第15話 灰色の仲介
午前中の『物見』を終えた昼休み、俺は二人をリビングに招集した。あとからやってきた白珠は、先に来ていた黒耀を見て、小さく舌打ちをする。貴族令嬢らしからぬ態度である。
「ねえアサギリ、あたしの忠告を聞いていなかったのかしら」
「いや、ちゃんと聞いてたぞ」
「じゃあなんのつもり」
白珠は改めて黒耀を見やった。
黒耀は部屋の端にぽつんと立って、窓の外を眺めている。俺たちから可能なかぎり距離を取っているのだ。険悪さもここに極まれり、である。
ギスギスした雰囲気がリビングに満ちていくが、俺は構わず口を開いた。無言でいると余計に空気が重くなる。
「俺は黒耀の気持ちを理解しようだなんて思っちゃいない」
突き放すような言葉が意外だったのか、黒耀がこちらを向いた。今はちゃんと、俺の話に耳を傾けてくれている。そう信じておく。
「でも、黒耀にとって重い問題なのはわかった。だから、仇を見つける手助けをしてやりたい」
「手助けって……、アサギリに何ができるって言うのよ」
「聖女と巫女の間に入ることくらいだ。黒耀は物見のノルマを削って、仇を探す時間にあててるんだろ」
「……はい」
「なあ白珠、昨日、物見の時間が長いって言ってたけど、もうちょっと延長できないか」
「それって聖女に協力するってことでしょ。お断りよ」
「頼む、少しでいいんだ」
「少しって?」
白珠に問われ、俺は黒耀を振り返る。
「どれくらい延ばせばいいんだ黒耀」
「えっ? ……ええと、一時間ほど延長してもらえると……」
「だそうだ白珠。頼む」
「だからなんであたしが……」
「仇が見つかれば黒耀もいくらか気分が楽になるだろ。そしたら白珠に四六時中向けられてる恨みつらみも和らぐに違いない。どうだ?」
「どうだ? って言われても、そんなのあっちの感情次第でしょ」
白珠に反論されて、俺は黒耀を振り返る。
「なあ黒耀、気分次第で相手に冷たく当たるのが『黒曜石の聖女』なのか」
「……聞き方に悪意を感じます」黒耀は顔をしかめる。「確かに、仇が見つかれば、今のこの、漠然とした不安や落ち着かない気持ちが、少しは和らぐと思います。思いますが……」
「ほら、やっぱり気持ちが和らぐんだよ。だったら協力すべきだと思わないか」
「嫌よ、ただのご機嫌取りじゃない。しかも、あたしにはなんの得もないし」
「つまり見返りをよこせということか」
「ちょっとアサギリ、あたしががめつい女みたいに言わないで」
白珠の不満をスルーして黒耀に問いかける。
「なあ黒耀、何か見返りを出すつもりはあるか?」
「えっ? 見返りと言われても……、そもそもわたしはこちら側に何も持ってきていません。アサギリ様にさえ、返せるものが何もない状態なのに……」
「よし、じゃあ俺が見返りを提供しよう」
「アサギリ様?」
「はあ? あんたちょっとさっきから勝手に話を進めすぎじゃないの?」
「白珠の物見の間に、こたつの持ち込みを許可しよう」
「――えっ? こたつを?」
白珠が食いついた。あまりにわかりやすい反応である。
彼女のこたつへの執着について少し説明しよう。
――リビングにこたつを出したのは先週のことだ。
「床に座るなんてはしたないこと、このあたしができるわけないでしょ」
などと最初は無関心を装っていたのだが、俺やみかげがあまりにも心地よさそうにしているのを見て、
「そこまで言うなら試してあげるわ」
と態度を軟化。おそるおそる座って足を入れて、
「ふーん、まあ、そこそこ快適ね」
そのつぶやきを最後に、めったなことではこたつから出てこなくなった。最近では肩まですっぽり入ってごろ寝して、マンガを読んだりテレビを見たりしつつみかんをむさぼっている。完堕ちであった――。
俺と黒耀の白い目にも気づかずに、白珠はしばらく迷っているふりをしていたが、やがて、悩ましげに顔をしかめてこちらを向いた。
「……そこまで言うなら仕方ないわね。あまり気は乗らないけれど、アサギリに免じて協力してあげるわ」
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕食を終えてひと休みしたあと、『物見の儀』を再開する。
今までの物見は『聖女』と『巫女』の役目であって、彼女たちにとっては仕事のようなものだった。しかし、これから行う物見は、役目から外れた、いわば儀式の私物化である。生真面目なクラス委員を放課後ゲームセンターに誘っているような、ちょっとした罪悪感を感じつつ、黒耀とともにほこらへ踏み入れる。
黒耀がネックレスに祈りを捧げる。
白一色の壁面が異世界の光景へと切り替わった。ビジョンは夜を映し出している。あちらとこちらは時刻が同じなのだろうか。何度か太陽の位置を確認したことがあるが、それもほとんど同じだったし、一年という周期から一致している可能性は高そうだ。
「今までこんな時間に物見をしたことはあるのか?」
「いえ、初めてです。あちら側では『聖女』と『巫女』のスケジュールは厳しく管理されていましたので」
「そうか。まあ夜はプライベートな時間だから覗かないでほしいってことで、不可侵協定みたいなのがあったのかもしれないな」
