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ダイスケ -人類再生を託された子育てロボットの生涯-  作者: 陰謀論爺(インボーロンジー)
第一章 誕生
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8、エリアリバティ



 翌朝、日が昇るとともに朝食も取らずに私たちは海を目指した。二食続けて栄養食を食べるのは気が進まないらしい。

 緩やかな上り勾配の草原をひたすら進むと三十分ほどで頂上付近に達した。

 その先には希望の丘から見る海とはまるで違う鮮明な青い海が果てしなく広がっていた。

「わあー」

 子供たちは今度は下り坂となった草原を一気に駆け下りた。

「走ってはいけません!」

 私の制止は子供たちに無意味だった。

 だが、行けども行けども海は近づかなかった。疲れ果てた子供たちはまたゆっくりと歩き始めた。

 ようやく海辺に達したのは一時間ほど歩いた後だった。

「海、海だよね」

「そうです。海です」

「目の前に見えるのがロングアイランド、左手がマンハッタン、右がスターテン島です。

 確かに海ではあったが、陸地に囲まれており幅の広い川のようだった。

「さっき見えていたのはもっと先になります」

 私がそう言うと三人はがっかりとした様子だった。

「ああ、俺、腹減った」

「私も」

「僕も」

 海は広く道具を持たぬ私たちに魚が獲れるとは思えなかった。

「ではここで、ちょっと早いですが昼食にしましょう」

「なんか食うもんあるの」

「あるでしょ。栄養食が」

 三人はがっかりして下を向いてしまった。

「それでは、魚は無理のようですから、貝か海草でも獲りましょうか」

「俺もうだめ、動けない」

「ねえねえ、ダイスケ。エリアリバティって所があるんでしょ。そこにエレメント無いの」

「ありますよ」

「じゃあ、そこへ行こうよ」

「ダメです」

「どうして」

「エリアリバティは避難施設です。人類の再生が成功した後、地上で暮らす新人類が天変地異などで地上で暮らす事が困難になった場合に使われる施設です」

「今、十分困難だよ」

「私たちは逃亡者です。つまり、人類再生プログラムから逸脱した犯罪者ですよ。こんな私たちが避難施設に入れてもらえるはずがありません」

「でもわかんないよ。入れてくれるかも」

「ありえません。管理しているのはマスターです」

「くそー、マスターめえ。ぶん殴ってやる」

「タモツ、悪いのはマスターではなく、私たちの方ですよ」

「ねえねえ、エリアリバティって何処にあるの、とにかく行ってみようよ」

「エリアリバティですか。それならここです」

「ここって、野っぱらじゃん」

「この下にエリアリバティは建設されたのです」

「でっ、入口はどこにあるの」

「この近くに一ヶ所あります」

「行ってみようよ」

「行きますか、無駄だと思いますが」

 私は三人に自分たちが犯した罪を感じさせる為にエリアリバティの入口へと向かった。間違いなく私たちの入場は拒否される。そうすれば罪の重さに気づくだろう。

「ここです。入口は」

 三十分ほど歩いた場所で私は言った。

「ここって。何も無い野っぱらじゃん」

「もう少し待ってください」

 私がそう言い終わる前に地面から大きなコンクリートの塊がせり上がってきた。

「うわー、何だ、これ!」

「エリアリバティの入口です。地下へ降りるエレベーターのような物です。人体の存在を自動で検知して上がってきたのです。このエリアリバティは海面の上昇が収まって間もない頃に作られました。またいつ海面上昇が始まるか分かりませんでしたから水没する危険を考えてこのような密閉構造となっているのです」

「じゃあ、上げって来たと言う事は中に入れてもらえるって事」

「残念ながら……。非常事態宣言が出ていればこのままドアが開きますが、そうでない場合には解除コードが必要です」

「解除コード知ってるの」

「はい、ですが私に与えられた解除コードはすでに削除されていると思います。私も逃亡者ですから」

「くそー!マスターのやつ、今度会ったら、絶対ぶん殴ってやる」

「ここまで来たのですからやってみましょう」

 本来なら通信機能を使って解除コードを送ればよいが、今の私は手動で入力する必要がある。私はドアの横にあるキーボードからドアロックの解除コードを入力した。

 すると音も無くドアが開き始めた。

「開いた!」

 驚いたのは私の方である。私の解除コードがまだ有効だとは。マスターはいったい何を考えているのだろうか。我々がこの外界で勝手に畑を作ったりニワトリを飼ったり、あちこちに痕跡を残すことは次回の再生実験に有害である事は明白である。警備ロボットがいないと言ったのはウソではない。人工知能を持たぬ作業ロボットに逃亡者を捕まえると言う高度な芸当ができるわけがない。逃亡者を捕らえる事ができる唯一の存在である私自身が逃亡者なのだからマスターが打つ手は。もしやこのエリアリバティの中に引き入れ抹殺するつもりなのだろうか。私は不安に襲われた。だが、目の前で腹を空かす子供たちをこのままにする事は出来なかった。

