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ダイスケ -人類再生を託された子育てロボットの生涯-  作者: 陰謀論爺(インボーロンジー)
第一章 誕生
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7、探検


 ラボ・クリブを脱出して二週間が過ぎ、子供たちもこの屋外実験施設での生活に慣れたようだ。ジュンイチはこの屋外実験施設を「僕らの家」と名付けた。

 この僕らの家には生きていくために必要な様々な物資がほぼ手つかずのまま残されていた。我々は家の前に小さな畑を作り、野菜の種を植えた。三十二年ほど前にエレメントにより製造された物であるが、今、小さな芽をだしている。種が入っていた袋にはK1、K2などの表記があるだけで、どんな野菜が育つか今から楽しみである。

 子供たち三人で作ったニワトリ小屋には八羽のニワトリが飼われている。これはタモツが森で捕獲してきた物である。メスが三羽しかいないため十分な卵をとるには至っていないがいずれ数も増えるであろう。なにしろタモツは朝から晩まで森を駆けめぐってニワトリ狩りに余念がないからだ。このニワトリも子犬のポチと同じくエレメントで作られた物の子孫である。今でもエレメントにデータが残っているので、作ろうと思えばいつでも作れるが、タモツががんとして自然の物の方が良いと言って聞かないのである。

 ジュンイチとモモコは燃料となる薪を拾いに森に入っている。どうもエレメントで作る栄養食は子供たちの口に合わないようだ。マズイと言われながらもモモコは毎日料理を作っている。塩化ナトリウム、つまり塩以外の調味料が無いので致し方ない。

 昨日までに前回の実験、第三十五回人類再生実験の後始末を終えた。家の裏にお墓を作り彼らを丁寧に葬った。

 それにしてもこの僕らの家の発見は幸運だった。しかも電力まで供給され続けているとは。ただ、この先十年、二十年の事を考えると、私は不安でたまらなくなる。とにかく三人の子供たちの病気や怪我に細心の注意を払わなければ。

「はい、今日のご飯」

 モモコが手料理をテーブルの上に並べた。

「ああ、また卵かよ。もっと他の物がくいてぇなあ」

「仕方ないでしょ! 卵しか無いんだから」

 いつものようにタモツとモモコの言い合いが始まった。

「ねえねえ、ケンカしないでよ。ねえダイスケ。魚って居ないのかなあ、向こうに海が見えたでしょ。行ってみようよ」

「賛成!」

 モモコとタモツが手を高く上げた。

 私はまだこの外界の様子が十分把握できるまで、遠出は避けるべきだと考えたが、この三人が自活できる能力を一刻も早く身につける方が先決だと判断した。

「海まで無理だと思いますが、池までならなんとか一日で往復できるかもしれません。魚がいるかいないかは別にして」

「あのサクラがある場所でしょ、行ってみたい。もしかしたら魚がいるかもしれないし」

「どうしますか、魚がいなくても行きますか」

「行く!」

 翌朝三人の起床は早かった。ラボ・クリブから持ち出したリュックに栄養食を詰め込み、夜も開けきらぬうちからの出発となった。目指すはサクラの咲く場所。丘を下れば目的地は見えなくなってしまうだろうが、私に内蔵されている方位センサーと地形データを使えば迷う事無くたどり着けるだろう。

 天気は快晴。気象観測衛星からのデータは受信できないが、おそらくこの分だと当分雨の心配は無いだろう。私は空を見上げながらそう考えた。私の後をついて来る三人は大声で歌を歌いながらまるでピクニック気分である。もちろんその歌は疑似体験装置の仮想空間上で覚えた歌である。おそらく学校で習った歌であろう。私もつい口ずさんでしまった。そして草原を行く私たちの後には尾を振りながらポチが続いている。

 草に覆われた丘を下ると予想外に地表の起伏が激しく子供たちは方向を見失った。私の中に格納されている地形データにはこのような起伏は記録されていない。おそらく気象の変動で侵食されたのだろう。私は方位センサーのデータと移動速度を繰り返し計算しながら目的地に向け一直線に進んだ。

 人類が繁栄していた頃、まだ大規模な気候変動に見舞われる前、このあたりには住宅が立ち並んでいた。それから四千四百年以上が過ぎ、その痕跡はまったく無い。ただ目の前には大草原が広がっているだけである。

 サクラの見える場所、昔はブランチブルックパークと呼ばれた場所にたどり着いたのは出発から三時間ほど経過した頃だった。

「わあー、きれい」

 サクラは満開の時期を過ぎていたが、十分見ごたえがあった。

「おーい、魚がいるぞ!」

 ジュンイチとモモコが、タモツの声が聞こえた方向に走り出した。相変わらず勝手に行動するヤツだ。私はそう思いながら後を追った。

「すごい」

 ジュンイチが叫んだ。

 本当にすごかった。水中で種類は良く分からなかったが、かなりの数の魚が池の中を泳ぎまわっている。おそらくマスの仲間だと思われるが定かではない。もしかしたら、海の魚がこの場所に取り残され、淡水に適合したのかも知れない。一時は海面上昇ですぐ近くまで海が迫ってきていたはずであるから。

 三人は早速池の中に腰まで浸かり魚を追いまわした。まだ水は冷たいはずだがそんな事はお構いなしのようだ。

 しばらくしてようやくタモツが最初の魚を捕獲した。その後ジュンイチが浅瀬を取り囲むように石を積み上げ、一箇所設けた入口へ魚を追い込む方法を考え出した。この方法により捕らえた魚の数はみるみる増えていった。