大量破壊兵器の使用は禁止するくせに、地雷はいくら使ってもOK、みたいなスタンスの国はいくらでもある。モラルよりも利益が優先。それは世界を隔てても変わることのない、人類の性なのだろうか。
黒耀は俺の考察などお構いなしに、いきなり視点を貴族たちのサロンへと切り替えた。白珠の秘密を聞いてしまったあの場所だ。
そこは、先日のそれとはまるで雰囲気が違っていた。
ひと言でいうと、淫靡。
露出の多いドレス姿の色っぽい女性たちが、貴族にしなだれかかっている。酒を注いだり葉巻に火をつけたり、自慢話に大げさに驚いたり、愚痴に相槌を打ったりしている。
「キャバクラだこれ」
「きゃばくら?」
「世の中に不満を持つ男たちに一夜限りの夢を見せる場所だよ」
「そのような無償奉仕がこちらの世界にもあるのですね」
「いや、サービス業だ」
「男女の距離が近すぎるのでは、ほとんど密着して……、あっ……、わ、なんてはしたないことを……」
風紀の乱れに不満をもらす保護者会代表みたいなことを言いながらも、黒耀はビジョンから目を離さない。むしろまじまじと見つめている。
「そんなに興味があるのか」
「……情報収集です」
残念ながら今回は大した情報が得られなかった。
そろそろ移動しましょう、と黒耀が赤い顔でつぶやき、ビジョンが切り替わる。
次の場所は酒場だった。
先日、昼間に見たときは、飲んだくれでビール腹の中年男性ばかりだったが、今日は人の入りが多いし、客層も違っている。
特に目立つのは、いかつい身体の男性客たちだ。かなり深い古傷を持つ者も多い。彼らはそろいもそろって言動が荒々しい。ガハハと品なく笑い、口調はつねにケンカ腰。食器の扱いも食事の仕方も雑で、何より、わかりやすい荒々しさの象徴として、テーブルのかたわらには現実世界ではまずお目にかかれないものが立てかけられている。剣だ。
「あちら側の兵士か?」
「いえ、彼らはおそらく傭兵ですね。貴族・商人の護衛やその逆など、荒事を生業とする人々です」
粗暴な雰囲気はビジョン越しにも感じ取れるほどだったが、黒耀はそれを遠くのことだと割り切っているのか、はたまた慣れているのか、平然とした様子で観察を続けていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
物騒な情報はやはり夜の方が仕入れやすい。サロンにしても酒場にしても、みな口が軽くなっていた。社交界の暗部を平然と語る貴族たちに、血なまぐさい武勇伝を嬉々として語る傭兵たち。身分は違えど人としての性質は同じらしい。あるいは、人間すべてにそういった性質が備わっているのかもしれない。俺も気をつけなければ、などと異世界のビジョンを見ながら思う。
黒耀の仇につながる話こそ聞けなかったものの、飛び交う情報の重さがまるで違う。夜の物見を続けていれば、いずれ目当ての情報も出てくるだろう。そんな手ごたえを感じる初日だった。
ビジョンを閉じると、黒耀が頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
「礼なら白珠に言ってくれ。俺は何もしてないぞ」
「いいえ、アサギリ様の口添えがなければ、そもそも『真珠の巫女』の協力は得られませんでしたから」
「俺はただギスギスした雰囲気が嫌なだけだ」
「それは……、申し訳ありません」
眉をハの字にしてうつむく黒耀。
「みかげも気にしてたしな」
「小さな子供を不安にさせては年長者失格ですね」
「そういうことだ」
そんなやり取りをしつつ、俺たちはほこらを出る。
外には白珠が腕組みをして待ち構えていた。細い眉がつり上がり、明らかに怒りの形相である。
「ちょっとアサギリ!」
「――ああ、俺か」
「よくも騙したわね!」
「騙したって何を」
「あのこたつ、偽物だったわ。ちっとも温かくならないじゃない」
「そりゃあコンセント刺してないからな」
「こんせんと?」
白珠の顔からは怒気が抜けて、きょとんと首をかしげる。
「こたつを温かくするパワーの源みたいなもんだ」
「それは、ほこらの中にはないの?」
「ない」
断言すると、白珠は再び怒った。
「……じゃあやっぱり騙したんじゃない! 温かくならないこたつなんて、印籠のない水戸〇門だわ」
こたつが暖まらないことがよっぽどショックだったのか、白珠は何歳か幼くなったみたいに、感情豊かにぷんすか怒り続けている。
「……ふふっ」
やり合う俺たちを傍観していた黒耀が、こらえきれなくなったように口元を押さえる。
「何がおかしいのよ」
さっそく白珠がかみついた。
しかし、対する黒耀は口元を上げたまま、小さく左右に首を振って、
「いえ、その……、ご協力ありがとうございます、白珠さん」
白珠に対してこんな穏やかな表情をしている黒耀を、俺はたぶん初めて見た。白珠もその反応に意表を突かれたらしく、ぽかんと口を開けていたが、やがて、不敵に腕を組んで黒耀を見上げた。
「ひとつ貸しよ、黒耀」
ほう、とため息が出る。
この二人が向き合って、場が険悪にならない。
それが途方もない前進のように感じた。