「開きましたねえ。予想外です。では、中に入りましょう」

 私たちが中に入るとドアが静かに閉まり、コンクリートの固まりのような入口がまたゆっくりと地面の中に潜った。

「大丈夫かな」

「大丈夫でしょう」

 再びドアが開くと別世界が広がっていた。

 そこはエリアリバティの最上部で、四方に通路が伸びていた。ラボ・クリブとは比べようの無い広さである。

「どこへ行けばいいの?」

「まず居住区へ行ってみましょう」

「どっち?」

「あちらへ行って見ましょう」

「ここのこと知ってるの?」

「いいえ、私のデータにはこのエリアリバティの内部構造データはありません」

 不思議であった。避難施設なのだから、子育てロボットである私に詳細なデータが与えられていて当然であるが、何故か入口のデータしか与えられていない。

「じゃあどうして、あっちって分かるの」

「カンです」

「カン?」

「カンで判断するロボットって嫌われるぜ」タモツが意地悪そうに言った。

 しばらく行くと居住区があった。

「なんで分かったの?」

「だからカンです」

「ほんとにカンだったの。わたし冗談かと思った」

「早く中に入ってみようよ」

 私は居住区の一番手前の部屋のドアを恐る恐る開けてみた。

「ダイスケ。何をビビってんだよ!」

「いや、別に……」

 私の脳裏には部屋自体が大きなエレメントになっていて、中に入った私たちを元素レベルに分解という図式が浮かんでいたが、それは無用の心配だった。

「私の部屋とおんなじ」

 疑似体験装置が無いだけでその部屋はラボ・クリブとまったく同じ作りだった。

「あっエレメントも同じだ!」

「じゃあ今日はここで休む事にしましょう」

 三人はエレメントで好きな食べ物を作り、腹いっぱいに食べた後シャワーを浴び、また食べた。ラボ・クリブを脱出してからと言うもの、ろくな食事も摂らず緊張が続いていたのであろう。夜になると三人は一つのベッドで朝までぐっすりと眠り、私は朝までこれからの事を考えた。

 翌日、私たちはエリアリバティを出て海を見に行った。

 もしかして、一度出たら今度は解除コードが無効になるかもしれないと考えた三人のリュックには、はち切れんばかりの食料が詰め込まれていた。

 海の中を泳ぐ魚の群れは自然が完全に回復した証拠だった。しばらく海岸線を歩いたがゴミ一つ無いきれいな砂浜が続いている。

「あれ何?」

 海の中に真四角な島が浮かんでいた。

「あれは自由の女神が立っていた台座でしょう」

「自由の女神って、あの片手を上げて立っている大きな銅像の事」

「そうです。自由の象徴です」

「僕たちって自由なんだよね」

 ジュンイチの問いに私は答える事が出来なかった。何の拘束もされていないという点では自由であるが、拘束されているより何も出来ないというのが現実だった。

 私たちは浜辺で遊び、新型エレメントで作った好きな食べ物を食べ楽しい時間を過ごした。午後再びエリアリバティの入口で緊張したが、問題なく私の解除コードは有効だった。

 そして夜までの時間をエリアリバティ内部の探索に当てた。

 ここで判明したのはエリアリバティの内部はどこも居住区だった。つまり私のカンはあてにならないと言う結論に至った。ただ最下層から東、海の方向へ向かう通路の奥に、特別な施設が有ることが判明した。探し出したのはまたしてもタモツだった。

 東通路の突き当たりに、オフリミットつまり立ち入り禁止と表示されているドアがある。ここを勝手に開けるところがタモツであるが、ドアの向こうには非常に大きな空間があった。そこは巨大な格納庫になっており、大きな船が床の上に置かれていた。ここはアメリカ海軍の基地になっているようだった。船体の形状から見て船種は戦艦。そして、船体に書かれた名前はリバティ。戦艦リバティである。これが作られたのは人類が絶滅する直前である。いったいだれと戦おうとしたのであろう。この船も人類再生プログラムの保守システムに組み込まれているようだ。おそらく、この施設があるために、私の中にこのエリアリバティの内部構造に関するデータが無かったのであろう。いわゆる機密保持という事だと思う。

