第三部 〈少女の刃と奔流〉
「さて、ルールはどうします? 一対一ですかっ? 乱闘ですかっ?」
満面の笑みでこちらに問う雫。
既に彼女は武器である双剣を持ってワクワクしている。危なっかしい事この上ない。
「ここまで来てやらないわけにはいかないよな」
黒羽は刀を構える。
ナナトとの戦闘で折れたそれは今、ヴァイスの封印が解けて力を失い、名を〈天明〉といった。黒かった色は抜け、今ではごく普通の刀と見た目は遜色ない。
「魔器としての力は失ってるが、十分に使えるな」
構えた刀を見て呟きを漏らす。魔器だった時とは違い、照明に反射した刃が煌く。
「私はここで見てるねー」
いつの間に移動したのか、訓練場の外のベンチに腰掛ける彩芽。
「だそうだ」
「じゃあ一対一ですね」
刀を構えたは良いものの、黒羽には一切覇気がない。
戦いを自ら望む辺り、相当実力はあるのだろうが、それでも年下だ。少し手を抜くくらいが丁度良いだろう。
「もー、やる気ないですねー。本気でやってくださいよー」
拗ねたように頬を膨らます雫。その仕草がとてもかわいい。
「分かった分かった。ちゃんとやる」
たじろいだ黒羽は口を滑らせる。
「言いましたね? 嘘はダメですよ?」
雫は嬉しそうに笑う。
本気を出すとは言っても当然、魔法は使えないわけで、必然的に単純な技術と力の勝負になる。
「勝敗はどうする。どちらかがギブアップするまでか?」
バリアが張られるこの空間では、余程の強い力で衝撃を与えない限り決着がつくことは無い。そのため、訓練場に入る個々人により、独自のルールが決められる。
一番多いのは、今黒羽が言った、どちらかがギブアップするまで、というルールだ。これは諦めない心を鍛えるという名目で授業でも時たま使用される。
「いや、一撃必殺でやりましょう。それが一番好きです」
対して雫が提案したのはより実践に近いルール。通称、一撃必殺と呼ばれるルールだ。
一つのミスが命取りとなる戦場での、判断力を鍛えるために考案されたこのルールは、体に張られているバリアに攻撃が触れた瞬間に勝敗が決まるという、厳しいものだ。
一度ヒビの入ったガラスは、本来の強度を発揮できなくなり、割れやすくなる。一度刃を受けた体は能力が低下し、本来の力を発揮できなくなり、負けに繋がる。力の差が拮抗しているのなら尚更だ。
「いいのか?」
「いいんです。いつも戦場は一発勝負なんです」
もっともらしい事を言う彼女に言いくるめられることにした。
「じゃあルールは一撃必殺。スタートの位置は東西それぞれの端でどうだ?」
「了解です。ではお兄さん、またあとでっ!」
そう言うなり走って去っていく雫。
黒羽はベンチに座る白い幼馴染に声を掛ける。
「彩芽、スタートの合図、お願いしていいか?」
「良いけど、私どうやるか知らないよ?」
「大丈夫だ。行けば分かる。頼んだぞ」
渋々了解したような彼女はふらふらと歩きだす。
スタートの合図を彩芽に任せた黒羽は、訓練場の端、雫が向かった東方面とは逆の方向へ向かった。
『じゃあ、始めるよー』
ビー。
開始のブザーが鳴る。
それと同時に走り出した黒羽。だが、雫が居るであろう方向へ直線では向かわず、敢えて大回りするように建物を模した物体の屋根を走る。
一撃必殺のルールで遮蔽物の多い場所に隠れるのは悪手だ。陰から奇襲を掛けられて一瞬で勝負を決められてしまうこともある。
よって遮蔽物のない建物の屋根の上が、一番見晴らしが良く死角も少ないため、戦いの舞台に相応しいと考えたのだ。
案の定、屋根へと上がる人影が見えた。それは次第にこちらへ近づいてきて、
「さすがに奇襲はさせてくれませんか」
溜息を一つつくと、双剣を構えなおす。
「流石に刀と双剣じゃ、スピードで負けるだろうからな。悪いがお前の土俵からは降りてもらうぞ」
威勢よく言い放つものの、相手の動きをまだ一度も見れてはいないため、果たして屋根の上という舞台が正しい選択であったのかは分からない。
「あたしの土俵、ですか。確かに、双剣はスピードを生かした奇襲と、手数での圧倒がメインですが、その対策を返そうとしない人は居ないですよ」
彼女はそう言うと、おもむろに刃の片割れを天に掲げ始めた。
「教えてあげます。この剣の名前は〈平和の雨〉。水の力が宿る双剣なんです」
その言葉が終わるか否かの時、突然、天井から黒羽の元へ、ポツリ、と一粒水滴が落ちてきた。
