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第10話 白珠の気づかい


「俺が白珠を、憐れんでいる?」


「さっきミカゲにも言ったけど」

 白珠の視線はゆるぎなく俺を見据え続ける。

「見られていることを意識しているとね、他人からの視線に込められた感情に、とても敏感になるのよ」


 自分ではきちんと抑えていたつもりだったが、白珠は俺からの感情を――憐れみを、しっかりと感じていたらしい。


「アサギリはこの前、黒耀の物見に同行したでしょ。あなたの態度がおかしくなったのは、あれ以降よ」


「別におかしくは――」


「腫れ物に触るような、手加減されている感じよ。黒耀との物見で、あたしへの見方が変わるような何かを知ったんでしょ。――ねえ、何を見たの? だいたいの想像はつくけど、あなたの口から言ってほしいの。ほら、早く」


 物見で得た情報は他言無用。それが黒耀との約束だったが、早くも守れなくなってしまった。俺は正直に話すしかなかった。


 語った内容は、主に帝国貴族たちのサロンでのやり取りだ。話しているあいだ、白珠の表情はピクリとも動かなかった。


「――そう。没落貴族のご令嬢が、ミカゲに向かって偉そうに貴族の何たるかを語っているのを、あなたはさぞ滑稽に感じていたんでしょうね。笑ってもいいのよ」


 白珠は投げやりに肩をすくめるが、俺は自嘲する女の子に追い打ちをかけるほど無情ではない。


「いや、笑えねえよ、さすがに重い」


 しぼり出した言葉も重苦しい。

 しょぼくれた雰囲気を吹き飛ばすように、白珠はふん、と鼻を鳴らした。


「アサギリは甘っちょろいわね。転移してきたばかりの頃、あなたはあらゆるものに興味がないって顔をしていて、こういう相手ならこっちも都合がいいと思っていたのに」


「都合がいい?」

「感情を交わす必要がないってことよ」

「お前は最初っから、ずいぶん感情的に見えたけどな」

「あんなの、紋切り型の単純な反応じゃない」


 こともなげな白珠の返事に、思わず口元が引きつる。

 決まった型(テンプレ)だったと言いたいのだろうか。

 口やかましい感情的なお嬢様だと思っていた、白珠という少女は、演技による見せかけのキャラクターだったとでも言うのだろうか。


 反論できないでいると、白珠はさらに、呆れた声で追い打ちをかけてくる。


「それなのに『黒曜石の聖女』のお優しい献身に、あっさりほだされちゃって。やっぱり男性って、なんでも言うことを聞いてくれる、胸の大きい女が好きなのね」


「いや胸は関係な――」


「それとも」

 俺の言葉をさえぎり、続ける。

「家族を亡くした寂しさやつらさを、今さら実感しているの?」

「――なんでそれを」

「気づくわよ。家の広さとか、食器の数とか、そういう痕跡を見ていれば」

「それでも、黙ってたのか」

「言ったところで何かが変わるものでもないでしょ」


 言ったところで何かが変わるものでもない。


 それは白珠の境遇についても同じことが言える。だけど、俺はいちいち気にして、態度に出してしまっていた。白珠には俺を気づかう様子などなかったのに。


 違う。気を使っていなかったわけじゃない。

 気づかないふりをする、という気づかいをしてくれていたのだ。

 その精神的な成熟度の格差にがく然とする。


 ――理解が及ぶと、一気に頬が熱くなるのを感じた。


 黒耀のやさしさに対して、余計なことをしなくてもいい、なんていきがっていたくせに、白珠のかわいそうな一面を知ってしまったら、何もしないことに罪悪感を感じて、彼女を憐れむ気持ちが態度に出てしまった。


 しかも当の白珠は、俺の境遇に気づいており、その上で触れずにいてくれたというのだから――ああ、俺はなんて恥ずかしいやつなんだろう。親父、母さん、恥ずかしい息子でごめん。妹の晴陽は、情けない兄を草葉の陰からあざ笑っているだろうか。


「冷たいかもしれないけれど、あたしはこういう女だから。『黒曜石の聖女』のようななぐさめは期待しないで」

「……いらねえよ」

「そう。じゃあ、本題に入りましょうか」


 本題。俺は顔をしかめる。前置きだけで腹いっぱいだったが、白珠はお構いなしに話を進める。


「別に難しいことじゃないわ。アサギリはあたしの家の事情を知った。ということは、一緒にいた『黒曜石の聖女』もそうなんでしょ」


「まあ、そうだな」


「だったらあたしも聖女の秘密を握らなきゃ不公平だと思わない?」


 まったく思わなかったが、真っ向から否定したところでそれは空気を殴りつけるようなものだ。


「さあ、俺にはその辺りの歪み切った感情はわからん。いちいち俺に宣言しなくても、納得するまで物見すればいいだろう。黒耀が帝国貴族たちのサロンを監視したように、白珠も聖職者たちの会合とか、そういうのを監視すればいい」


「アサギリも一緒に来るのよ」

「どうして」


 だいたい、『物見の儀』というのはそんなに気軽に他人を連れ込んでいい儀式なのだろうか。


「聖女があたしの秘密を知るのはまだ我慢できるけど、あなたに知られるのは、なんだか面白くないのよ。だから、あなたに自分の秘密を知られる〝なんだか面白くない気分〟を、あの女にも味わわせたいの」


 白珠の思考に追いつけない。何を言っているんだこいつは。


「……自分が嫌だったことを黒耀にも思い知らせたい、と言っているように聞こえたが、聞き間違いか? それとも俺の理解力が足りないのか?」


「いいえ、それで合っているわ」


 白珠はあっさり自らが性悪であると認めた。


「婚約破棄されたの、その性格のせいじゃないのか」

「ふん、相手の器が小さかったのよ」

「そうか……」

「ちょっとアサギリ、またあたしをイラつかせる憐れみの視線を感じるんだけど」


 こうして俺は、性悪なうえに不機嫌な没落貴族のご令嬢をなだめるために、白珠側の『物見』に同行する羽目になった。

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