第13話 先入観が裏切られるとショックが大きい
夕食を終えると、白珠に引っ張られて彼女の――というか妹の――部屋へと連行された。デスクチェアに座った俺を、白珠は直立したまま腕組みをして見下ろしている。彼女が上で、俺が下という位置関係だ。
「その顔を見るかぎり、どうせなんの成果もなかったんでしょうけど、一応聞いてあげる。何かわかったのかしら」
相変わらず尊大な聞き方だ。お前に話す義理はないと突っぱねたくなる。しかし、『相手のことを知れば、もっと仲良くなるかも』というみかげの想いを汲んで、俺は公園でのやり取りをひととおり話して聞かせた。
「ふーん、あなたたちの雰囲気がおかしかったのは、そういうことだったのね」
白珠の声は明らかに弾んでいた。
「嬉しそうだな」
「そんなことないわ、同じ家に住む者として心配しているんじゃない」
そう言いながらも口元が笑っている。
「何か気になることはあったのか」
「ええ、とっても興味深い点が、ひとつ。あなた最初に、『黒曜石の聖女』に選ばれた理由を聞いたんでしょ」
「ああ」
「だけどあの女は、その質問に答えていない」
いきなりそこを突かれるとは思わなかった。
白珠の言うとおりだ。
俺の質問の直後、黒耀は転んだ子供を見つけ、駆け寄って介抱をした。
そして、ベンチに戻ってきた彼女から、逆に聞かれたのだ。
異世界で行われている戦争についてどう思うか――と。
「あれはきっと、自分が世話をしていた修道院の子供たちを思い出して、そんな質問をしただけ――」
「違う」
白珠は斜め上の中空をにらむようにしていた視線を、すっと俺に向けた。
「違うわ。はぐらかされたのよ」
「は?」
「アサギリの質問に、聖女は質問で返したんでしょ。そんなの、答えたくなかったからに決まってるじゃない」
「……いや、だったら、はっきりそう言えばいいだろ。子供をダシにして、逃げるみたいな、そんなやり方――」
「多少はズルい手かもしれないけれど、それくらい、誰だってやるわよ」
「そりゃお前の常識じゃそうなのかもしれないけどな」
「ああそう、身も心も清らかな『黒曜石の聖女』は、そんな不誠実なことはしないって思ってるのね」
図星だった。
俺は清楚な女子なんてものを信じちゃいない。だが、異世界からやってきた『黒曜石の聖女』は、彼女だけは違うのではないかと、心のどこかでは考えていて、だから、黒耀の、普通の人にとってはありふれたズルさに、そこそこショックを受けてしまったのだ。
俺は無言を貫いたが、社交界仕込みの観察力にかかっては筒抜けらしい。
白珠の目が三日月のようにきゅっと細められ、口元が嗜虐的につり上がる。獲物を一方的にいたぶる肉食獣のように。
「そんなの、アサギリが勝手に騙されただけでしょ」
「勝手にってお前……」
「清楚な外見だから裏表のない女性だって思い込んで、イメージと違っていたらショックを受けて。それを勝手と言わずになんと言うのかしら」
はっきりと嘲られて、頭に血がのぼる。
衝動的に俺は立ち上がっていた。
顔の位置が白珠よりも頭ひとつ高くなる。
白珠がこちらを見上げる。
「何よ」
立ち上がったはいいが、何も言えない。反論できない。白珠の言うことはまったくもって正しい。
だけど、こちらが何もせずとも、思わぬ反応があった。
「――ひゃっ?」
わずかに後ずさった白珠が、ベッドに足を引っかけて、そのまま仰向けに倒れ込んだのだ。彼女はぽかんと、目と口を丸くして、天井を見上げていた。そして俺はベッドに寝ころぶ美少女を見下ろしている。
純粋な少女のような、まっさらな驚きの表情。
そこには俺を責め立てていた攻撃性はない。
もちろん、綺麗な白珠なんて一瞬のこと。
彼女は仰向けのままで身体をよじり、こちらを見据えた。
挑発するような目つき。
波立つシーツ。
スカートがまくれ、白い太ももがあらわになっている。
だから、そちらに目が行ってしまうのは仕方のないことだった。
