第17話 仇討ちの夜 上
黒耀は何度も場所を変えて、帝国各地を転々としながら調査を続けていた。
白珠もまた独自に、修道院襲撃に関する情報を調べてくれているようだった。本人は何も言わなかったが。
そんな努力の結果がわずかひと月で現れたのは、物見の力を使ったとはいえ、かなりの幸運といえるだろう。絞り込みより張り込みの方がはるかに長い、地道すぎる作業の果てに――
――〝彼ら〟を見つけたのは、帝国の中でも比較的大きな都市にある酒場だった。いくつか目星をつけていた情報収集のポイントのひとつ。荒事を生業とする男たちが多く出入りする、安酒と安い食事だけが売りの猥雑な酒場。
その片隅、ランプの光に弱々しく照らされる、二人掛けの席に彼らはいた。
一人は、長身の背中を猫のように丸めて陰気な顔で酒をすする若者。
もう一人は、軋みを上げる椅子にふんぞり返ってジョッキをあおる壮年の男性。
『いやぁ、お前と会うのも久しぶりだな』
壮年の男性が、年長者の余裕で話しかけている。明らかに、相手よりも自分の方が上だと自覚している者のしゃべり方だった。
『そうっすね』
若者は目を合わせず、浮かない顔で応じる。
『あの仕事を片付けて以来だから、もう4年ぶりになるのか』
『――その話はやめませんか』
『あん?』
『ヤバいヤマだったんですよ、あれは』
『そうかぁ? 報酬的にはうまかったじゃねえか』
『でも、間違いなく訳アリっすよ』
『訳アリねえ……、まあ確かに、俺らみたいなはみ出し者でもドン引きするような仕事内容ではあったが。辺境の修道院を焼き討ちして皆殺しにしろ――だなんて、なあ?』
「――ッ!?」
黒耀が金属音のような悲鳴をあげて、その場にしゃがみ込んだ。
聖女の動揺を反映しているのだろうか、ビジョンが揺らぎ、ノイズが混じる。
無理もない。
男たちの会話内容からして、間違いないだろう。
当たりだ。
こいつらが、犯人。
黒耀の育った『セレナリア修道院』を襲撃した犯人たちが、ビジョン越しに目の前にいる。しかも、犯した罪に比して、男たちの口ぶりはあまりにも軽い。
「この人たちが、みんなの仇……、なの……?」
黒耀は身体に力が入らないのか、緩慢な動作で立ち上がると、前の壁面へゆっくりと進んでいく。
すぐ目の前にいるのかと錯覚するほどの、高精細なビジョンに手を伸ばす。
しかし、触れられるのは冷たい壁だけ。向こう側へは届かない。
壁に阻まれた右手を――黒耀は振りかぶった。
その手が強く握られているのに気づき、俺は慌てて腕をつかむ。
「ちょ、待った! それをどうするつもりだ」
「……あ」
振り返った黒耀は、自分の行動の理由が自分でわかっていないような、虚ろな目でこちらを見返してくる。だいぶ参っているようだ。俺は空いている方の手を肩に乗せて、ゆっくりと話しかける。
「ひとまず今は、こいつらの話を聞こうぜ。どんなに度し難い内容でも。せっかく見つけた手掛かりじゃないか」
俺の説得に黒耀はこくりとうなずいた。しかし納得してくれた気がまるでしないので、彼女の右手を握ったままにしておく。
そしてしばらく、目の前の傭兵たちの話を黙って聞いた。
黒耀にとっては耐えがたい苦痛の時間だっただろう。
『そういや、ほかの連中はどうしてる? ハインズやグスタフは? お前ら、よくつるんで仕事してただろ』
『……知らないんすか? 二人とも死んじまいましたよ』
『なんだと? どちらも腕利きだったじゃないか。だがまあこういう稼業だし、仕方ないか。こんな安酒じゃいかんな、おーい、この店でいちばんいい酒を持ってきてくれ。あいつらのしみったれた魂に幸あれってな』
ガハハと笑う壮年の男性とは対照的に、猫背の青年は冷めた目を向ける。
『アンタ……、最近ここいらじゃ見かけなかったっすけど、どこにいたんすか?』
『ん、ああ、あの依頼の報酬が桁違いだっただろ、それで田舎へ引っ込んでな、所帯を持って畑を耕してんだよ実は』
そう言って鍬を振るう仕草をする壮年男性。
『なるほど、だから世情に疎い……』
『あん? なんか言ったか?』
『いや、……前と比べて丸くなったっすね』
『そうか? そうかもしれねえなぁ。実は、春に子供が生まれるんだ』
『へえ、そいつは……、おめでとうございます。ああ、そうだ。あいつらへの弔い酒なんかより、お子さんへの祝杯ってことで、ここは俺がおごるっすよ』
『おお、悪いな』
『いいってことっすよ』
ビジョンは終始揺らいでいた。
黒耀はきっと叫びたいのを我慢していただろう。
修道院の孤児たちを皆殺しにしておきながら、自分の子供の誕生を喜んでいる男への復讐心を、必死で表に出さないようにしていたはずだ。
ふと俺は考える。
黒耀の言う復讐とは、男が死ねばそれで済むものなのか。
それとも、男の妻や、子供の命までをも望んでいるのだろうか。
男の前で愛する妻子から先に始末するのが、復讐としてベターだ。あるいは、自分の命と引き換えに妻子を助けてくれと懇願する男に致命傷を負わせておき、しかし彼の意識がある間に、目の前で妻子を殺害する――これが絶望の最大値ではないか。
いや待て、何を考えているんだ俺は。
当事者でもないくせに。
他人の不幸をダシに残酷を楽しんでいる自分に気づいて、左右に首を振った。
「黒耀、そろそろ時間だぞ」
「もちろん、物見を続けます」
黒耀は振り返らずに応じる。
「だよな。じゃあ俺は白珠に伝えてくる。あと、徹夜になるかもしれないから、何か食べ物も」
「お願いします」
ほこらから外へ出られるように、黒耀が一度ビジョンを閉じる。物見の最中は扉が開かないようになっているのだ。
「……あの」
俺に呼びかける黒耀の瞳は、自信なさげに揺れていた。
「ん? どうした」
「……いえ」迷いを断ち切るようにまばたきをして、「先ほどの男たちの、どちらを優先して追跡するべきでしょうか」
俺は少し考えて、
「若いほうだな」
「どうして、そう思うのですか?」
「二人を見ていてそう感じただけで、端的に言ってしまえば勘なんだが……」
「それでもかまいません」
「あえて理屈をつけるなら、年上の方は」所帯持ちの方という言い方は避けた。「修道院襲撃を、とっくの昔に終わったことだと思っているらしい。でも若い方は、まだ続いてると思っている。少なくともそういう心構えでいるみたいだ」
「同感です。身体も心も、張り詰めている」
「周りを警戒しているようにも見えるな」
「はい。……あの」
「まだ何かあるのか」
問い返すと、黒耀はめずらしく、恥じらうように目を伏せる。
「その、手を……、そろそろ、離してください……」