否、それは水滴ではない。
——雨だ。
突如として黒羽の頭上に現れたのは、これでもかという程に黒く渦巻く雨雲。
「流れろ、〈篠雨〉!」
そこから落ちた雨粒は、即座に激しさを増し、まさに滝の如く激しい勢いで流れて黒羽の全身、そして周囲を濡らした。
「チッ……そういう事か……っ」
ソレの意味するところを察した黒羽は、急いで屋根から飛び降りる。
このまま戦闘を始めてしまったら、確実に足を滑らせて地面へと落下するだろう。
そして落下したが最後、大きな隙を突かれて黒羽は敗北するのは明白だ。
「お兄さん察しが良いですね。あたしの同級生はみんなそれで足を滑らせて落ちちゃうので、退屈なんですよ。でも私の眼は間違ってませんでした」
嬉しそうに笑みを浮かべる雫。
「楽しくなりそうです」
黒羽を追って道路へ降りた彼女は、先手必勝とばかりに地を蹴る。
黒羽はリーチの差で上回ってはいるものの、懐に入られれば動けない。そのことを分かってか、直線で向かってきた雫に対し、上段から刀を振り下ろしながら後ろへ跳ぶ。
——これは、まずいな。
雫の動きが想像よりも速い。一度攻勢を取らせては押し切られる可能性がある。
「……そんなかっこ悪い事は出来ねぇな」
黒羽は刀を構えなおすと、彼女の動きを見極めるために、今までは脚力の強化に使っていた選ばれし者のみが持つチカラを、自らの視力、聴力の強化に使った。
視界がクリアになる。一挙手一投足がはっきりと見える。靴が地面を擦る、僅かな音が聞こえる。
「……? 動かないんですか? じゃああたしから行きますよ」
再び彼女は加速した。しかし、直線では黒羽に届かないと学習してか、途中で進路を変え、民家のコンクリート壁を蹴る。そのまま黒羽を囲むように周りを飛び始め、一気に加速する。
——……?
しかし、一向に動き出さない黒羽に痺れを切らす寸前だ。
——諦めたんですかね。
それは拍子抜けです。と呟き、死角から黒羽の背中に刃を突き立てる。
「そこだっ!」
ガギィンッ! 硬質な音が響く。
黒羽は振り向きざまに刃を振るって、雫の剣撃を受け止めていた。いや、それだけに留まらず、パワーで上回る彼は雫を弾く。思わずバランスを崩し着地した雫に追い打ちをかけるべく、黒羽は走りだす。
雫を射程に収め、そのままの体勢、右下段からの逆袈裟。体を反らして回避されたが、構わずに刀を回して右上段の袈裟斬り。刀身を使って軌道を逸らされたが、それきり。最後に喉元を狙っての刺突をするが、これは×字に交差した双剣で阻まれた。そのまま雫は後方に跳び退って姿勢を立て直す。
「……ハァ、やりますね。良いです、この感覚。楽しいです」
ニヤリと彼女は笑みを浮かべる。しかし、その姿を見るに、かなり疲弊しているようだ。
「楽しい、か。それは良かった。けど、あまり危ない真似はするなよ?」
あくまで雫を気遣っての言葉だったが、
「お兄さんこそ、もう終わりだと思ってるんですか?」
まだ彼女には戦いを続行する意思が見える。
「もう疲れてるだろう? 続けるのは無理だと思うが」
ほとんど動いてない黒羽に対して、彼女は常に攻めの姿勢だった。疲労の度合いは彼女の方が圧倒的だろう。
「いいえ、ここからですよ。まだあたしの本気を見せてません」
「なに?」
黒羽はほとんど動いてないとはいえ、チカラを使って反応速度を限界まで上げたのだ。これ以上のものが来たら対応できかねるかもしれない。
「これがあたしの本気ですっ! 飲み込め〈乱流〉っ!」
雫の目の前に青い円が浮かぶ。それは次第に大きさを増し、発動した雫は元より、黒羽さえも超える大きさとなった。
そう思ったのも束の間。その青い円から大量の水が溢れ出した。
それは荒れ狂う竜の様に黒羽を飲み込み、自由を奪う。踏ん張る足は、流されないようにするのが精一杯だ。
「クソッ! 切り開け〈黎明〉!」
チカラを込めた刀を振ると、水の竜が裂け、道が現れる。
しかし——
「——そこですっ!」
目の前には刃。
雫の振るった双剣が、黒羽を捉えた——。
新しい要素を入れてみました。紡未夏樹です。
いかがでしたでしょうか。私の中では今までで、一番の出来だったのではないかと自負しております。
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