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第22話 双眸計画


「戦争を終わらせるための計画に興味はないか?」


 俺の問いかけに、二人はそろってポカンと口を半開きにした。


「あの、それはどういう意味でしょうか」

「言葉どおりだ」

「……それは当然、はい。できるのであれば、終わらせたいです」


 黒耀は歯切れの悪い口調でそう言って目を伏せた。


『終わらせたいですが、どうやって?』という疑問よりも、

『終わらせたいですが、無理ですよね』という諦めを感じる口調。


 それに応えるために、俺は話を続ける。


「そもそも、戦争はどうして終わらないのか」

「続けることで、利益を得る方々がいるから……、ですね」


 戦争で利益を得る方々――聖王国におけるそれは、七法院をはじめとする上位聖職者のことだ。信奉すべき教会上層部が黒なのだという、黒耀にとっては耐えがたい現実だ。


 政治や社交という大人の世界に詳しいらしい白珠は、たぶん初めから気づいていた事実である。

 何も知らない田舎娘だった黒耀も、物見を繰り返すうちに、その結論に達したのだろう。


「戦争を終わらせるには、そいつら――権力者たちをどうにかしないといけない」

「……殺すのですか?」


 真顔で首をかしげる黒耀。


 聖女という楚々とした肩書きの陰から、不意打ちで鋭利なナイフをチラつかせるのはやめてほしい。横で黙って聞いている白珠も顔をこわばらせていた。


「話が早すぎる。……そいつらは、権力者だろう。権力があるから好き勝手できるし、権力を高めるために搾取を続ける」


 権力というのは引き継がれるものだ。ひとりを殺したところで、多少の混乱はあるだろうが、そのうち部下や子供が成り代わってしまう。だから、


「権力の継承を止めるためには、権力者から権力を奪うことだ」


 どうやって? と二人が同時に首をかしげる。


「説明のために、ちょっと物見へ行こうか」



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 まずは黒耀の物見に同行した。


 ビジョンに映るのは帝国領。国境にほど近い農村だ。

 周囲に広がる畑はすでに収穫を終えており、土がむき出しになっている。昼間ではあるが人影は少なく、閑散とした雰囲気だ。


 広い畑に線を入れるように細い道が南北に延びている。ただっぴろい畑と、長い長いあぜ道。どこを切り取っても変化のない風景のおかげで、道の脇にぽつんと立っている一本木は、俯瞰の視点からでもよく目立つ。


 そして今は、一本木のところに荷馬車が2台、停車していた。

 一台は馬が南を、もう一台は北を向いている。


「……いたな」

「はい。取引している品も、間違いないはずです」


 メモ帳をめくりながら黒耀が答える。

 ここは毎日の巡回中に見つけた、密売によく使われるポイントの一つだ。

 このような取引場所は帝国・聖王国を問わず、あちこちに点在している。


 ビジョンを近づけて、荷馬車の男たちのやり取りに耳をかたむける。

 身元はすでに確認済み。北へ向かう聖王国の行商人と、帝国有数の大商人であるキザロフ商会の構成員。

 行商人の方はまだ若く、荷車を寝床にしているような駆け出しだ。

 キザロフ商会の方は中年の男だが、序列の高い商人ではない。僻地での非公式な取引に回される使い走りだ。扱っている商品を考えれば、仕方のない人選ではあるのだが。


『今年はこれで仕事納めか?』

『ええ、この冬は雪神さまの機嫌が良くないと、ご老人がたもおっしゃっていますし、早めに帰らないと、山を越えられなくなります』

『残念そうな顔をしなさんな、こいつで十分稼げるだろうが』


 中年の商人は積み荷のひとつを指さしながらガハハと笑い、若い行商人は気弱げに苦笑を返す。

 取引はあっさりと終わり、二人の荷馬車が離れていく。


 黒耀は北へ向かう行商人を追跡した。

 難関であるはずの国境の関所も、衛兵に袖の下を渡して簡単に通り抜けてしまう。そこで俺は白の部屋を出た。黒耀が物見できる範囲はヒュパティア帝国の領内に限られる。このままでは行商人を追えないからだ。




