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第21話 共感

 高貴なる血筋のたおやかなる御手によって5つの残念賞ポケットティッシュがもたらされた後。

 白珠はあまりの屈辱のせいか、その場からダッシュで逃げ出してしまった。


 俺と黒耀は人混みをかきわけて後を追うが、小柄な彼女には追い付けなかった。やがて商店街が途切れたところで、ようやく金髪白衣の後ろ姿を発見。あんな醜態の直後でも背中を丸めることなく、凛々しい姿勢を保っているのはさすがである。


「何よあのぐるぐる、イカサマしてるんじゃないの」


 俺たちが追いつくと、白珠はさっそく不満を口にした。


「不景気な顔が幸運を遠ざける――んじゃなかったのか?」

「あいにくとあたしはどんな顔をしてても好景気なの」

「そうか」


 根拠のない自信というのはやっかいだ。何も反論ができない。


「わたしは……、幸不幸は神様の思し召しだと思っています」


 黒耀が俺たちの二歩うしろから、控え目な声で意見を述べる。


「だから信心深い聖女様に景品を与えたもうたって言いたいの?」


 白珠の返事は心なしか刺々しい。


「いえ、そうではなく……」


 黒耀は和牛を収めた木箱を抱きしめる。

 俺は押しつぶされていろいろ強調された胸元から目を逸らす。


「正直に言いますが、今のわたしは、自らの属する教会を信じる気持ちが揺らいでいます。そんな不信心者にも、神様は幸運を授けてくださるものでしょうか」


 ああ、なるほど、そうか。

 黒耀が自信なさげな物言いをする理由がわかった。

 自慢ではなく相談だからだ。

 それも、1キロ太ったからこのデザートを控えた方がいいかしら、などというどうでもいい悩みではない。彼女自身の根幹をなす、信仰についての苦悩だ。


 デリケートな内容に、どう返事をしたものかと考えていると、


「下らないわね」白珠の吐き捨てるような声。


「――ちょ」俺の言葉にならないうめき声。


「……今、なんと?」黒耀の低い声。


 白珠は足を止めて、くるりとその場でターンする。舞踏のように軽やかに。対面した黒耀の鼻先へ、右手でまっすぐに指さして、


「あなたが信じているのは神様? それとも神の名のもとに私腹を肥やす聖職者ども?」


「それは……、もちろん父なる神をこそ、信じています」


「じゃあそれでいいじゃない。神様の教えと、それを広める組織を、ごっちゃにするから面倒くさいことになるのよ」


 白珠の物言いは、聖王国への批判というよりも、黒耀への説教めいていた。


「白珠さん……」


 それはつまり、親身になって、心配しているということで。


「ありがとうございます」

「……なんで礼を言うのよ」

「わたしを心配してくれているようだったので……、でも、なぜでしょう?」


 黒耀は首をかしげる。礼を言ったのは、白珠の態度からそうするべきだと感じ取ったからであって、感謝をするはっきりした理由までは自覚していないようだ。


「気のせいでしょ」


 白珠はそっぽを向いて知らんぷりを決め込もうとするので、ここは俺がフォローするしかない。余計なお世話かもしれないが。


「聖職者たちの腐敗を目の当たりにしたからだろ。黒耀が、帝国貴族の傲慢・放漫っぷりに眉をひそめてたのと同じように」


 市民に重税を押しつけて、それを神の試練とうそぶく聖職者たち。

 貧困にあえぐ民衆を無視して、夜ごとパーティをもよおす帝国貴族たち。


 それらは『物見の儀』を続けていれば、嫌でも目にするものだから。同じ役目を背負った二人は、互いの〝上〟のひどさについて、よく知っているのだ。


 当然、親しみを感じるだろう。

 気を使いたくもなるだろう。


「アサギリ、よくも……」


 白珠の鋭い目つきに、俺は肩をすくめる。それを見た黒耀は苦笑いを浮かべ、


「そういうことでしたら、やっぱり……、ありがとうございます。わたしのために怒ってくれて」


「……別に、そういうつもりで言ったんじゃないけれど。どう受け取るのかはあなたの自由だし、好きにすれば?」


「はい、そうします」


 ツンケンした物言いでわかりやすい照れ隠しをする白珠と、その刺々しさをおだやかな笑顔で受け止める黒耀。


 聖女と巫女という相対する役目を持つ二人なのに。聖王国と帝国という敵対する国家の出身なのに。今の彼女たちはとても自然な態度で相手に接している。福引で当てた景品の話をしながら、夕暮れの町を並んで歩いているのだ。変わったよなと、素直に思う。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 家へ戻ると、三人で鉄鍋を囲み、高級すき焼き肉を堪能した。


