第11話 援護射撃
白珠の物見に何度か同行して、黒耀の情報が得られないか探ったのだが、あのサロンのような〝当たり〟がそうそう出るはずもなく、空振りの日々が続いていた。
「どうして何も見つからないのよ、こんなに探しているのに」
夕食が出来上がるのを待っている台所で、白珠は不機嫌そうにため息をつく。ちなみに黒耀は庭先をほうきで掃いてくれている。
「日ごろの行いと性格が悪いからじゃないのか」
俺はテーブルに頬杖をつき、あえて白珠を見ないようにしながら反論する。
「きっとアサギリの不景気な顔が幸運を遠ざけているのね」
「一緒に来いっつったのはそっちだろうが」
「アサギリだって、聖女の秘密に興味津々だったんじゃないの」
「人の気持ちをねつ造しないでくれ」
俺は静かに否定する。
一切、まったく気にならないと言ったら嘘になるが、興味津々というほど熱心ではなかった。断じて。
「ふん、どうだか」
白珠も雑言の弾が尽きたのか、短く鼻を鳴らしただけで、続きの言葉は飛んでこない。
不意に静かになった台所に、
「このまえ、せっかく二人きりにしたのに、仲が悪いままだね」
という沈んだ声が響く。
俺はハッとなって顔を上げる。鍋をかき混ぜているみかげの背中は、心なしかさみしそうに見えた。
いけない、このままでは小学生を落胆させているだけのダメな年上になってしまう。どうにかして格好をつけなければならないと思うが、その方法がわからない。
「――それよ!」
思い悩む俺をよそに、白珠が声を上げた。
「アサギリが聖女と二人きりになって、直に探りを入れればいいのよ。物見で広大な聖王国を手当たり次第に見回らなくても、すぐそこに手掛かりがあるんだから」
物見のビジョンをとおしてではなく、現実で向かい合って。
直接、黒耀から話を聞けばいい、ということらしい。
「……なんか目的が変わってきてないか」
まさかとは思うが、白珠の性悪な言動もまた演技であり、本当は俺を操って黒耀の秘密を暴くことが目的なのではないか。そんなことを勘ぐってしまう。
「二人の国は、戦争中なんだろ。それは、あらゆる手を使って敵を出し抜こうとする関係だ。スパイ行為なんて日常茶飯事だし、七門閥だったか、あっち側のお偉いさんから、そういう指示を受けてるんじゃないのか」
「そんなことはないわ。上はこの戦争を終わらせるつもりなんてないもの」
「どういう意味だ」
「さあ? とにかく、あたしが聖女の秘密を知りたいのは、あたしがそうしたいからよ。国の意向は関係ない」
それはそれですげえな、と感心するしかない捨て台詞を残して、白珠は2階へ上がってしまった。
かしまし令嬢が去って静かになると、ぐつぐつと鍋の煮立つBGMが際立つ。いささか殺伐とした話をしてしまった。みかげが気にしていないだろうかと、エプロン姿の彼女の背をうかがう。
「お兄さん、料理の材料が足りないの」
「ん、ああ、わかった。何を買ってくればいいんだ」
みかげにしてはめずらしいミスだなと思いつつ立ち上がる。
「黒耀さんと一緒に買ってきて」
「……なんでだ」
「仲良くなってほしいと思って」
「余計な気を回さなくていい、マセたことを――」
「仲良くなってほしいのは」みかげはおたま片手に振り返る。「お兄さんと黒耀さんじゃなくて、白珠さんと黒耀さんだよ」
「――白珠と黒耀が?」
思いもよらない組み合わせに、俺はオウム返しに問い返す。
「みかげには事情はわからないけど、白珠さんは黒耀さんを知りたいんでしょ? でも、話しづらいから、お兄さんを使って情報を集めてる」
「そうだな」
「それがうまくいって、相手のことがわかったら、あの二人ももうちょっと仲良くなるんじゃないかなって思って」
俺は返答に困った。
それはとてもやさしい想定だった。
そんな簡単に行くものかと突っぱねたくなる反面、みかげの言うとおりに、あの二人が仲良くなってくれればいいのに、とも思う。
「あと、お兄さんも黒耀さんと二人きりでいちゃいちゃできるでしょ」
みかげは余計なことを付け加える。
「その発想から離れてくれ」
「イヤ」
「なんで」
「黒耀さんと白珠さんが来てから、お兄さん、ちょっと前向きになった気がするから」
俺は今度こそ絶句してしまう。5歳も年下の小学生に生き方を心配されてしまっている、自分のふがいなさにだ。とっさにどう返事をすればいいのかわからなかった。
