第七部 〈少女達と戦の渦〉
深緑。
鬱蒼と生い茂る森の中にその人物はいた。白のシルクハットに白のタキシードを着て、ステッキを持った男。フラフラと森を彷徨うその男は、乱立する木に近づいてはその手に持ったステッキを当てる。
彼は喉を、クツクツと鳴らしながら歩く。その姿は酷く不気味だ。
「なあ、ホントにここで合ってるのか? 一切魔族の姿が見当たらないんだが」
一面が緑に囲まれたその薄暗い森は、確かに日の光もあまり入らず、木の幹も邪魔して、見通しが良いとは言えないが、それでも、魔族の姿どころか気配すら感じない。
「確かに、俺たちが一番に来たはずだよな」
「そうね。本部の人もここに襲撃があったって言ってたし……」
皆が考え込む。この場所に襲撃があったのは確かだ。それは本部でも放送されていた。間違いはない。
それを考えると、ここに魔力を極力抑えた魔族が潜んでる可能性も考えられる。しかしそれならば最初から魔力を抑えて、センサーに引っ掛かるような真似はしないはずだ。
「ねえ、もしかして、おびき出されたとかじゃないの?」
彩芽のその言葉に全員がうなる。確かに可能性はある。しかし、それは果たしてどこまでの戦力をおびき寄せることが出来るか、見当がつかない方法だ。現に、この場には黒羽達しか居ない。
もう一つ考えられるのは、先に哨戒任務に就いていたチームが、防衛ついでに魔族を倒した可能性だ。しかし、この可能性は低いだろう。このエリアの魔族を倒したという報告はまだ来ていない。
「一旦、本部に連絡とりませんか? 指示を聞いて動けば確実ですよ?」
その言葉を聞いて、ケイが携帯を取り出す。本部の番号を呼び出し、電話を掛ける。
さほど時間は掛からずに通話は繋がった。
「あ、すいません。俺たちエリアAに居るんすけど、どうにも敵の姿が見当たらないんですよね。……ええ、はい。わかりました」
「どうするの?」
本部から指示を受けたらしいケイは、皆にその言葉を伝える。
「別のエリアの救援に向かえ、だと。一応、魔族が潜んでる可能性はあるから気を付けてな」
「どこに向かうの? ここからだとBが近いけど」
エリアB。エリアAに跨る森林と、エリアCに跨る市街地が半々になったエリアである。
「まあ、妥当なとこでBだろうな。時間がかかっても良いことはないし」
全員が、エリアB、森を抜けるように歩き出す。
——その時だった。
『おやおや? どこへ行くのですか?』
『——っ!?』
背後から声がした。咄嗟に全員が散開し、各々武器を構える。
「おや、そんなに怖がられるなんて心外ですネェ。私の顔、怖いですか?」
ニヤリと口角を吊り上げる、白タキシードの男がいた。
決して彼の顔が怖いわけではない。ただ、彼の威圧感が半端なものではなかったのだ。並の人間ではない。
——いや、彼は人間ではない。
「魔族か……」
「お察しの通りです。わたくしは大罪七柱が一つ、リル・ラストス様の忠実なる僕。名をカラコックと申します」
慇懃な態度で腰を折るカラコック。
人を罪に導くという七つの欲。それを犯して天界を追放された七人の天使。現在の魔族のトップに立つ存在、大罪七柱。
その手下である彼は相当な実力者なのだろう。
「大罪の手下が何でこんなとこに居るんだ」
「なぜと言われましても、いつも通りですよ。わたくしも魔族です。侵略するのは当たり前かと」
愚問です、とカラコック。あくまで彼は笑みを崩さない。
「ですので、わたくしは早々にこの場で貴方たちを倒しておきたいわけです。お行きなさい〈人形〉」
両手を広げた彼は指示を出すようにそう呟く。
その刹那、周りの木々がざわめきだした。
「な、なによこれ……」
志音がそんな声を漏らしたのは、もはや必然と言ってもいい。ざわめきの原因が姿を現したのだ。
それは触手のように伸びた木の枝。変幻自在にうねるそれは、いつ獲物を搦め捕ろうかと思案しているように見えた。
「ひいいっ! 何これ、気持ち悪いー……」
普段黒羽の前以外では、感情を表に出さない彩芽でさえ、恐怖するように後ずさる。
「そんなに怖がらないでいただきたい。別に私は殺しを望んでるわけではございませんよ」
到底信じれそうにもない言葉を吐くカラコック。
しかし彼は笑みをより深めて、
「大人しく捕まってくれればそれでいいのですから」
瞬間、触手が動き出した。
地面をえぐるように突進してきたそれを各々散開して避ける。
