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第16話 無垢なる問いかけ


「今日の料理、なんか雑じゃないか」


 俺はつい思ったことを口にしていた。


「いや、不味いわけじゃない。……ないんだが、具材の形が不ぞろいだし、味もちょっと大味というか濃すぎというか……」


「申し訳ありません」


 なぜか向かいの席に座っている黒耀が頭を下げた。


「なんで黒耀が謝るんだ」

「このシチュー、黒耀さんが作ってくれたの」


 そう事情を説明したのは隣に座るみかげである。普段どおりの淡々とした口調ながら、無神経男を責める刺々しさがある。


「……なんだって」


 自らの失言が、相手にどんな影響を与えてしまったのか。

 俺は恐るおそる、黒耀の顔色をうかがう。彼女は暗い表情でうつむいていた。


「お口に合わないものを作ってしまい、申し訳ありません。やはりミカゲさんのお料理の方がおいしいですよね。自分でもわかっています」


「あー……、俺はこれくらい味が濃い方が好きかな。具材が大きいのも食べ応えがあって、これはこれで悪くない」


「不味いものは不味いとはっきりおっしゃってください。中途半端な慰めは、ときに残酷な勘違いを引き起こします」


「だから不味いわけじゃなくてだな……」

「でもおいしくもないんですよね」


 黒耀は強情だった。しかし彼女の作ったシチューは決して不味くはないのだ。ただ、比較対象であるみかげが料理上手すぎるだけで。……というかみかげの料理は本当に美味いんだな。黒耀のシチューと比較すると、その良さがあらためて理解できた。


 さて、黒耀を納得させるにはどういう風な感想を述べればいいのか。

 思い悩んでいると、反対側の席から白珠が告げた。


「ミカゲが作った料理より、はっきり数段劣るわね。問題点はアサギリが語ったとおりよ。具材の大きさがまちまちだと火の通りにムラが出るし、味については調味料をきちんと量って、こまめに味見すればいいんじゃないかしら。精進なさいな」


 俺とみかげは顔を見合わせる。


 自分は家事を一切しないくせに、白珠のアドバイスはなかなかに的確だった。しかし、問題はそこではない。


 食卓でも冷戦状態を続けていた二人が、言葉を交わした。それだけでも異常事態なのに、白珠の物言いは相変わらずの上から目線。しかも正論だ。黒耀の反論しだいでは口ゲンカにも発展しかねない。


 俺たちはひやひやしながら二人を見守っていたが、


「そうですね」


 と黒耀は意外にもあっさりと自らの力不足を認めた。


「悪いところはわかっているので、次はそこを直して、もっとおいしいものをお出ししてみせます」

「ほどほどに期待して待ってるわ。あ、黒耀、そっちのドレッシング取って」

「これですか、はいどうぞ」


 二人の間で手渡されるドレッシングを、みかげは信じられないものを見るような目で眺めていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「お兄さん、あの二人、何かあったの?」


 食後のコーヒーを飲んでいると、みかげが小声で話しかけてくる。


「なんでそんなことを聞くんだ」

「だって、黒耀さんは急に料理を作りたいって言いだすし、白珠さんは食事が終わってもすぐ出ていかないし、二人ともこの前までのギスギスした感じがなくなってるし……」

「めでたく和解したってことだろう」

「でも、それだけじゃなくって――」


 みかげがまだ言い足りない様子で首をひねっている。そこへ、洗い物をしていた黒耀が振り返った。


「アサギリ様、献立のリクエストはありませんか?」

「え? そうだな……」


 俺はここ最近のメニューを思い返す。


「ずいぶん露骨なポイント稼ぎね、黒耀」

「し、失礼ですね、そんなことはありません」


 異世界ガールズが来てからというもの、夕食は多人数で食べることを意識して、大量に作れる料理が多かった。


「掃除や洗濯だけでは飽き足らず、とうとう料理まで」

「わたしはただ恩を返しているだけです」


 カレーやシチュー、おでんや筑前煮などだ。それはそれで好物なのだが、いずれも庶民的で豪華さに欠けているのは否めない。


「前々から思っていたのですが、白珠さんはアサギリ様への感謝が不足しているのではありませんか?」

「贈り物に対していちいち大げさに反応する女は、安っぽく見られるのよ」


 鍋物――それもいっそすき焼きはどうだろう。大勢で食べられる上に豪華さもある。もっとも、みかげ様のお許しがなければどうにもならないのだが。


「ここは異世界でもなければ社交界でもないのですから、もう少し飾ることを抑えてみてはいかがですか」

「抑えるだなんて。アサギリの1.5倍、あたしの2倍以上のごはんを消費している黒耀に言われたくはないわね」


 何やら言い合っている黒耀と白珠をよそに、俺は小声で話しかける。


「なあみかげ、手軽に大勢で食べられる鍋料理に興味はないか?」

「お兄さんに女たらしの才能があったなんて……」

「はあ? 何を言っているんだお前は」

「しかも無自覚だなんて……」


 みかげは無表情でおかしなことを言っている。

 だめだ、話がかみ合わない。みかげとの会話をあきらめて、話を振ってきた黒耀に返事をしようとするが、彼女は彼女で白珠とのやり取りに忙しいようだ。


「た、食べたぶん働いているからいいじゃありませんか」

「そうやって後ろめたさを和らげているのね、つまり自分のために働いている」

「はぅ……、そんなことは」


 聖女がやや劣勢になっているところに、無垢なるその問いは投げかけられた。


「――ふたりは、いつまでこちらの世界にいられるの?」


 しん、と台所に沈黙が下りる。

 みかげはただただ、純粋な疑問を口にしただけだ。口調でわかる。


 それは、これまで意識していなかった制限時間。


 二人がやってきたばかりの頃は、面倒にならないうちにさっさと帰ってくれればいいと思っていた。だけど今はたぶん、その日が来るのを――二人との別離を、わずかだが恐れている。目を逸らしていたのかもしれない。


 そんな〝逃げ〟が暴き立てられた。

 裸の王様を指さす子供のような純粋さによって。


「まだ帰り方がわからないから、はっきりしたことは言えないけれど」


 疑問に答えたのは白珠だった。


「もともと聖女と巫女の役目には、十年間という期限があるの。残りはあと七年。帰る手段が見つかったとしても、役目が終わるまではこちらにいるわ」

「そっか、まだずっと先のことなんだ……」


 みかげはホッとため息をついた。いつもは表情の変化が少ないやつだが、今は頬をゆるませて、心から安心しているのがよくわかる。


 人見知りの激しかったみかげが、いつの間にやら二人になついていたことがほほえましい。娘の成長を見守る父親の心境だな、これは。


 ところが、感慨にふける俺をよそに、みかげはこちらを見上げて、


「よかったね、お兄さん」


 なんてニヤリと笑う。もちろん、みかげの言いたいことはわかっている。だから俺は過剰に意識することなく、「そうだな」とだけ短く答える。みかげのつまらなそうな視線にも無反応を貫く。


 そして、壁掛け時計を見上げて言うのだ。


「七年後なんて想像もつかないな」


 途方もなく長い時間の先。

 はるか彼方にある別れの日。

 そこに至る時計の針を、自分の手で進めていることも知らずに。

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