第20話 信頼
「最近の黒耀さん、食欲ないね」
聖女と巫女が夕食を終えて台所からいなくなったあと。
算数の宿題をしていたみかげが、ぽつりとつぶやいた。
「そうだな」
「お兄さんが変なことしたの?」
「違う。俺のせいじゃない」
「何かあったのかな……」
みかげは上目遣いで説明を要求してくる。
とはいえ、あの、刺激の強い物見の内容を、そのまま語るわけにはいかず、
「……黒耀は、信頼していた相手に裏切られたんだ」
そんな、あいまいにボカした答えになる。
「信頼?」
みかげは鉛筆の動きを止めて首をかしげる。
「この人は間違ったりしない、自分を失望させたりしない――そういう風に信じていた相手だったんだ、黒耀にとっては」
「大切な人だったんだね」
「人というか組織というか……、まあ、そうだな」
「あと、白珠さんもちょっと元気がないように見えるんだけど」
「それは、黒耀を心配してるからだろ」
「ここへ来たばっかりのときは、あんなにギスギスしてたのにね」
みかげの言うとおり、来訪当初ならば反応は違っただろう。黒耀が落ち込んでいたら白珠は大喜びしていたはずだ。二人の関係の変化には、感慨深いものがある。
「お兄さんのおかげだね」
「けっこう世話を焼いたからな」
俺は軽口を返す。国同士が戦争中だから、その事情に影響されて険悪だっただけで。本来は二人とも、他者を理由もなく嫌ったり、意味もなく攻撃するような人間ではない。
「じゃあ今回も、お兄さんがまとめて面倒見ないとね」
「……うん?」
「はいこれ」
みかげはカバンから紙幣サイズの紙束を取り出した。
「なんだこれ……、ああ、福引券か」
「年末になると商店街で配ってるでしょ。だいぶたまったから、二人と行ってきたら」
俺は受け取った福引券と、無表情なみかげを見比べる。
「お前はいいのか? 毎回楽しみにしてたじゃないか。ガラガラのハンドルが外れるくらい回しまくって」
「お兄さん……」はあ、と小生意気にため息をつく。「みかげはもうすぐ中学生なんだよ? 出てくる玉の色にいっきいちゆうする歳じゃないの」
またマセたことを、と思わないでもなかったが、確かに中学生くらいになると、この手のイベントでは騒がなくなるものだ。人前ではしゃぐのを恥ずかしいと感じる、自意識過剰な中二病にかかる年頃だからな。
「そうか、ならありがたく貰っておこう」
「あと……、ね」みかげは消え入りそうな声で、ためらいがちに呼びかけてくる。「みかげは、大丈夫だから」
「ん?」
「みかげにはちゃんと、信頼できる人がいるから」
目を逸らして小声でつぶやくみかげ。それは、いつものぶっきらぼうとは違う、慎ましやかな態度だった。
久礼林のおじさんとおばさんのことを言っているのだろうと思って、
「そうだな」
と軽くうなずき返したら、なぜかキツく睨まれてしまった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、二人を誘って商店街へと足を運んだ。
年末の買い込み客が増えているのに加えて、福引のイベント効果もあって、地方都市の商店街としてはかなりの賑わいである。
「いつも人が多いとは思っていましたが、今日は特にすごい人出ですね……」
黒耀はキョロキョロと落ち着きなく辺りを見回している。好奇心と不安感が入り混じった、お上りさんのような反応だ。初々しい。
「あんまりよそ見するなよ、はぐれるから」
「あっ、はい、アサギリ様」
遅れ気味だった黒耀に声をかけると、たたたっ、と子供みたいに駆け寄ってくる。そして、互いの肩が触れそうな距離に張りかれた。近い。が、もうちょっと離れて、などと突き放したら、また落ち込んでしまいそうだ。俺は何も言わずそのまま進む。
