第八部 〈少年と少女の力〉
雫の足をがっちりと捕らえた触手は、ちょっとやそっとの力ではびくともしない。
「——クッ!」
身体を捻り、何とか足に絡みつく触手を切って、地面に降り立つ。
「逃がしませんよ」
新たな触手を飛ばし、追撃してくるカラコック。それを撃ち落としたのは彩芽の真空刃だ。辛くもその場から逃げ出し、黒羽達の元へと戻る雫。
ケイに焼かれたこともあってか、触手の勢いは増していた。ともすれば塊すら出来上がっていた。その姿は控えめに言っても気持ち悪い。
「ケイ、さっきの技、もう一回使えるか?」
全てを焼き尽くす業火をもう一度使えれば、勝機が見いだせるかもしれない。
「いや、あれでほとんど魔力を使っちまった。今は無理だ」
先ほどより厳しい顔をして応えるケイ。魔力の回復はしばらくの安静が必要だ。戦場でそれを行うわけにもいかない。
「チッ……他に出来る事といったら……」
黒羽には魔法がある。しかし、あの力は体力の消耗が激しい。この一撃で仕留められなかった時の事を考えると、最後の手段にしたい。
「私の技は水ですし……今の状態では使えないかもです。植物は水を吸収しますし……」
万が一にも、相手を成長させるような真似をしてしまったら、勝ち目がさらに薄くなる。万全を期すには、全ての可能性を考えて慎重に行動すべきだ。
「そろそろよろしいですか? これ以上抵抗されると私も加減が出来ませんので、大人しくしてください」
展開した触手を一本に捻じり上げると、纏める前とは比べ物にならない程に、太く大きく成長する。
この場にある物全てを薙ぎ払うが如く、唸りをあげて迫る触手。
「跳べっ!」
それまで立っていた地面が大きくえぐれる。まともに喰らったら即死だろうことは、見ただけで分かる。
「まるで大蛇だな、ありゃ」
各々が木の陰に隠れ、やり過ごした。
のたうつ巨躯は、獲物を求めるかのように地を這いずり回る。母体である木の色も相まって、それはとてつもなく気持ち悪い。
「黒羽、アレ切れるか?」
ケイは無茶な事を聞く。いや、実際のところ無茶ではないが、やりたくない。
「正直言ってやれることはやれる。だが、博打になるな。仕留められなかった時、辛くなるぞ」
「そうか、まだ死なれたら困るな」
全てを察したかのように言うケイ。
なら、と。
「使わずに何とかするか。もう一回援護頼む」
疲弊した体に鞭打って、再度魔力の錬成を始める。しかし最初程、早く魔力は溜まらない。
「五分くれ」
先程より長めの時間を要求する。三分でギリギリだったのだ。間に合うか分からない。
「やるしかないんですよね。お兄さん、魔法、使えますか?」
さっき黒羽が魔族だと知った雫は、彼に聞く。
「すまん、原理自体は知ってるが、やったことは無いな」
ナナトとの戦闘で魔法は一度使ったが、あれは例外だろう。
「大丈夫です。私が水を出しますから、それを凍らせてください」
本来魔法とは無から有を作り出す、魔族の法則だ。有から有を作り出す人間の法則とは違う。雫はそれを、魔法に不慣れな黒羽のために、水という媒介を使うことで補助しようと言うのだ。
確かに、氷魔法は、まず水を作り出してから、更に急速に冷やして完成するものだ。それは、水という媒介を使うことで、ステップが一つ少なくなる。要するに、一つの事に集中できるようになるというわけだ。
「分かった、やってみる」
とは言え黒羽もぶっつけ本番だ。上手くいく保証はない。
「いきますよ」
そう言うと雫は、己の武器である双剣の一本に水を纏わせた。それは次第に大きさを増す。
「お兄さん、お願いします」
「ああ」
上手くいくかは分からない。しかし、やらねばならない。
果たして、幸いにも魔法は成功した。出来上がったのは、氷の刃を持つ長剣だ。双剣よりスピードは劣るが、敵である大蛇もその大きさ故、そこまで速さは無い。十分だろう。