「アサギリ様、そっちのお豆腐はまだ入れたばかりです、こっちから食べてください。あとシイタケを全然食べていませんが、好き嫌いはよくないですよ」


 黒耀は自分が食べるよりも俺たちの食べ方を指図するのに忙しい。


「そういえば野菜とか果物ってそっちの世界でも同じなんだな」


「はい、地域によるとは思いますが、生物もほぼ同一なんでしょうね。わたしは海を見たことがなかったので、魚などについてはわかりかねますが……」


「そうか。まあ俺もクジラとか直に見たことはないけど」


 俺もどの野菜がどこ原産なのか、なんてよくわからない。あらゆるものを海を越えて手に入れられる世界に生まれついてしまったのだから。


「こちらの人々は、遠くのものを目の前に持ってこようとする熱意がすごいですよね。あとアサギリ様、シイタケをちゃんと食べてください。好き嫌いはよくないですよ」


 二回も推されたので俺は仕方なくシイタケを取り皿へ置いた。


「白珠さん、こちらのお肉が食べごろですよ」


「ちょっと黒耀、さっきから肉ばかり食べさせようとしないで」


「でも白珠さん、以前から思っていましたが、ずいぶん身体が細いですよ。食べる量が少ないからでは?」


 黒耀は本気で心配しているのだろう。声のトーンでわかる。だが、男の俺が聞いてもデリカシーに欠ける発言は、やはり白珠のカンに障ったらしい。細身な巫女は箸を置いて、堂々と胸を張った。


「これは痩せているのではなくスレンダーというの。こういう体型の女性を好むのが今の男性の流行なのよ」


「えっ……、そう、なのですか?」


 黒耀は何かを勘違いしたのか、白珠と俺を交互に見たあと、自らの胸に手を当てる。


「ちょっと黒耀、あたしは別にアサギリの好みに合わせているんじゃないわよ。流行というのはあっちの世界の社交界でのことだから」


「そ、そうでしたか」よかった……、というつぶやきが聞こえたのは気のせいだろうか。「貴族というのは大変ですね。相手に合わせて食べる量まで気にしなければならないなんて……」


 しみじみとつぶやきつつも、黒耀のごはんはいつの間にか空になっている。


「おかわり、入れようか?」

「いえ、これくらい自分で……」

「いいって、さっきから鍋を見てくれてるから、その代わりだ」


 黒耀は俺たちの食事に口出ししつつも、自分の食べる分はしっかり確保している。その辺りの視界の広さや手際の良さは、やはり修道院で小さな子供の世話をしていて身についたのだろうか。そんな考えがふと頭をよぎってしまい、いちいち切ない気分になる。いかん。あまり考えないようにしないと。


「黒耀のように鍋を取り仕切る人に与えられる、特別な称号があるのよ。確か、そう、鍋大名……、だったかしら」


 惜しい。


「鍋ダイミョー……、なにやら仰々しい響きですね」

「大名というのは地方領主のようなものよ」

「そんな肩書きで呼ばれるのは恐れ多いです。ここは控えめに、鍋司祭でお願いします」


 鍋司祭。和洋折衷ごった煮感の強い単語だが、黒耀がそれを名乗るのは不思議としっくりきた。アーメン。




 ぐつぐつ煮立つ鍋を挟んで向かい合い、箸を動かしつつも雑談を交わす二人。その和気あいあいとした光景を見ながら、俺は逆に、少しずつ緊張を高めていた。


 今なら話せるかもしれない。

 計画と呼ぶのもおこがましい、この思いつきを。


 こちらの世界へやってきたばかりの二人は、まともに会話ができるような状態ではなかった。いがみ合い、反目し合い、敵対していた。

 それが、一緒に生活をして、互いのことを知って、相手の悩みに口出しをするような関係になった。


 そんな今なら、話せるかもしれないと思ったのだ。


「――ちょっと、いいか」


 食事がひと段落したところで、箸を置いて二人に呼びかける。


「何よ」

「どうしたんですか?」

「あー、その……、今からすごく、大それたことを言うが、落ち着いて聞いてほしい」

「何よ勿体もったいつけて」

「はい、ちゃんと聞きますよ」


 俺は背筋を伸ばして、その問いかけを口にした。


「二人とも、戦争を終わらせる計画について興味はないか?」


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