第18話 仇討ちの夜 下
黒耀は元盗賊の若い方――通称〝猫背〟の追跡を続けた。
日付が変わっても、眠気に耐えてずっと張り付いていたのだ。
その甲斐あって、夜明け前には〝猫背〟が何者かに手紙を送ったのを突き止めることができた。
『猟犬は迷い羊を見つけた』。
手紙の文面である。
再び動きがあったのは、翌日の夜。
黒耀はかなり疲労していた。三時間おきに寝て起きてを繰り返して、見張りを続けていたせいだ。しかし〝猫背〟の前に現れた男を見ると、驚きに目を見開いた。
「――ガーランド様」
「ん……、誰だ?」
「聖堂騎士団の副団長です」
「偉い人?」
「当たり前です。聖堂騎士団といえば聖王国の剣。武勇と品位、家柄と教養――あらゆる方面に秀でた方々のみで構成されるエリート集団。そのナンバー2なのですから」
「そんなお偉いさんが敵国の領内にいるのはおかしくないか?」
「修道院が襲われたことを、それだけ問題視しているということでしょう。でも――まさか襲撃者を捕らえるために、副団長みずからが動いてくださるなんて」
黒耀は感極まったのか、口元で両手を合わせ、目を潤ませている。
「きっと犯人たちは神前裁判にかけられるわ。……ああ、これで、御許にいるあの子たちに、良い報告ができます」
俺には黒耀の期待感がよくわからなかった。
聖堂騎士団副団長。
ご大層な肩書のわりに、ガーランド氏の姿は冴えない。灰色のコートをまとい、フードを目深にかぶった、みすぼらしい格好をしている。敵国内で聖騎士然としたキラキラした姿で移動するわけもないから、まあ、妥当な格好といえるだろう。
ただ、フードからわずかに覗く右頬の傷と、鋭い眼光からは、荒事慣れした歴戦の猛者という雰囲気を感じた。肩書きに負けないだけの重厚さがあった。
副団長は〝猫背〟の先導で、元盗賊の片割れが泊まっている宿へと向かう。
『ここです、ダンナ』
〝猫背〟は木造の扉の前で振り返ってガーランドに声をかける。
それが彼の最期の言葉だった。
ガーランドは〝猫背〟の顎と頭頂部を両手で挟み込み、ハンドルを回すように首をひねった。
何かが砕けるような音と千切れるような音と潰れるような音、それら三つが重なった鈍い音が響いた。ガーランドが手を離すと、すでにこと切れていた〝猫背〟の身体がその場に崩れ落ちる。
間髪入れず、扉を蹴破り室内へ。
『な、なんだテメエは――』
侵入者に驚いた男が、しゃべり終える前に、打撃音。
続いて、カエルが潰れるような、短い声。
直後、人の倒れる音。
『……ようやく、聖女創造が成ったか』
静まり返った室内から、ガーランドのつぶやきが聞こえた。
厄介な仕事を終えたような、肩の荷が下りたような、そんな声音だった。
ただ、彼がどんな顔をしているのかはわからない。
部屋の中の様子も不明である。
なぜなら、物見の視点はその場から動いていないからだ。視点がそのままだから、俺たちの足元には、いまだに〝猫背〟だったものが横たわっている。
目の前で起こったことが理解できないのか、黒耀はビジョンを動かすのも忘れて、呆然と突っ立っている。
やがて、宿の人間が物音に気づいて上がってくると、〝猫背〟の死体を見て叫び声を上げた。窓ガラスが割れる音がしたので、ガーランドはすでに外へ脱出しているのだろう。
黒耀はようやく我に返り、ガーランドを追跡しようとした。
『この宿で騒ぎがあったと報告を受けたんだが』
そこへ今度は、ものものしい制服に身を包んだ二人組がやってくる。あちらの世界の治安維持組織――警察のようなものだろうか。
『え? ああ、衛士さん。……ずいぶんお早いお着きですね』
宿の人間は困惑している。
無理もない。〝猫背〟の殺害から、まだ1分と経っていないのだから。
『我々は働き者だからな』
『ここは任せてくれ』
二人組は宿の人間を遠ざけると、死体の検分を始めた。
『……ったく、カタリナの聖騎士様ってのは恐ろしいな。まるっきり暗殺者の手口じゃねえか』
『血で汚さない殺り方なのは、片づける俺らへ気を使ってくれたんだろ』
『神の慈悲ってやつか?』
『取引相手への配慮だろ』
『あーあ、どんだけもらってんだろうな領主さまは』
サラリーマンの愚痴のような世間話をしながら、盗賊たちの死体を運んでいく。衛士たちの語った内容は、聖王国と帝国のつながりを意味していた。聖堂騎士団が帝国領内で動くのを、金で黙認してもらっているのだ。
黒耀は相変わらず立ち尽くしている。
ガーランドの口ぶりを聞くかぎり、修道院を襲った盗賊たちは、殺された二人で最後だったのだろう。
期せずして仇討ちが達成されたというのに、黒耀はまったく嬉しそうではない。むしろ、ひどくショックを受けている様子だ。
黒耀の考える仇討ちとは、盗賊たちの罪を明らかにして裁くことだったのだろう。しかし、実際に行われたのは一方的な殺害。
聖堂騎士団の副団長という重鎮が直接手を下すところには、断罪というより、まるで口封じのような印象を受けてしまう。
疑問、疑念はいくらでも湧いてくる。
だがそれを、隣で顔面蒼白になっている黒耀に問うことはできなかった。