「まるで帝都の祝祭ね。でも、この町って別に国の中心というわけではないんでしょう?」
一方、およそ1メートルという他人行儀な距離を並行して歩いている白珠は、うんざりした様子で眉をひそめている。行く手をさえぎる有象無象どもにイラつく、貴族令嬢めいた反応だ。実に上から目線。
「むしろあれだ、どちらかというと辺境だな」
「そう。文明が発展すればするほど、人が増えて、こうなるのね」
「もっと発展すれば、人はひきこもったまま生活できるようになる」
「万人が貴族になるのね」
「ああ、給仕の仕事は機械がやってくれるからな」
「……それはそれで味気ないわ。貴族ではなく、遊び人ね」
「どう違うんだ」
「遊び人はただの放蕩者。貴族は品位を持って嗜む者よ」
品位とやらを証明するように、白珠は長い金髪を手櫛でふゎさっ、とかき上げる。その辺りには譲れないプライドがあるようだった。
福引抽選会の列に並ぶこと数分、ようやく俺たちの番が回ってきた。
「では、まずわたしから……」
黒耀はガラガラ抽選器のハンドルを握り、ゆっくりと回した。
白、白、黒、と外れが続き、4回目。
緑の玉が転がり落ちた。
「おめでとうございます! 3等、食卓を彩る食器セットです!」
がらんごろん、と担当者が手持ちの鐘を振るった。
「――ひゃっ!? な、なぜ鐘を鳴らすのですか? 礼拝ですか? 洗礼ですか? それとも」
「ストップ黒耀、前のめりにならない」俺は黒耀の肩をゆする。「宗教的な意味合いはないんだ。単に景品が当たったのをアピールしてるだけだから」
「そ、そうですか。景品……」黒耀は目を大きく見開いた。「あ、アサギリ様! 食器です、しかもセットですよ。割ってしまった食器の代わりにしてください。よかった……、これならお叱りは受けずに済みますか?」
その発言に周囲がざわつく。美人の黒耀がこのような庶民的な場にいるだけで注目度が高いのに、『お叱り』なんて単語が飛び出したせいで、おかしな雰囲気になりつつあった。
「お叱り?」「あんな美人をお叱り……?」「食器を割るってことは家事をさせてるんだよな」「メイドか?」「そういえばさっきから隣にいる男を様付けで呼んでるぜ」「いったい何者なんだ……」「あの男の横に立ってる金髪の美少女、なんか貴族っぽくね?」「あ、それオレも思った」「まさか、ご主人様と貴族令嬢と、その召使い……?」「何そのプレイ」
人々の噂話がエスカレートしている。
俺たちはおかしな存在として認識されつつあった。
「黒耀、ほら早く次を回して」
そして早くこの場から立ち去らねば。俺は黒耀を急かす。
「あ、はい、わかりましたアサギリ様」
5回目の福引抽選。
ガラリ、ぽとり。転がり落ちたのは赤い玉だった。
あっ、と担当者がうっかり声をもらす。
「おーっと、またしてもおめでとうございます! 2等のすき焼き用高級和牛セットご当選でーす」
ガランゴロン、と先ほどよりも激しく鐘が鳴らされた。
黒耀は戸惑いながらも木箱に入った和牛セットを受け取る。食器セットは俺が持つことにして、さわがしくなってきたこの場から遠ざかる。
「黒耀が2等と3等を当てたのなら、1等は当然あたしよね」
白珠が腕組みをしてガラガラ抽選器の前に歩み出る。
お嬢さまだ、お嬢さまが来たぞ、と周囲のざわつきは収まらない。謎の黒髪美人の好成績に続いて、謎の金髪美少女の出現。抽選会場にはいつのまにか黒山の人だかりができあがっていた。
「見てなさいアサギリ、高貴な血筋が持つ幸運というものを!」
白珠はハンドルを持つと、勢いよくそれを回した。
今この瞬間、商店街の中心は間違いなく彼女だった。