確かにみかげの言うとおり、異世界少女たちの来訪によって、俺の日常には変化があった。それ以前の自分の中で渦巻いていた、どうでもいい、という投げやりな気持ちは、今はかなり薄れている。
だが、それを認めることは、血縁でもないのに俺の後見人になってくれたみかげのおじさんや、何かと理由をつけて家を訪れては世話を焼いてくれるみかげの献身を、軽視することになりはしないか。
「パパとママにも話したの、お兄さんが女の子に興味を持ってるって」
「おい言い方」
「二人とも喜んでたよ? パパはそういうのはまだ早いんじゃないか、ってブツブツ言ってたし、ママはお赤飯の用意をしなきゃってよくわからないこと言ってたけど」
ああ、だからこの前おじさんから、いくらうちの娘がかわいいからっておかしな気を起こすんじゃないぞ、と念を押す電話がかかってきたのか。
「みかげは誤解を招く天才だな」
慌てふためくおじさんと、ニコニコ顔のおばさんが目に浮かぶようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
お使いを済ませた帰り。
俺は黒耀を寄り道に誘っていた。
「お料理を作ってくれているミカゲさんに申し訳ないです」
そう渋っていた黒耀だが、湯気の立ちのぼる焼き芋を鼻先に差し出してやると、口をだらしなく半開きにして俺に従った。
二人ならんで公園のベンチに腰かける。視線の先では小学校低学年くらいの子供たち数名が楽しそうに走り回っていた。この寒さで半ズボンなんて信じられない。
黒耀は両手で焼き芋を包み込むように持ち、少しずつかじりついている。さすがにいつもの早食いは、やけどをするので控えているらしい。
「こちらの世界の食べ物はどれも味が濃厚ですね」
「調味料が豊富だからじゃないのか」
「いいえ、このお芋は何もつけていないはずなのに、とても甘いです」
「じゃあ育て方とか品種改良のおかげだろうな」
「品種改良?」
「あー、ええと、近い種類の作物を組み合わせて、新しい品種を作るんだよ。寒さに強い麦とか、実が大きい果物とか」
「こちらの世界では、人が種のかたちに介入できるのですか……」
黒耀は驚いた様子で、手の中の焼き芋をまじまじと見つめている。
種のかたちに介入、なんていうと遺伝子組換えみたいなものをイメージしてしまうが、もっと以前から品種改良はあった。それこそ数千年もの昔から、味が良かったり収穫量が多い個体の種を優先的に育てるアナログなやり方で、品種改良は行われていた。その歴史はたぶん、異世界でも同じはずだ。
それを説明すると、心の底から感心されてしまった。
「アサギリ様は博識ですね」
「別にそんなことはないが」
「博識といえばミカゲさんもです。先日、ミカゲさんが読んでいた書物を見て、わたし、頭がくらくらしてしまいました」
黒耀は大げさなことを言う。書物というのは小学校の教科書のことだろうか。
確かにみかげは料理の合間にときどき台所で宿題をやっている。
「あんな高度なことを習っているなんて、ミカゲさんはもしかして大変なエリートなのでしょうか」
恐れおののく黒耀に、この国の義務教育の話をしてやると、「それは、なんという……」と開いた口が塞がらない様子だった。しかし甘い香りで我に返ったのか、熱が冷めて食べやすくなった焼き芋をあっという間に完食してしまった。
「恥ずかしながら、わたしは教育というものを受けたことがありません。読み書きは満足にできませんし、計算などもからっきしの、ただの田舎娘ですから」
「そっちの世界じゃそれが普通なんじゃないのか」
かの有名な聖女ジャンヌダルクも文盲だったというし、黒耀たちがやってきた異世界の社会水準を考えれば、別に恥ずかしいことでもないだろう。
俺のフォローに、黒耀は首を左右に振った。
「それでも、聖女として選ばれた以上は、それにふさわしい教養を身に着けるべきです」
生真面目な黒耀らしい考え方だ。しかし、俺は彼女の言葉にふと引っ掛かりを覚えて、反射的に尋ねていた。
「聖女って、どうやって選ばれたんだ?」
口をついて出た、黒耀の素性を探るような問いかけを自覚して、顔が引きつる。
――いつの間にか、白珠の狙いどおりになってきてないか?