 隣の黒の部屋へ移動して、白珠に場所を指定する。

 ビジョンはすぐに先ほどの荷馬車を捉えた。


「この荷馬車?」

「ああ、そいつだ。帝国領内で妙な積み荷を載せていた」

「わかった、追跡すればいいのね」


 関所を超えたあともトラブルはなく進み、荷馬車は数時間ほどで目的地にたどり着いた。その間、白珠は退屈しのぎに漫画を読んでいた。


 聖都ほどではないが人が多く活気にあふれた街だ。もちろん教会もある。荷馬車はその裏手で停車した。


 下ろす積み荷はたったひとつ。帝国領の一本木で、中年の商人から受け取った木箱だけだった。

 行商人は教会の神父に木箱を渡すと、二言三言ことばを交わすと、逃げるように荷馬車を出発させた。長居は無用ということだろう。

 彼との同行はここまでだ。

 ビジョンは神父の追跡へと移る。


「金の受け渡しはなかったな」

「運賃はもうもらってるんでしょ」

「さすがに神の家の軒先で生臭い取引はしないか。にしても、あの若い行商人、いいように使われてるな……」

「それは違うわ。関所で積み荷の確認を免除されていたんでしょう? だったらこのチャンスに、他にも調べられたら困るもの(・・・・・・・・・・)を載せているはずよ」

「……ああ、案外、それが報酬だったりしてな」


 白珠と雑談をしているうちに、やがて木箱は教会の奥まった部屋へと運び込まれ、数名の聖職者の環視の中で開封された。


 その中身が明らかになる瞬間の、聖職者たちの表情ときたら。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 物見の間を出て、聖女と巫女と、あと一般人の俺がリビングに集合する。

 開口一番、白珠は嬉しそうに見てきたことを語った。


「視線は箱の中身に釘付けで、口元はいやらしく歪んでいて、ホント、醜いったらなかったわ。聖職者という人種は世俗の欲望を断ち切っているものじゃないの?」


「そこは報告しなくてもいいんじゃないの?」


 俺は一応、白珠の口の悪さをたしなめておく。

 しかし黒耀は特に気にした様子もなく、話の続きを求めてくる。


「それで……、荷物の中身は何だったのですか」

「麻薬だ」


 ほとんど中世みたいな世界観のあちら側で、麻薬というアイテムに出くわしたことには、少し違和感があった。ギャングやらマフィアが売りさばいているイメージのせいだろう。

 だが、実は麻薬の歴史は紀元前にまでさかのぼるほど古いのだ。植生がこちらとほぼ同じなら、異世界側に存在していてもおかしくはない。それに夢中になる人間がいることも。


「そうですか」


 黒耀は静かにうなずいただけ。想定内、という反応だった。


「あまり驚かないのね」


「帝国側の物見をしていると、国境越えを認められた行商人が、白い粉を大切そうに運んでいる場面を何度か見かけました。ただ、それが最終的にどこへたどり着くのかは、確証がありませんでしたが。……いえ、確認するのが怖かったんです」


「聖王国じゃ、麻薬の密輸は大罪だったよな」


「はい。麻薬それ自体は、鎮痛剤として使うこともあるので、教会の厳正なる管理の下、国内産のみが流通を許されていました。ですが……」


「禁輸措置なんてザルよ、ザル。国境を仕切っている当の教会がブツを欲しがっているんだから、ほぼ素通りじゃない。厳正な管理が聞いてあきれるわ」


 白珠の物言いはケンカ腰だが、内容はすべて正しい。だから黒耀は直接反論できず、俺の方へ恨みがましい視線を向けてくる。


「こうして、我が国の恥ずべき現状を晒すことと、アサギリ様のおっしゃった〝戦争を終わらせるための計画〟に、いったい何の関係があるのですか?」


「大ありだ。今の話をそっちのお偉いさんに教えてやればいい。そうすりゃ少なくとも、さっきの教会の連中は一網打尽だろ?」


 黒耀は目をしばたき、そして、悔しそうに視線を落とす。


「それは……、無理です。だって今の話は、わたしと白珠さんが通じているのが前提じゃないですか。本来わたしが把握できるのは、〝行商人が麻薬を持って国境を越えたところ〟までです。〝その麻薬がとある街の教会の神父の手に渡った〟というのは、白珠さんからの情報なのですから」


 聖王国内部での悪事の証拠をつかんでいるのに、それを伝えることができない歯がゆさを、黒耀は感じているのだろう。


 聖女と巫女が裏で手を結んで情報をやり取りしている。


 そんなことが知れては、物見という国家相互監視の仕組み、それ自体が破綻してしまう。彼女たちの、あちら側での立場も悪くなるだろう。反逆罪や、それに近い扱いになるのではないか。


 二人を危うくするような提案は、俺にはできない。


「――だから密輸という、国をまたいだ悪事を例にしたのね」

「そういうことだ」

「え?」


 黒耀は首をかしげて、俺と白珠を交互に見やる。


「七法院に伝える情報は、完全じゃなくてもいいんだよ。麻薬を持って国境を超えているやつがいました、場所はこの街の近くです――くらいの話をしておけば、向こうも察してくれるだろ」


