第二部 〈少女の過去と色〉
しばらくして着替え終えた彩芽は最後まで外出を嫌がっていたが、その場の雰囲気に飲まれて結局は学校まで黒羽達と一緒に行くことになった。
「でも本当に大丈夫なのか? 時間無いだろう?」
「大丈夫ですって」
その自信はどこから来るのだろうか。一人先行して歩く雫。
学校に着くまでそれほど時間はかからなかったが、それでもそこに着くまでにある程度の時間は食われ、時間不足の懸念を更に押し進めていた。
「さて、じゃあやりましょうか」
「申請はどうした?」
「すでに許可は出ています」
ドヤ顔で胸を張る雫。
彼女はずっと黒羽達と一緒に居たため、訓練場使用申請を出す時間は無かったはずだ。途中で一度携帯で誰かと連絡を取っては居たが、直接でなければ申請を出せない決まりになっている。
「前から申請を出していたのか?」
二人が付いて来ない可能性があるのに、そんなことはしないだろう。
「さっき申請してもらったんですよ、お父さんに」
「父親はここの職員か何かなのか?」
職員でも申請できないことは無いが、彼女は、さっき申請をした、と言っていた。一職員に優先権のようなものは無い。
時間的に考えて、その父親は高い位の役職に付いているのだろうか。
「ん? そういえばお前、音葉って言ったな?」
「はい、そうですよ?」
「思い出した。司令官が音葉って名前だったな」
優先権のようなものはそこから発生してるのだろう。
『——ご名答! いやー、良いね。その観察力』
訓練場のスピーカーからぱちぱちと拍手が聞こえてくる。
『おっと、私もすぐにそちらに行くよ。待っててくれ』
少しして、若い男がこちらに歩いてきた。
見た目は二十代半ばかそれ以下。しかし、雫という娘がいることを考えると、それ以上の年齢なのだろう。
「北条黒羽君だね? よろしく頼むよ。私は、音葉永久。そちらの娘は……すまない、紹介してくれるかな?」
「ああ、えっと、こいつは俺の幼馴染の、大神彩芽です」
「そうか、彩芽ちゃんというのか、よろしく頼むよ。ところでその髪だが——」
やはり、大人でも気になるのだろう。それほどまでに彩芽の髪は良く目立つ。
「染めてるわけではなさそうだね。目も赤いし、これは……」
「あの、永久さん、髪の事は——」
髪の話が永久の口から出た途端、彩芽の機嫌が目に見える程悪化した。
流石にこのまま彩芽の体質の話を続けるのはまずいと思い、黒羽は止めてくれるよう口を開く。
「ああ、いや、すまない。苦労しているのだろう? 髪が白くなり、目が赤くなる先天性の特殊な体質、アルビノだったかな」
黒羽は永久の言葉に舌を巻いた。
今まで、彩芽に髪の話を振る人間は数多く、いや、初対面の相手なら必ずと言っていいほどに居た。
だが、この髪がアルビノ由来のものであるという事に気付いた人間は居なかった。
もちろん、アルビノ自体が珍しい事案であるという事もあるのかもしれないが、彩芽に髪の話を振る人間は、その髪色の珍しさから中途半端な知識と好奇心で、ズカズカと土足で彩芽の心情に入り込む人間が多かった。技術の発達した現代では髪を染めるのも容易であることもあり、一時は学校の教員にまで髪染めを疑われることもあった。
そうして彩芽の周りには人が集まったが、代わりに彩芽の、人に対する興味は薄れていった。ただ一人、幼い頃から彼女を知っている黒羽を除いては。
そうした事情を読んだ言葉が、永久の「苦労している」という一言だった。仮に読めたとしても、通常ならば「気にしている」で終わってしまうところを、永久は見た目という僅かな情報から導き出したのだ。
彼の観察力は凄まじいのだろう。
「よくご存じですね」
「ふふ、これでも観察力には自信があるのさ。さて、雫、黒羽君に彩芽ちゃん。訓練場の使用申請は取っておいた、存分に遊ぶといいよ」
流石は父親と言うべきか、雫の性格をよくわかっているのだろう。
あくまで『戦う』ではなく、『遊ぶ』。彼女はそう言った。そしてその言葉を永久も使った。これも彼の観察力の成せる技なのだろうか。
はしゃぎながら訓練場に入る雫を横目に、永久が司令官として抜擢されている理由に納得する黒羽だった。
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