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第14話 黒耀の過去


「だから、謝っているではありませんか」


 いつもの穏やかな語り口とは違い、黒耀の声には明らかな苛立ちがあった。


「それのどこが謝罪の態度なのよ、ぜんぜん反省してるように見えないんだけど」


 対する白珠の声は、相変わらず食ってかかりそうな勢いである。


「ちょっと待った、ケンカの理由はなんなんだ」


 俺は勇気を出して二人の間に割り込む。


「真珠の巫女が突っかかってきただけです」

「はあ? あんたが決まりを破ったのが悪いんでしょうが」

「それについては謝罪しました」


「――決まりっていうのは?」


 俺は口をはさんだ。放っておいたら際限なく言い合いが続きそうな勢いだったからだ。実際、白珠は反論のターンを邪魔されたのが気に食わないらしく、すごい目で睨んでくる。


「『物見の儀』には制限時間があるのですが、それを少々、超過してしまって」

「まあ、少しくらい遅れることはあるよな」

「少しなら遅れても構わないなんてずいぶん意識の低い聖女さまね。こちらに迷惑をかけても関係ないってこと?」

「言いたいことはわからないでもないがいちいち突っかかるのはやめてくれ」


 俺は少しでも譲歩を引き出すべく、やんわりと黒耀に声をかける。


「……黒耀は、今後はちゃんと時間を守るんだよな」

「はい」

「じゃあ白珠もこれ以上文句は言うなよ」

「仕方ないわね」


 二人とも明後日を見ながら返事をする。視線を合わせるどころか相手を視界に入れるのも嫌だというかたくなな態度だった。


「……特殊な事情があるのはわかるが、ウチにいるときくらいは仲良くしてくれ」

「それはできません」


 そのセリフは黒耀のものだった。

 真っ先に反論しそうな白珠も、目を丸くして黒耀を見つめている。


 奉仕と献身を信条とする『黒曜石の聖女』の、あまりに端的であまりに明白な反発に、俺は一瞬、彼女が何か誤解しているのかと思った。


 白珠が文句を言いだす前に手のひらで制して、俺は黒耀に問いかけた。


「……どうして?」


「家族の仇と仲良くすることなど、絶対にできません」


 家族の仇。その重すぎる言葉が何かの比喩であることを祈りつつ、俺は白珠を振り返る。

 白珠は心外だとばかりに左右に首を振った。


「あたしは知らないわ」

「『真珠の巫女』と直接の関係はありません。ただ、わたしの家族が帝国に殺されたのは間違いのないことですから」


 その関係者である白珠もまた、広義では仇ということになるわけか。


「……もちろん、これはアサギリ様には関わりのないことです。先ほどのような衝突を起こさないよう、立ち回る努力はします」


 黒耀は軽く頭を下げると、そのまま俺の脇を通り抜けて家へ入っていく。

 かける言葉など見つからなかった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌日、俺は白珠の物見に同行していた。

 目的地は帝国との国境にほど近い辺境の『セレナリア修道院』。


 朝になって黒耀と話をして、ようやく聞き出したのがそのワードだったのだ。


「そこなら知っているわ。『真珠の巫女』の教育の一環でね、敵国の地理は頭に入っているから」


 ただし、その惨状までは知らなかったらしい。


 白珠が自信ありげに語ったとおり、物見を開始してすぐに視点跳躍すると、ほんの数分で目的の修道院が見つかった。


 正確には、修道院だろうか。

 建物はほとんど焼け落ちてしまっていた。


 残っているのは壁や土台だけ。あちこちに炭化した木材らしき真っ黒な欠片が散乱している。建物の床だったところは完全に焼失しており、草が生い茂っている。火事から何年か経過しているようだった。


 人が歩くくらいの速度で、修道院跡をゆっくりと確認していく。


「ふーん、おおかた、野盗にでも襲われたんでしょうね」


「黒耀は帝国に襲われたって言ってたぞ」


「脱走兵か、戦場跡で帝国軍の装備を拾ったんでしょう。少なくとも、正規軍ではないわ」


「なんで断言できるんだよ」


「だって、割に合わないもの。修道院には何があるかしら。敬虔な修道士と、親を亡くした戦争孤児。それなりに広いけれど決して頑丈ではない建物。食べ物はいくらかあるかもしれないけれど、兵士の空腹を満たせるほどではないでしょうね」


「……つまり、襲うほどの価値がないってことか」


「ええ、そういうこと。軍隊を動かすのってね、あなたが考えている以上にお金がかかるのよ。だから、コストに見合うリターンがなければ――少なくともその期待がなければ、動くはずがない」


