第五部 〈少女は彼の元へ〉
空きっ腹に辛い六時間目。こんな時に限って授業は戦闘訓練である。
「動きが鈍いぞ北条!」
訓練場を使った模擬戦闘。時間の都合によりルールは一撃必殺だ。
「そんなこと言われてもな……昼食を抜いたんだ。これくらい許してくれ」
「教師には敬語を使え!」
どうやらプライベートと仕事の区別ははっきりしているらしい。
「……頑張ります」
相手を追う黒羽。ちなみにその相手とは、先日正体を隠すことを止めた少年、一之瀬ナナトだ。
先日戦った時ですら、辛くも収めた勝利だが、現在黒羽は魔法と封じられ、更には空腹状態だ。とても勝てるとは思えない。
案の定、気付いた時には目の前にナナトがおり、拳撃をモロに受けることになった。
訓練終了の合図がなり、千春の怒声が飛ぶ。
「北条! 授業が終わったら職員室に来い!」
千春の言葉を訓練場の外で聞いていた志音は、近くに居たケイに問いかけた。
「どう思う?」
「いや、主語はどうした。それだけじゃ分かんねぇぞ」
「先生の言葉よ。黒羽を呼び出したじゃない。何でだと思う?」
「まあ、普通は呼ばないしな。多分、あの人の事だから、また裏で黒羽を愛でようとしてるんじゃねぇか?」
子離れできていない彼女は、ことあるごとに黒羽の居る所へ現れては黒羽に飛びついていた。もちろん、当の本人は必ず避けるのだが。
「やっぱりそう思う?」
「まあ、それしかないだろ。もっとも、他のやつらは完全に憐れんでるけどな」
フッ、と笑って周りを見るケイ。
彼の言う通り、周りの生徒は「やっちまったな」という視線が大多数だ。中には、千春が黒羽の母親だと気付いている人も何人か居るが、まさか裏で愛でようとしているとは思うまい。前述したように、意外にも千春はプライベートと仕事の区別ははっきりしている。
彼らが話している間に授業は進み、最後の生徒も訓練を終えたようだ。
「よし、終わったな。じゃあ各自解散! 北条、お前はこっちだ」
「さて……どうなることやら……」
ケイは、面白そうに肩を震わせながら教室へと歩き出す。
「お、戻ったな。どうだったよ先生の指導は」
「分かってて聞くな。厳しくしてすまない、と泣いて謝られた」
「ブフォッ! そりゃ傑作だな! ックク……ああ、面白れぇ」
目の端に涙を浮かべながら笑うケイ。
いくら何でも笑い過ぎだろう。黒羽が冷めた目線を送る。
「まあ、それは置いとくとして……ククク……」
「全然置いとけてねぇだろ」
「先に志音は訓練場に向かった。さっさと行くぞ。遅れたら今度こそちゃんとしたお怒りが入るしな」
「チームに入る?」
放課後、訓練場で待っていた雫の口から飛び出したのは、意外な言葉だった。
「はい、私もこのチームに入ります!」
一体何を言っているんだ。
「あー、雫ちゃんは他のチームに入ってないの?」
志音がもっともなことを聞く。
「入ってますよ」
……本当に何を言っているんだ。
「でも強い人が居るチームの方が良いじゃないですか」
「まあ、それはそうだがな、訓練なり、練習なりすればそのチームも強くなるだろう」
それこそ、ポテンシャルは無限にあるのだ。雫より強い人物が出ないとも限らない。
「そうかもしれないですけど、でも決めたことですし、お父さんにも言ってきましたし」
その言葉で黒羽は追い詰められたことを悟る。
つまり彼女がここに居るのは、司令官である永久に止められなかったという事だろう。そしてそれすなわち承認を得たという事。ここで本部の司令官の指示があったならば、逆らうわけにもいかない。
しかし、
「こんなに人多くて良いのかしら」
志音が呟く。
現在チームの人数は志音、黒羽、ケイ、彩芽の四人。そこに雫を加えると合計五人。他のチームが平均して三人と考えると、少し多すぎる気もする。
「大丈夫。チーム上限は六人だから」
意外なことに彩芽が口を開く。
「志音。さすがに彩芽より知識無いのはどうかと思うぞ。チーム人数については学校に入ったとき、真っ先に教えられたしな」
「うっさいわね黒羽! ど忘れしてただけよ!」
本当だろうか。普段の彼女の知識量からするとそれすら怪しい。
「そういう事なので問題は無いんです」
「なら良いんじゃないか? 戦力アップは良い事だろ」
ケイがまとめに入る。
「で、でもほら、まだこの子のこと良く知らないじゃない」
「あ、そうでしたね。じゃあ、自己紹介します。あたしは音羽雫、中等部三年生です。武器は双剣で、趣味は戦う事。先日はお兄さんと戦いました。とっても強かったのでお気に入りです!」
そう言って黒羽の腕に手を回す雫。
「なっ……」
「ちょ、ちょっと、なにやってんのよアンタ!」
とっさの事だが、すぐに反応して引き剥がしにかかる志音。その様子にケイが怪訝な顔をする。
「さっきからどうした志音。お前らしくないぞ」
明らかに分かっている様子のケイが、からかうように声を掛ける。
「ケイ、ちょっと来なさい」
「なんだよ」
ケイを引っ張ってその場から離れる志音。
『あの子、どう思う?』
『どう、って言われてもなあ。まあ、お前の恋敵といったところか』
『分かってるじゃないの。じゃあ、何でチームに入れても良いなんて……』
『面白そうだからに決まってるだろ? やっぱり色恋沙汰はこうじゃないとな』
『はあ、アンタに相談したのが悪かったわ。今度からちゃんと人を考えましょう』
そう言って黒羽達の元に戻る志音。
「——ですから、お兄さんにはもっと強くなってもらわないと! 今から一緒に訓練しましょう!」
「それは構わないが、ほら、チームでも訓練するって言ったろ? まずはそっちからだな」
「もー、お兄さん。あたしとチームどっちが大事なんですかっ」
「なんだそれ、ともかくだな——」
「——あー、はいはい、離れて離れて」
あれこれ話している黒羽と雫の元へ割って入る志音。
「なんですか? チームに入れてくれるんですか?」
「そうね。チームに入れるわ。皆が良いって言ってるのに私だけ反対しても仕方ないし、貴女も強いのならチームにとって悪い事ではないし……」
自分に言い聞かせてるかの様に次第に声を小さくさせながら、ブツブツと何かを話している。
「やったー! じゃあ、早速やりましょうお兄さん!」
黒羽の腕を取り、走りだす雫。
「あ、私も行くー」
バタバタと袖の余ったジャージを振りながらその後を追う彩芽。
「それに私より強いし、私より頭いいし……」
「志音、もう行っちまったぞ」
「——えっ?」
遠くで三つの人影が走っている。
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