俺の視線の動きで、自分の服のあられもない状態に気づいたらしい。白珠はあわてて身体を起こし、スカートのすそを整える。
「……見えた?」
上目遣いににらんでくる。
「なんのことだ」
俺は顔をそむけたが、横顔にも白珠の視線がザクザク刺さり続けている。
「見たでしょ」
「……見てない」
「じゃあ、どこまで見えたの」
「太ももまでだ」
「本当に?」
「ああ」
「――そう」
ようやく白珠の目元がゆるむ。余裕の微笑。
「すごい顔してたから、もっといろいろ見えちゃってたのかと思ったわ。アサギリって案外ウブね」
「はあ? そっちこそ、ちょっとスカートがまくれたくらいで顔真っ赤にしてただろうが」
「恥じらいが貞淑を演出するのよ」
「え? いや、どういうことだ?」
「殿方はね、最初から見えているものよりも、隠されているものに興奮を覚えるものなんだから」
白珠の言葉に戦慄をおぼえる。こいつ、わかってやがる。
「……つまり今のは、男のサガを弄ぶ演技だったと」
「あたしはともかく、あの聖女がどういうつもりで質問をはぐらかしたのかはわからないけど」
白珠は軽やかに、自分の話から黒耀の話へと切り替えた。
その話題転換があまりにも自然すぎて、もう混ぜ返すこともできない。
「だから、黒耀はそんなことしないだろ」
「まだ信じたいの? どれだけ堅く閉ざされていても、最終的に開かれなければただの徒労、虚しいだけよ」
「はぐらかされた質問のことじゃなくて、黒耀自身の感情についての話みたいになってきてるな」
「それも少し期待してるけどね」
「期待?」
「アサギリがあの女にとって特別な存在になれば、秘密なんて簡単にしゃべってくれるわ」
「逆ハニートラップかよ……」
「恋は人を狂わせる。こちらの世界でもそうでしょ?」
「昼ドラの見すぎじゃないのか」
◆◇◆◇◆◇◆◇
俺はもちろん黒耀に色仕掛けを試みたりはしなかった。そこまでして彼女が隠そうとする秘密を暴きたくはなかったし、そもそも俺にはその手のテクニックが絶望的に不足している。
そして何よりここ数日、黒耀の態度がよそよそしくなっていた。
家事のほとんどを率先してやってくれるのは相変わらずだ。しかし、あいさつ以外の会話がめっきり減ってしまい、『物見の儀』への同行を申し出てもやんわりと断られてしまう。
その変化は小学生でさえおかしいと感じるレベルらしく、夕食の準備で二人並んで餃子の皮を包む作業のかたわら、みかげから質問が飛んでくる。
「お兄さん、黒耀さんに何かしたの?」
「いや、何も」
「このまえ、おつかいを頼んだ日から、なんかギクシャクしてる」
「気のせいだろう」
「何かしようとして失敗したの?」
「聞き方を変えても無駄だ」
「受け答えによゆうがあるのがますますあやしい……」
「やましいことはないぞ」
「あ、お兄さん、さっきのぎょうざ、皮が外れかかってる。ちゃんとお水つけて」
「はいはい」
俺とみかげは着々と餃子を製造していく。
単純作業に夢中になって時間がたつのも忘れていたが、ふと、つけっぱなしのテレビの時報に顔を上げる。
窓の外はもう薄暗くなってきていた。
「遅いね、黒耀さんと白珠さん」
「……そうだな」
今まであの二人は、暗くなる前には『物見の儀』を終わらせていた。
十一月も半ばを過ぎて日没が早まったとはいえ、今日の二人はこれまでと比べても明らかに遅い。
もっとも、居場所は庭先なので、帰り道で事故に遭うことなどない。物見がちょっと長引いているだけだろうと高をくくっていたら、外から甲高い声が聞こえてきた。口論の応酬をしているような、二人分の声。
俺とみかげは顔を見合わせると、ひとまず様子を確かめるために外へ向かう。
廊下へ出ると、声はより大きくなる。
スリッパから靴にはき替え、玄関の戸に手をかける。
刃傷沙汰はやめてくれよと焦りつつ戸を引きながら、俺は久しぶりにあの二人が敵同士なのだということを思い出していた。




