第12話 やる気のない戦争
「聖女に選ばれた理由、ですか」
黒耀はあごに手をやって沈黙していたが、急に顔を上げて立ち上がった。
「あっ、大変……! ごめんなさいアサギリ様、ちょっと待っていてください」
そう言って、遊んでいる小学生たちのところへ駆け寄っていく。
見ると、子供たちの一人が派手に転んで、その場にうずくまっていた。それを気にして向かったのだろう。
黒耀は転んだ子供に声をかけつつ、そのかたわらにそっとしゃがみ込む。別の子にハンカチを渡して水でぬらしてきてもらい、それで傷口を拭いてあげていた。
一連の動きはテキパキとしていたが、決して焦っている印象はなく、むしろ子供たちに不安を与えないよう、ことさら静かに振る舞っているようだった。
幸い大きな怪我ではなかったようで、やがて子供は無事に立ち上がる。黒耀はその子の頭をやさしく撫でて送り出すと、母性を感じさせる笑顔を浮かべながらこちらへ戻ってきた。
「お待たせしました」
「……黒耀は、自分を田舎娘だって卑下してたが、別に気にしなくてもいいんじゃないのか」
隣に腰かけた彼女に、俺は少し迷いつつ、そう声をかけた。
黒耀のやさしさは、貴重だと思う。
勉強次第で誰でも得られる知識よりも、ずっと大切なものではないか。
貴族階級の白珠は、おそらく高度な教育を受けている。しかし、その性格はかなり難ありだ。知識の多さと性格の良さが反比例する、とまでは言わないが、何かを得たぶん何かを失うということは、どうしてもあるだろう。
「ありがとうございます」
ニコリと微笑みながら頭を下げる、その横顔を正視できず、俺は目をそらして手近な話題に飛びついた。
「子供の扱いが上手なんだな」
「はい。わたしの育った修道院は孤児院も兼ねていましたので」
「家事もすごくやってくれるし、お母さんって感じだな」
口にしてから、発言の無神経さに焦ってしまう。同年代――せいぜい二つ三つ年上の女の子に対して、お母さんってなんだよお母さんって。
しかし、黒耀は特に気を悪くした様子もなく、
「そうですね、子供たちの親代わりにならなければ、と意識していましたから」
と言って、少しさびしそうに目を伏せる。
不用意だった。孤児院という単語が出てきた時点で、そこでの黒耀の役割や、子供たちとの関係性くらい、わかりそうなものなのに。自分の察しの悪さが嫌になる。
「……アサギリ様は、異世界の戦争について、どうお考えですか」
俺とのやり取りで、何か思うところがあったのだろうか。
子供たちが孤児となった原因と思われるそれの感想を、黒耀は求めてくる。
「どう考えているか、っていうのは?」
「アサギリ様が感じたことをおっしゃってください。わたしとは異なる世界の方の、わたしとは異なる視点からの意見がほしいのです」
黒耀の声は静かだった。
聖女という肩書を持つ者ならば、もう少し悲劇的な語り口になってもよさそうなものだが、彼女はあえて感情を抑えているようだった。
だから、俺に求められている言葉は、悲惨だとか非人道的だとか許しがたい暴挙だとか、そういった感情的なものではないのだろう。
「……なんていうか、軽いな、とは思ったよ」
俺だけが、二つの視点から異世界を見ている。
黒耀と白珠、
聖女と巫女、
聖王国と帝国、
黒耀との物見では、帝国の領土だけが。
白珠との物見では、聖王国の領土だけが。
見える範囲が限定されているのが『物見の儀』の特徴だ。
ただし、唯一、どちらの視点からでも見られる場所がある。
両方の国が接する国境線だ。
日常的に戦闘が行われている最前線でもある。
二つの視点から、一つの場所を覗いてみた印象として。
どちらの国も本気を出していないのではないかと感じていた。
もちろん、現場で殺し合いをしている兵士たちは文字通り必死だ。そこを疑う余地はない。俺が言いたいのは、もっと上の段階――戦術とか戦略とか、そういったレベルでの話だ。
戦闘のほとんどは、東西に延びる国境線の中央にある平原でしか行われていない。地形の起伏が少なく、大軍同士が衝突するにはちょうどよさそうな場所だ。
聖王国軍と帝国軍は、その平原でにらみ合いを続けながら、ときどき思いついたように兵士を突撃させているだけだ。相手を出し抜くために陣形を変えたり、少数の遊軍を回り込ませたり、といった工夫はまったくない。軽いと言ったのはそういうところだ。
「それは……、機をうかがっている、ということでしょうか」
「俺には、ただ、やる気がないだけのように見える」
「……戦争を続ける気がないという意味ですか?」
「逆だ。終わらせる気がないってこと」
――上はこの戦争を終わらせるつもりなんてないもの。
先刻の白珠のひと言は、俺が感じていた違和感をはっきりと形にしてくれた。
白珠の言う〝上〟というのは帝国上層部のことだろう。だが、聖王国の〝上〟も同じように、戦争を終わらせる気はなさそうだ。そうでなければ、現状のようなゆるやかな膠着状態は続かない。
「何を、おっしゃっているのですか」
黒耀は困惑の表情だ。
当然だと思う。戦争が長引いて、良いことなんて何もない。特に庶民の生活には大きな悪影響がある。増税に徴兵に特例法、そして兵として取られた人の何割かは、二度と帰ってこない。
自分の属する国が、そんな理不尽を人々に押し付けているなんて、考えたくはないだろう。
「俺も、両国がそんなことをしている理由はわからない。ただ、現状を見る限りではそうとしか思えないっていうだけだ」
「何かの勘違いでしょう。わざと戦争を続けるなど、民衆を苦しめるだけ。神のご意思にも反しています」
「黒耀はこのまえ言ってたよな、自分の報告が敵軍に打撃を与えられるのはうれしい、って」
「……はい」
他人の口から聞かされるとさすがに異常なセリフだと感じたのか、黒耀の表情がわずかに曇る。
「そんな風に言うってことは、黒耀はただの報告だけじゃなくて、もっと積極的に、軍をこう動かしたらどうか、みたいな提案をしたことがあるんじゃないのか」
「それは」
「でも、聞き入れてもらえなかった」
「……それは、わたしがいち修道士の身分で出過ぎたことを言ったからで」
「じゃあ、聖王国の〝上〟の人から、敵軍を倒すための大がかりな作戦について聞かされたことは? それがないってことは、上は本気じゃないんじゃないのか?」
黒耀は俺から目を逸らして、ボール遊びをしている子供たちの方を向いた。胸元のネックレスを指先でもてあそぶこと数秒、
「『黒曜石の聖女』は、物見という役割に専念するだけの〝眼〟です。指示の意図を考える必要などなく、ゆえに指示の意図が伝えられることもありません」
自分は上からの指示に従うだけだと、彼女は言い切った。
硬い表情や平坦な声、そして、俺を見据える鋭い視線――それらすべてが、黒耀の意思を伝えてくる。あなたの言葉は信じません、と。
これ以上の問答は意味がなさそうだ。黒耀から責めるような目を向けられるのは正直つらい。俺は追及を止めて立ち上がった。
「……そろそろ帰ろうか」
「はい」
二人きりでいちゃいちゃできるなどと言って送り出されたというのに、帰り道の俺たちはひどくギスギスしていた。




