天に向けてのばし、妖艶な肢体を惜しげも無くさらし、ゆったりと踊りが始まった。
衣装やメイクが派手だ。胸もお尻も半分しか、隠していない。ただ、踊りが堂々としていて、やらしさを感じないのが不思議だ。
手足を伸ばし、回転し、頭を振る。舞台を移動しながら、時には激しく、静かに。
シャンシャン、と鈴が鳴る。
その度に不思議な香りが振りまかれ、踊りに魅了される。
流れの民が踊るのは、こうして町で稼ぐためでもある。
でも本当は──。
『邪気を、祓う、ために踊るのよ』
『踊ることで、精霊に交渉する』
『家族や、友人が、すこやかに暮らせますように──』
シャラン……。
空中にすがるように片手を伸ばし、切なそうな表情を残し、踊り子さんは一礼。
わっ、と見物客達が拍手する。
入れ替わるように、三人の踊り子さんが舞台に飛び乗った。みんな若い。
さっきより、明るく軽快な音楽が奏でられ、楽しそうにみんなが見ている。
「……」
舞台から降りた踊り子さんが、なぜかちらりとアリアーツェを見た気がした。
流れの民は、踊りや歌の披露以外にも、健康相談や、悩み相談をしてくれる。
広場の隅に小さなテントが張られ、何人か並んでいた。
「恋の相談も、してくれるわよー」
「こい」
「?」
おばばは茶目っ気を出して片目をつぶったが、こちらはまだ五歳だ。さすがにはや。
「シャーネットはならぶ! そーだん!」
「あらあら? じゃあ並びましょうか」
おじじはお腹が空いたのか、出店の方を気にしている。
「アリアーツェは、お肉が食べたいです、おじじさま」
「ん? そーかそーか! じじと一緒に買いに行こうか」
相談組みと、出店組みで、いったん別れた。広場の見える範囲なため、問題はないのだろう。
シャーネットちゃんはおばばと手をつないで、列に並んだ。
ばいばいと手を振って、アリアーツェはおじじと歩く。
だいぶ空が暗くなり、かがり火の灯りでしか周りが見えない。
だが不思議と真っ暗闇はなく、かすかに星あかりが足元を照らしてくれる。
精霊達は夜は静かになる。いまはアリアーツェの髪に潜り込み、ホタルのように明滅している。
お肉の出店は大人気だった。丸焼きしていて、いい匂いがみんなの鼻を刺激する。
子供は大概親に手をつながれ、落ち着きなくソワソワだ。
アリアーツェは、空いている片手で、自分の口を抑えた。美味しそうすぎて、口が開いてしまうから。
(お肉〜お肉〜っ、母様と、父様ごめんなさい。アリアーツェは美味しいお肉を食べますっ)
せめて、お家に帰ったら、どれだけ美味しかったか説明しよう。ごくり。
とうとう、アリアーツェ達の順番が回ってきた。出店のおじさんも、流れの民だ。不思議な衣装と、頭にターバンみたいな布を巻き付けている。
ぎろりと黒い眼差しが向けられた。
「三人分、頼むよ」
「……はい」
ナイフみたいな刃物で、火が通った部分が切り落とされる。木片を薄く切ったカップみたいな入れ物に、たくさん入れてくれる。
木の串を三本刺し、最後にソースのような物をかけ、おじじが硬貨を払い、列から離れた。
どこで食べるのか、アリアーツェはキョロキョロと辺りを見回した。
広場はどこもいっぱいなようで、舞台から離れた端なら少し空いているようだ。
「いったん、テントの方に戻るぞ」
はやく食べたい。だがワガママは言えず、大人しくうなずいた。
(三人分ということは、アリアーツェがふたりぶん!? おじじ優しい! 太っ腹!)
期待を込めてお肉を見詰めたからか、苦笑しておじじが注意した。
「夜ご飯が入らなくなるから、シャーネットちゃんと半分こしなさい」
アリアーツェは、があんとおじじを見上げた。
(゜ロ゜)