 それならば、あくまでも黒耀が知りえる範囲の情報だ。


「そうすれば、七法院の権限で街に調査が入るかもしれないわね」

「うまくいけば、あの教会の麻薬密輸が発覚するというのが、まあ、大まかな筋だ」


 俺と白珠の説明にも、黒耀はまだ納得がいっていない様子だ。


「可能性があるとか、調査が入るかもしれないとか、うまくいけばとか、そんな大雑把な考えでは……」

「細かいところはこれから詰めないといけないが」


 俺の雑な返事を、白珠が補足してくれる。


「例えばほら、伝えた相手がさっきの教会の直属だったら、子の不始末を親が揉み消すみたいに、話が握りつぶされてしまうでしょ? だから、なるべく麻薬取締に厳しい相手か、あの教会と仲の悪い相手を選んで伝えないと、ってことよ」

「そういうことだ」


 黒耀はまた、俺と白珠を交互に見た。

 こんどは、いくらか理解の色のある表情で。


「情報をお伝えする前に、きちんと活かしてくれる相手かどうかを見定める、ということですね」

「そういうことだ」

「アサギリはさっきからそればっかりね」

「だって付け加えることがない……ん? どうした、まだ何か気になるか?」


 俺は黒耀に声をかけた。〝戦争を終わらせる計画〟の中身はだいたいわかってくれたはずだが、それにしてはまだしかめっ面を続けている。


「いえ、お二人がずいぶん、互いの考えを理解しているようなので……、以心伝心というか、打てば響くというか」

「仲間外れにされてさびしいんでしょ」

「違います。ただちょっと、置いていかれたような気分になっただけです」


 その感情をさびしいというはずだが、異世界ではニュアンスが違うのだろうか。


 それはともかくとして、確かに白珠の〝話の早さ〟は大したものだと思う。貴族の娘という出自も関係しているのだろう。庶民と比べて特権階級は、得られる知識の量も多いはずだから。


 ただ、いくら物知りになれる立場だからといっても、自ら学ぶ気がなければ物知りにはなれないわけで、


「……あたしも、アサギリと似たようなことを考えてはいたのよ」


 つまり白珠は、意識高い系貴族令嬢なのだ。


「あくまでも漠然とした……、計画というよりただの想像よ。具体的なところまでは突き詰めてなかったし。ただ、聖女と巫女(わたしたち)が物見で得た情報をやり取りできたら、二つの国の関係が変わるかもしれない。考えていたのはその程度」


「でしたら……」


「でも、あたしから何かするつもりはなかったわ」

 少しだけ不本意そうに唇をとがらせて、腕を組み、白珠は俺を見上げた。

「……だから、これは、アサギリのおかげ。あなたが、あたしたちをつなげてくれたから、もしかしたら、本当に戦争が終わるかもしれない」


「大げさだよ。ただのおせっかいだ」


「そんなことはありません。最初、こちらへ飛ばされたときは、正直に言って……その、途方に暮れてしまいましたが、ですが今は、このめぐりあわせに感謝しています。希望の光が見えたような気持ちです」


 黒耀は俺の手を両手で包むように握り、うるんだ瞳でこちらを見つめてくる。キラキラした視線を向けられるとたまらなく居心地が悪い。


「殿方を指して希望の光だなんて、なかなか大胆なことを言うのね、黒曜石の聖女は」

「は、ち、違います」手が離れる。「アサギリ様ではなくて、この計画のことです」

「あっそ、まああたしはどっちでもいいんだけど?」


「――ああ、と、ところで、計画の名前はどうする?」


 この妙な空気から逃げたくてふと思いついたことを二人に問うた。実際、『戦争を終わらせるための計画』では長いし語呂も悪い。


 二人はそろって首をかしげている。

 特に思い浮かびません、という反応だ。


「じゃあ、双眸そうぼう計画でどうだ」

 俺は満を持して提案する。実はひそかに温めていたのだ。

「双眸というのは二つの目という意味だ。聖女と巫女、は異世界を見据える役目を負っているんだから、ぴったりのネーミングじゃないか?」


 二つの目で一点を見る。それは本来の視力にも当てはまることだ。左右二つの目で見るからこそ、人は世界を立体的に知覚できる。


 二人の反応は対照的だった。


「それは、なんだか……、格好をつけすぎだと思います」


 黒耀はまた首をかしげている。


「いいじゃない、双眸計画。悪くない……、いえ、格好いいと思うわ」


 白珠は、ふふ……、とあごに手をやって含み笑いをもらす。


「だろ?」


 俺もニヤリと口元を上げる。


「……やっぱり、なんだか通じ合っているように見えます」

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