「黒耀が見たのは兵士崩れの盗賊の可能性が高いと」


「……あ、そうか、わかったかも」


「何が」


「あの女が、聖女に選ばれた理由――をはぐらかした理由」


「ああ」


 黒耀に嘘をつかれた傷みが、鮮明によみがえる。きっと顔にも出ていたに違いないが、白珠はそこには突っ込まないでいてくれた。


「あの女は『最初の聖女』と境遇が同じなのよ」


 白珠は聖女の伝説を語り始める。


「『最初の聖女』も、元はいち修道士にすぎなかった。修道院で引き取られた戦争孤児が、大きくなってそのまま修道士になるの。よくあるパターンね。


 ある日、その修道院が帝国軍に襲われて、彼女以外の全員が殺されてしまうの。焼き討ちだったとも、奴隷として売り飛ばされたとも、詳細はいろいろあるけれど、とにかく、彼女を残して修道院の仲間たちはいなくなってしまう。


 悲しみに暮れた彼女は、焼け落ちて真っ黒になった十字架に三日三晩祈りを捧げ、最後の夜に神の声を聞いた。


 神の声に従って人々を導いた彼女は、やがて劣勢だった聖王国軍の兵士たちをも奮い立たせ、帝国軍を押し戻した。


 これがカタリナの救国の乙女、『最初の聖女』の伝説よ」


 話を聞き終えて、納得した。

 なるほど。『最初の聖女』と同じ、悲惨な境遇の修道女がいるというなら、それだけで十分、次の聖女の条件になるだろう。


「……こういう言い方はクソだが、担ぎ上げるには都合のいい悲劇のヒロインっぷりだな」


「理解があるのね」


 白珠は皮肉っぽく口元をゆがめつつ、ネックレスを握って視点を移動させる。




 修道院跡から十数メートルほど離れた場所に、丸木を十字に組んだだけの簡素な墓標が、ずらりと地面に突き立てられている。


 それが異世界のビジョンに過ぎず、自分とは全く無関係の人間の墓標だとわかっていても、俺はその前で目を閉じて、祈らずにはいられなかった。世界が違うのだから神も違うし様式も違うが、それでも。


 隣では白珠も俺と同じように目を閉じて、簡素ながらも祈りを捧げていた。


「なあ、これなんて読むんだ」


 俺は墓標の丸木に刻まれている文字に気づき、白珠に問いかけた。


「〝もはや見分けもつかないあなたたち、その墓前に復讐を誓う〟――ですって」


「復讐……」その言葉の重さに息が詰まる。「冥福を祈る、じゃないんだな」


いたみ方は人それぞれだけどね。あたしたちの世界では、復讐というのは割とポピュラーな行動なのよ。非力な女子供のために復讐を代行する仕事もあるくらいだし、権利としても認められているわ」


「そういうもの、なのか……」


 さらりと語る白珠の言葉の軽さに、あちら側との常識の違いを改めて実感する。

 こちら側のほとんどの国では、復讐や決闘といった、いわゆる私刑が禁じられている。その手の感情を代行してくれるのは、国家であり法律だ。


「あたしには、復讐したい相手なんていないから、よくわからない感情だけど」

「え? でもお前たしか……」


 いつかの物見で、白珠のお家事情はあるていど聞いてしまっている。

 跡継ぎが――兄が戦死したという話も。


「戦場での死は名誉ある死――ということになっているから、貴族の娘はそれを嘆いてはいけないの」

「それは建前だろう」

「実感としてもよ。兄を殺した敵への憎しみよりも、あたしの我がままを受け止めてくれるやさしい兄はもういないんだという、さみしさの方がずっと強いの」


 そんな話をしながら遠い目をする白珠を横目に、俺は改めて、こいつは黙っていれば本当に社交界の華だったんだろうなと複雑な気分になる。


「お兄さんのことが好きだったんだな」

「身内に素敵すぎる異性がいると駄目ね。パーティでどれだけ言い寄られても、つい兄と比べてしまうもの」

「そういうの、こっち側じゃブラコンっていうんだぜ」

「ふぅん、覚えておくわ」


 白珠は得意げに口元を上げる。誉め言葉じゃないんだが。


「あたしの話はともかく。あの聖女はきっと、仇の姿がはっきりしているぶん、恨みつらみが根深いんでしょうね。理解者ぶって近寄らない方が身のためよ」


 その忠告を聞いて、遅ればせながら気がついた。

 黒耀がこの場所を教えてくれた理由について。


 これは間接的なメッセージだ。


 わたしはこんな酷いことをされたのだという傷跡を見せつけることによって、自分の憎悪を示そうとしてくれたのだ、たぶん。

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