 ここでもう一つ大発見があった。これを見つけたのはジュンイチだった。こちらも保守システムに組み込まれているようだった。おそらく大金持ちか権力者が所有していたのであろう小型の飛行機である。

「ねえ、これって飛ぶの?」

「保守システムに組み込まれているようなので、現在でも使えると思います」

「どうして保守システムに組み込まれてるって分かるの」

「もしそうでなかったらとっくに朽ち果てているはずです。四千年以上も経っているのですから」

「もらっちゃおうぜ」

 タモツがいとも簡単に言った。

「…………」

 私は悩んだ。私たちはすでにルールを破った犯罪者である。これ以上罪を重ねるわけには行かない。だが、保守システムに組み込まれているものの人類再生プログラムに正式に登録されている物ではない。何故なら人類再生プログラムに組み込まれている物は私にも記録されているはずである。だが、船もこの小型飛行機も記録に無い。不思議である。おそらく政治的理由か何かで無理矢理保守プログラムに組み込まれたのであろう。私は悩んだ。保守システムに組み込まれているものの、人類再生プログラムに登録されていないのだから、考え方としては草原に落ちている石と同じである。当然の事ながらこの飛行機の持ち主は、もうこの世には居ない。反してこれが有れば子供たちの生活の大きな助けになる事は間違いない。私の意は決した。

「もらっちゃいましょう」

 私は早速腕から接続ケーブルを引き出し、この飛行機のコンピューターに接続し情報をダウンロードした。この飛行機は通称「スカイクルーザー」六人乗りの小型電気推進飛行機で飛行機とヘリコプターの中間のような機能がある。プロペラ機で速度は出ないが垂直離着陸が可能で、どんな場所でも離着陸がする事が出来る。オートパイロット搭載で操縦は飛行機任せ。GPS機能で場所を指示すれば子供でも目的地へ簡単に移動できる。私にとって見逃せないのは、何故か一切マスターの管理を受けていない事である。つまり完全な私物扱いのようだ。にも関わらず、GPS情報も気象情報も、マスターが管理する人工衛星から勝手に受信するように設定されていた。もし、マスターに管理されていたら、私と同じように通信ユニットを引き抜き、内部のプログラムを書き換えてしまおうと考えていた。このスカイクルーザーに搭載されているコンピューターは、私にとって、おもちゃ以下の機能しかない。しかしそれは無用な心配だったようだ。

 私たちは一旦部屋に戻り、昨日と同じようにいろいろな食べ物や調味料をエレメントで作りリュックの中に詰め込んだ。そして支度をすませ、スカイクルーザーに乗り込んだ。

「問題は外部へ出るゲートが開くかどうかです。ゲートはマスターが管理しています。ゲートが開かなかったら諦めてください」

「またマスターかよ!」

 タモツは度々行く手に現れるマスターに腹を立てた。

 私は操縦席に座り、メインスイッチをオンにし、言語を日本語にセットした。

「モクテキチヲドウゾ」とアナウンスが流れた。

「希望の丘」

「キボウノオカ。データニアリマセン」

「イーグルロックリザベーション」

「イーグルロックリザベーション。リョウカイシマシタ」

「シュッパツシマス ヨロシイデスカ?」

「OK」

「カクニンシマシタ」

 プロペラがゆっくり回り始め、機体が宙に浮かんだ。

「ねえ、ダイスケ。イーグルなんとかって何処」

「ああ、希望の丘の本当の名前ですよ。希望の丘と言うのは人類再生プログラムが始まり、あの丘の地下にラボ・クリブが作られると、世界の人々はあの丘の事を希望の丘と呼び始めたのです。さあ、ゲートを見ていて下さい。大丈夫だと思いますがゲートが開かないとぶつかる危険があります」

「なんだよそれ、先に言えよ」

 機体は戦艦リバティの上を飛び越え、天井部のゲートの下でホバリングした。するとゲートが開き青い空から明るい光が差し込んだ。

 スカイクルーザーはゲートをすり抜け一気に上昇を始めた。眼下に広がる草原をみながら三人の子供たちは息を飲んだ。

 高度三百メートル付近で水平飛行に移り、ものの五分で希望の丘の上空に達した。

「チャクリクチテン ヲ シテイシテクダサイ」

 モニターに僕らの家の映像が映し出された。私は玄関の前の広場の部分をタッチした。

「リョウカイシマシタ」とアナウンスのあと、機体はゆっくりと降下し無事に着陸した。

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