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第19話 聖女のつくり方


 朝食を終えて朝のニュースを見ていたとき。


「――あっ」


 流し台(シンク)の方から食器の割れる音が聞こえた。

 洗い物をしていた黒耀が、おそるおそるこちらを振り向く。


「も、申し訳ありません……、お皿を割ってしまいました……」


 皿を割ったことを咎めても、今はあまり意味がない。

 まずは黒耀の身体を気遣う。


「怪我はないか」

「はい、それは大丈夫なのですが……」


 歯切れの悪い返事の理由はわかっている。

 また、だからだ。

 ここ三日の通算で、なんと六枚目になる。すさまじいペースで我が家の食器が不燃ごみと化していた。


 もういいから洗い物は置いておいてくれ、という見切りの言葉をどうにかこらえる。昨日、似たようなことを言ったら、黒耀はこの世の終わりのような顔をして、コーヒーカップを取り落としてしまったからだ。黒耀の責任感を満足させるためには、ゆっくりでもいいから洗い物を終わらせてもらうしかない。


 おっかなびっくり、ゆっくりじっくり、普段の三倍ほどの時間をかけて洗い物を済ませた黒耀は、肩を落として台所を出ていった。


 あの惨劇の夜から三日が過ぎたが、黒耀の動揺は未だに続いていた。先ほどのような凡ミスだけではない。朝起きるのが遅くなったし、掃除中に手を止めてボンヤリするようになった。そして、何より大きな変化として、食事の量が減っていた。


「わかりやすく落ち込んでるわね」


 黒耀の背中を見送りながら、白珠が言う。


「無理もないだろ」


 半分は俺自身に向けた言葉だった。

 目の前で人が殺された。その光景だけでもショックは大きいはずだ。俺も未だに〝猫背〟の遺体の、捻じ曲がった首と虚ろな眼が忘れられない。


 加えて黒耀にとってショックだったのは、自分の国が敵である帝国とつながっていたことだ。仇を討ってくれたはずの聖堂騎士団さえ信じられなくなっている。


「ところで、例の『聖女創造』についてだけど」


 聖女創造。

 先日の物見の際に、副団長のガーランドが口にした言葉である。

 妙に引っかかったので、白珠に調べてもらっていたのだ。


「ああ、どうだった?」

「思っていた以上に、醜悪、だったわ」


 白珠は込み上げる吐き気を我慢するかのように顔をしかめた。


「『聖女創造』とは文字どおり、新たな聖女を選定するための手順、その符丁よ」

「『最初の聖女』と似た境遇の修道女を選んで、その子を次の聖女にするんだろ」

「……あたしも最初はそう思っていたけど」

「違うのか?」

「ええ。順番が逆なのよ(・・・・・・・)

「それはどういう――」

「七法院としては、聖女の外見を重視しているみたい。『最初の聖女』と同じで、見目麗しく、黒髪で、女性的な身体つきであること。条件に合った女の子を各地の修道院からピックアップするの。そして、同じ〝試練〟を与える」


 試練を与える。

 ずいぶんと積極的な言い方だ。

 まさか、と思う。

 盗賊による修道院の襲撃を、災難ではなく試練というのならば。


「――襲わせたのか。教会が、盗賊を雇って」

「たぶんね」


 なるほど。国の重要な儀式にかかわることだから、半端な人間に後始末を任せるわけにはいかなかったのか。だから聖堂騎士団を動かしてまで、盗賊の残党を探していた。


「じゃあ、黒耀が聖女に選ばれたのがコトの始まりなんだな」


「ええ、だから黒耀が適齢期になったところで、修道院を襲わせて、彼女をもういちど、天涯孤独にした」


「聖女になるしかないように追い詰めた」


「帝国を強く憎む理由と、聖女としての使命感を、同時に植えつけられる。一石二鳥ね」


「実行犯の盗賊たちが、その場で始末されなかったのは?」


「そこは単なる教会の不手際でしょう。盗賊たちの中にも、うさん臭い仕事だと感じた、察しのよい者がいたのかもね」


 そのおかげで『聖女創造』を知れたのは、果たして良かったのか悪かったのか。

 どちらにせよ、この真実は間違いなく黒耀を苦しめる。


「この話、黒耀には」

「するわけないでしょ。家族が殺されたのは自分のせいだ、なんて考えるに決まってるんだから」

「助かる」

「あたしのためよ。心労で寝込まれたりしたら、巫女の役目に支障がでるもの」


 白珠はそっぽを向いて、突き放すようにそう言った。

 わかりやすいツンデレっぷりに、思わず苦笑いが浮かぶ。


「何がおかしいのよ」


 こちらの反応が不服だったのか、口をとがらせていた白珠、だが、ふっといたずらを思いついたようにニヤリと笑った。


「……そうだ、本当のことを黒耀に言ってみる?」

「は? いや、さっき……」

「だから、落ち込んだ黒耀を、あなたがなぐさめてやればいいでしょって話。弱っている女は狙い目よ」

「何を言っているんだお前は」

「チャンスだって言ってるの。いっそ抱いてやれば?」

「親が子にするように?」

「男が女にするように、よ」


 白珠は俺の偽装鈍感をすぐに訂正した。やわらかな金髪をかきあげて耳を出し、顔をかたむけて口元を上げる。赤い唇のすき間から、わずかに白い歯がのぞく。まぶたを細めて絞った瞳が、試すようにこちらを見つめてくる。


 いつもと同じ、なにげない仕草なのに。小学生みかげと大して変わらない、薄っぺらい体型のくせに。『真珠の巫女』はこの瞬間、明らかに女性だった。


 なんて顔でなんて話をするんだこいつは。朝っぱらの台所だぞ。場所と時間をわきまえてくれ。いや、真夜中の寝室なら大丈夫ってわけじゃないが。


「――なあ、『黒曜石の聖女』がそういう風に作られているのなら、『真珠の巫女』の方にも、似たような作為があるんじゃないのか?」


 我ながら露骨な〝逃げ〟の話題転換だったが、偶然にも的を射てしまったらしい。

 白珠の、余裕の表情が崩れる。


「さあ。だとしても、興味ないわ」

「興味ないってお前……」

「あたしは黒耀みたいに仇討ちする気もないし。前にも言ったでしょ」


 話はこれでおしまい、とばかりに立ち上がり、白珠はさっさと台所を出ていった。


「……はあ」


 ひとりになって緊張が途切れ、思わずため息が出る。もし白珠が「気になるから調べたい」と言い出したら、それはそれで困っていた。

『真珠の巫女』の選出にも、何か作為的な力が働いていたとして。確認には黒耀の協力が必要になる。帝国側を物見してもらわないといけないからだ。


 そんなことを頼めば、理由を問われる。だが当然、話すことはできない。事実を知れば黒耀は自分を責める。責任なんてないと、いくら言っても聞かないだろう。


「他人事だと、思ってたんだけどな」


 儀式のための犠牲というのは、ありふれた話だ。

 天変地異を鎮めるための人身御供や、建造物の無事を祈って埋められる人柱。特に昔の文明にはありがちなしきたりである。迷信がまかり通っていた時代だし、そういうこともあるだろうと傍観していた。


 しかし、黒耀や白珠がそんなことで苦しんでいるのを目の当たりにすると、とたんに身近で、ひどく理不尽なものに感じてしまう。


 なんとかしたいと、切実に思った。

 だけど、ただの高校生に過ぎない俺に、いったい何ができるのだろう。

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