十九話
夢をみていた。
ひどく暗く、冷たい夢を。
殺してきた命たちの血でできた沼にどこかから突き落とされ、沈んでたまるか、ともがく。醜く、意地汚く。
しかしそうする度により深く沈んでいく。かといって何もしないとより早く沈む。
腰あたりまで沈むと沼から細い、人の子ぐらいの腕がオレに向かって伸びてきて引きずり込もうとしてくる。
嫌だ、ここは寒い。皆がいるギルドに帰りたい。
その一心で精一杯足掻く。けれども既に何十本にも増えた腕の力には勝てる訳がなくもう首のあたりまで沈んでしまう。
終わりか、最後にアリスを救えたし良かった。悔いはあるけれどもう助からない。諦めよう。
抵抗をやめ、沼より上にあった右腕を天に伸ばす。そこで丁度頭が沈みきって視界が無くなる。
…やっぱり冷たい。
遠のく意識の中、最後に感じた冷たさの中でオレは死んだ。
「先輩…帰ってきてほしいっすよ…」
…はずだった。沈みかけた右手を掴む誰かの、暖かい掌。
その手は赤黒い地の底にいたオレをふわりと宙に引き上げ、その声はまた飛ぶ勇気をくれる。そしてオレは失った左腕に呼びかける。
待たせて悪かった、さっさと起きて次の仕事だ。----いつまで寝てるクトゥグア!戻るから力をとっとと寄越せ!
声に反応したように何処からか仕方ねえな、と聞こえる。よかった、あいつもここに居たのか。
「帰って少し遊ぶから付き合えよ坊主!」
瞬間、沼から光が放射状に放たれ大爆発が起こる。そこから飛び出した水飛沫よりも早くオレの元に最後に掴んでいた剣が、クライヴ・ソリッシュが届き形を変えて銀の左腕となる。
そうだ、まだオレは死んじゃいない。まだ飛べる、まだ守れる!
ブースターを召喚し、ありったけの魔力を込めて爆発するように飛翔する。眼前には天井が迫るが関係ない。
「ブチ抜くぞ!力寄越せクトゥグアーッ!」
「応っ!叫べ!」
銀腕がより強く鋭く、希望を纏うかの様に煌めく。勢いはそのままに左腕のエネルギーを全力で解放する--ッ!
「「星辰は満ちた!閃光よ、突き穿て!災を射貫け銀腕よ!!」」
沼と同じく赤黒い天井を板チョコを砕くかの如く貫通する。が、そこを抜けてもまだ赤い天井があった。さっきの天井よりも色が薄くなったか?
それにしても二重構造とは念入りな。
「邪魔ならぶっ壊す!うおおおおおおお!」
「坊主性格変わってないか!?」
クトゥグアの動揺を無視して再度天を穿つ。すると今度は白く広がる雲と広大な空に出る。外だ、オレは帰ってこれたんだ!
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「…んぁ?」
「!せんぱーーーーーい!」
「うわあああ!?」
目が覚め起き上がるといきなりアリスが飛びついてきた。しかも結構な勢いで。
整った顔は涙でぐしゃぐしゃになっていて彼女の座っていた席の隣には桶やらタオルやらが置いてあった。多分看病してくれていたのだろう。
「もう、ぐすっ、起きないかとおもって…うわああああああん!」
「だー泣くな泣くな!落ち着け!」
背中に右腕を回しぽんぽんと軽く叩く。胸を貸して数分そうしていると落ち着いたのか泣き止んでオレが寝ている間に何があったのかを話してくれた。
「えーっと、あの後は騎士団の人たちがわたし達を見つけてギルドまで運んでくれたっす。で、ギルドに着いたら質問責めでした、どうやってあいつを倒したんだとか先輩が何者なのかとか。
わたしもあの時はテンパっててまともな受け答えが出来てなくて、回答は団長さんが全部請け負ってくれたっす。それでそこから丸二日は特に何もなくて。
看病をしてたら今日先輩が目を覚ましたって感じっす。これがこの三日間であった出来事っすね…って!そんな事よりもそれっす!その左腕、何なんすか?」
「あぁ、これか?…説明する?」
「いや、坊主はしなくていい。俺から説明しよう。坊主に俺の真の目的も話さなきゃだしな」
そう言うと左腕が光り出し、二の腕の部分にあった鎧のようなパーツが分離して地面スレスレを浮遊する円盤と電光掲示板になる。
「…なにそれ」
「ずっと坊主にくっ付いてても邪魔だと思ってな、これからは別行動するために作ってみた。
で、俺の正体だな。俺の名はクトゥグア、フォーマルハウトを根城とする観測者だ。まあ簡単に最高クラスの火の精霊とでも思っておいてくれ」
そこからの説明はこうだった。
クトゥグアの目的は『無貌の始祖・アザトースの封印』。そいつが覚醒するとこの世界は丸ごと消し飛ぶらしく、封印が解けかけてきているから再度封じるために色々と暗躍していた所を捕獲され捕まっていたらしい。
で、この左腕…アガートラムが封印の鍵なんだとか。現在アガートラムもクトゥグアも全力を出せるような状態ではないらしく今のままでは世界が終わる、どうするかと悩んでいたタイミングでオレと契約した。
「…なんとなくわかったっす、世界の危機って事でいいっすか?」
「かいつまんで言えばな」
「ならわたしも協力するっす!こんな世界を救えるチャンスなんて二度と来ないっすからやりたいっす!」
「思ったよりグイグイくるなこの娘」
(^^; という顔文字を掲示板に表示して軽く引くクトゥグア。それをキラキラした目で見ているアリス、これはNOという回答は返せないだろう。
「…わかった、やりたきゃやればいい。坊主はそれでもいいか?」
「ああ、仲間が増えるなら最高だ」
それを聞くとアリスの顔がよりパァッとした表情に変わる。元気さと嬉しさを擬人化したらこうなるだろうといった表現が的確なほどに嬉しそうな顔をしている。
「やったー!じゃあリハビリがてら早速依頼行きましょ依頼!」
「すっごいグイグイくるな!?」
先に行ってるっすよー!と言って走り去るアリス。
…まあ確かに三日寝てれば体も鈍るか。軽めの仕事をサクッとこなしてこよう、そう考えながら支度を始めた。