「ケイ!」
「おう! 黒羽はなるべく多く触手を切り落とせ! 攻撃の手を減らすんだ。志音はまずこの場から離れて距離を取れ! 距離でアドバンテージを取るんだ。彩芽ちゃんは黒羽の援護。しずくちゃんは、双剣だよな? どこから攻撃を受けるか分からねえ現状、死角のカバーが重要だ。頼む!」
戦場にケイの指示が飛ぶ。それぞれ頷きながら行動を開始する。
「おや、行かせませんよ」
距離を取ろうとする志音を見て、触手を飛ばす。
「——っ!」
スピードはそれほどではないが、狙われたのがまずかった。今の志音の命中精度では撃ち落とすことは敵わない。
「危ないっ!」
走る志音を追うように伸びる触手を切り落としたのは雫だ。
「早く行ってください先輩!」
「あ、ありがと」
しっかりと仕事を果たす雫を見て、いくらか安心したのか各々自分の正面、伸びた触手を見据える。
左右から伸びた触手をしゃがんで躱し、交差したところをまとめて切り落とす黒羽。
武器に宿った風の力で真空の刃を飛ばし、伸びる前に触手を切り落とす彩芽。
「ねえ、くろにぃ、これ全然減らないんだけど」
「奇遇だな。俺もそんな気がしてたとこだ」
落とせども落とせども伸びる触手は、後にこちらが疲労したところを仕留めてくるだろう。
「おい、ケイ! 何とかなんねぇのか!」
「待ってろ! 今準備してる! 援護してくれ!」
先ほどから触手の迎撃を行わずに、ただ飄々と躱していた彼はそう言う。恐らく、強力な魔法を撃つために、魔力の錬成と詠唱をしているのだろう。
「どんくらい掛かるんだ?」
厳しい顔をしながら考えこむケイ。
「五分……いや、三分だ。三分耐えてくれ」
黒羽は、ケイの元へ駆け寄り触手を落とす。
しかし、ケイのため込む大量の魔力に気付いてか、攻撃は激しさを増す。今のままでは耐え抜くのは厳しい。
「仕方ないか。ぶっつけ本番だが、成功してくれよ…………〈黒天〉!」
今は無き刀の名を呼ぶ。
黒羽の体から溢れ出した濃密な魔力が、刀を包み、黒く染め上げる。
「お兄さん!? その力はいったい……」
黒羽が魔族だと知らない雫は、驚愕の声を漏らす。
「ああ、隠しててすまん。俺は魔族とのハーフだ。だが、秘密にしてくれよ。周りが混乱しちまう」
そう言うと黒羽は、魔力で身体の強化を始める。
まずは反応速度を。次いで筋力、脚力。身体全ての強化をした黒羽は、それまでの自分とはかけ離れた圧倒的な力で、迫る触手を切り落とす。
だが、攻撃の手が緩められることはない。驚異的な力を以てしても、相手はしょせん植物だ。恐怖を覚えることはない。
それどころか、より多くの触手が黒羽の元へ飛んでくる。
「そこよ!」
黒羽の死角から、虎視眈々と攻撃の機会を伺っていた触手を、志音が撃ち落とす。
「やった! 当たった!」
嬉しくて、つい飛び跳ねてしまう志音。
「馬鹿野郎! 場所がバレるだろ!」
案の定、触手の数本が志音の元へ飛ぶ。
「んー、これかなっと」
しかし、間一髪。根元を彩芽が切り落とし、動きが止まる。
「ご、ごめん」
「分かったら場所を変えろ!」
その声を聞いた志音は、走りだす。
「ケイ! まだか! もうそろそろやばいぞ!」
「待ってろ黒羽! あと少しだ。あと少しで終わる」
額に汗を滲ませながら応じるケイ。彼の体から、赤いオーラが溢れている。
次第に激しさを増す攻撃と、蓄積する疲労。それが相まって段々と追い詰められる黒羽達。
「まだか!」
「いや、終わったぜ。待たせたな!」
戦場のど真ん中。触手の母体。大きな木が立つそこへ、ケイは両手をかざす。
「灰になれ! 〈炎獄〉っ!」
巨大な魔法陣が木の根元に現れたと思った次の瞬間、そこから噴き出した極大の火柱がその木を飲み込んだ。
母体がやられた触手は、次々と勢いを失い、地面に落下する。
「……ハァ……ハァ……やったか……」
勝利を確信して呟く。
『誰が母体は一つだと言いました?』
響いた声には嘲笑が含まれていた。
「——きゃああ!」
悲鳴が響く。
「雫っ!?」
別の木から伸びた触手が、雫の足を搦め捕っていた。
一日更新が空きました。申し訳ありません。夏樹です。その分、いつもより多少量が多めになっております。許してください。
そういえば、ひらがなにはルビが振れないという事を今回知りました。
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