だが、魔力の気配に気づいたのか、大蛇が黒羽達の潜む木の陰に、にじり寄ってくる。
「切れるのか?」
どう見ても、切れるようには見えない。それどころか、氷でできた刃が折れかねない。
「切りませんよ。固めるんです。出来るか分かりませんが、凍らせれば機能は停止するはずです」
水を操れるなら、氷も操れますし、と続ける。
「くろにぃ、私は?」
それまで黙っていた彩芽が口を開く。
「何すれば良いの?」
「俺も行ってくるから、さっきみたいに真空刃で援護してくれ」
「わかったー頑張ってねー」
敵の触手に向き直る。
「よし、行くか」
覚悟を決めて、地面を蹴る。スピードは黒羽が上回ってる。気付かれるが遅い。
「はああああ————!」
その巨体に刃を突き立てる。
「クソッ! やっぱり硬え!」
動きが止まった黒羽を狙い、別の触手が伸びる。
「——っ!」
通らない刃を支点に、強化した筋力で強引に体を捻って避ける。空振りした触手は地面を叩いて砂埃を巻き上げるが、気にしない。
「てええいっ!」
雫は氷の長剣を巨躯に叩きつける。刃が通らないことは分かっている。纏った氷を操り、その大蛇を包む。
「これでっ——!」
飛来した空気の刃が、氷で動きの鈍った巨体を揺らす。しかし、傷が付くほどの威力ではないようだ。
近距離の二人の攻撃が、自分に通らないことを確認した大蛇は、狙いを彩芽に定める。遠方からの妨害を阻止しようとしているようだ。
「私を忘れてるんじゃないっ?」
大蛇の頭に数本の矢が刺さる。それは大きな爆発を起こして、その巨体を地面に叩きつけた。
「時間はたっぷりあったからね、特別強力なやつぶち込んどいてあげたわ!」
得意げに、あまり無い胸を張る志音。
しかして、大蛇の狙いは志音に切り替わった。周囲の木々の間を縫って、志音の元へと飛ぶ。
「いやぁ! こっち来たぁ!?」
「させねえよっ!」
黒羽は持っていた刀を待機形態に戻し、駆け出す。
「お兄さん!? 武器はっ!?」
「まあ、見てろ。俺の予想では成功するはずだ」
不敵に笑って雫に応える。
「来い! 〈天明〉!」
構えた拳を移動する大蛇に当て、叫ぶ。
すると、呼び出した刀は、その大蛇に突き刺さった状態で現れた。本来刃があるべきところに、その巨体があったからだ。
「これでどうだ!」
突き刺さった刃から、己が持つ魔力を全て注ぎ込む。
すると、堕天使由来の膨大な魔力に耐え切れなくなったその巨体は、跡形もなく吹き飛んだ。
「ケイ! 準備は!」
「ああ、出来たぜ! 燃やし尽くせ! 〈炎獄〉っ!」
大蛇、触手の母体を焼き尽くす炎獄は、それが灰になるまで燃え盛る。
「あとは術者か……ケイ、探せるか?」
「デカい魔法を撃たせた後に、まだやるか……良いけどよ」
ケイはそう言って感情検知型の索敵魔法を使う。
しかし、
「見つからない……」
どこにも存在が感じられない。
「感情がない……? いや、そんなはずは……」
困惑するケイ。
あの敵はどう見ても生きていた。生きている者は、すべからく感情を持つ。しかし、その気配が感じられない。
『いやー面白い物が見れました。これだけでも収穫ですネェ』
母体ではない木の陰から、触手を操っていた張本人、カラコックが姿を現す。
「ではでは、救援も来たようですし、これにてお暇させていただきます」
最後まで丁寧に腰を折ると、そのまま頽れて灰になる。
「人形だった……ってことか。道理で……」
その姿を見て、自分の魔法に引っ掛からなかったことを、納得するケイだった。
また更新が一日空きました、夏樹です
これにて第二章完結……の、はずです
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ここが悪い等の意見も受け付けてます。それが私の糧となりますので
では、次回も楽しみに待ってくれると嬉しいです