「もういいでしょう。これ以上捕らえても持ち帰れませんよ」

「ああ楽しかった!」

「ほんとうに!」

「俺が獲ったヤツが一番大きいぜ!」

「この魚って食べられるの」

「マスの一種だと思うので大丈夫だと思いますが……。食べられないと言ってもどうせ食べるんでしょ」

 捕獲した魚を良く観察してみたが、私のデータには該当する魚がなかった。いずれにせよそんな事は関係ない、食べられるか食べられないかの問題だった。

「ねえ、どうやって食べるの」

「まあ、焼き魚と言うところでしょう。とにかく火をおこしましょう。ジュンイチは火を、モモコは魚の処理をお願いします。タモツは薪を集めてください」

 外界へ出てから火おこしはジュンイチの係りになっていた。最初、私は子供たちがどのように火をおこすか大変興味があった。おそらく原始人たちがやったように木をこすり合わせて摩擦熱で火をおこそうとするのではないかと考えていたが、ジュンイチはラボ・クリブのエレメントでちゃっかり大きな虫眼鏡を作って持ってきていた。学校の理科の授業で実験をしたそうだ。

 快晴の今日、火は簡単におこす事ができたが問題は魚の下処理であった。僕らの家に用意されていた包丁を持ってきたのであるが、本物の魚をさばくのが初めてのモモコはキャーキャーと言って作業がはかどらない。三十分ほどかけて三匹の魚の下処理がようやく終わった。魚を木の枝に刺し、火にかざすといい匂いがあたりに漂った。

「ウマイ!」

 結局捕獲した魚はすべて三人の胃袋にしっかり収まった。

「さあ、そろそろ帰らなければいけない時間ですよ。日が暮れてしまいます」

「ええー、もう。帰りたくない」

 三人が口々に言い出した。

「ねえダイスケ。今日はここに泊まろうよ。いいだろ」

「いけません。私たちは野宿をする装備を何も持っていないのですよ」

「なんとかなるよ」

「いいえダメです。まだ五月ですから夜はとても冷えます。絶対ダメです」

「でもさあ、ここへ来たのは勉強のためだろ、そう言ったじゃないか。だからさ、僕たちもっといろんな物が見たいんだよ。ねえダイスケ」

「俺は海までいってみたいな」

「私も」

「そういえばエリアリバティって所があるんでしょ。そこまで行けないの」

 三人は口々に勝手な事を言い始めた。

 私は腕組みをしてしばらく考えた。ここで引き上げて、また来るとしても、おそらく夏近くになるだろう。その頃になれば蚊などの害虫対策も考えなければならない。それよりもこの三人の、好奇心あふれる子供たちの欲求を押えきれるかどうか。また脱走などされては一大事である。それよりもその旺盛な好奇心を満たしてやる方が重要なのではないだろうか。せっかくこの地球上に生まれたたった三人の心を持った人間なのだから。

「わかりました」

 私の次の言葉に三人の子供たちは聞き入った。

「この場所に泊まる事はしません」

「ええ、やっぱり帰るのー」

 子供たちは落胆の言葉を上げた。

「いいえ、帰りません。海へ向かいます」

「やった!」

「しかし。海まで行けるかどうか分かりません。その時は諦めてください。私が持っている地形データでは、ここから海にたどり着くまでに二つの大きな川があるはずです。とても歩いて渡れるような川ではありません。ですが、四千年以上前の地形データなので現在どのように変わっているか分かりません。行ける所まで行ってそこで野宿をし、翌日帰ります」

「もし海まで行けたら」

「危険が無く、食料が確保できる状態であれば数日滞在しても構いません」

「やった!」

 すぐさま海へと出発となった。三十分ほど進むと一本目の川に遭遇した。川は堆積物でかなり浅くなり、最深部でも三十センチほどだった。私がポチと三人の荷物を抱え、子供たちはそれぞれ手をつないで無事渡る事が出来た。

 その後、二時間ほど進んだが、幸いな事に本来あるはずの川が見当たらない。点々と水溜りのような小さな池があるばかりである。この先は上り勾配となるため、ここに無ければもう川は無いと思われる。地形的に大きく流れを変える事は考えにくいので、水源が枯れたか、地下に浸透したか。いずれにせよ我々には幸いだった。

 日没まであと二時間ほど。私は進むべきか、ここで野宿をするべきか迷った。三人の体力はまだ十分に残っているようだが、闇夜の見知らぬ原野を進むのは得策ではない。しかも海までたどり着いても、夜間、野宿する場所を探すのも大変である。そこで私はこの場所での野宿を三人に伝えた。三人は不満であるようだったが、状況を説明すると納得してくれたようである。

 私たちは目の前にあった小さな森の中で一夜を過ごす事にした。一本の大きな木の根元に全員で並んで腰をおろした。この場所も昔リンカーンパークと呼ばれた公園であった。やはり元々木々が茂っていた場所が現在森となっているようだ。あの過酷な環境の中、木々は自然の回復を地中でじっと耐えていたのであろう。私はそう考え、木を見上げた。

「ねえ、僕こんなの持ってきたんだけど使えるかなあ」

 ジュンイチは自分のリュックの中から小さく折りたたんだ銀色のシートを取り出した。それは野外活動の際、緊急用の寝袋として使われる物だった。大きなビニール袋といった形で保温性の高い丈夫な素材で出来ていた。折りたたむと手のひらに入るほどコンパクトになるすぐれた道具である。

「ジュンイチ、よくそんな物を見つけましたね」

「僕らの家の倉庫にあったんだ。役に立つんじゃないかと思って。みんなの分もあるよ」

 ジュンイチのおかげで暖かく夜を過ごせそうである。

 夕暮れまでの少しの時間をみんなで薪集めにあてた。日はとっぷりと暮れ、ジュンイチの虫眼鏡も役に立たないので、私が原始的な例の方法で火を起こした。僕らの家から持ってきた栄養食を食べた後は静かな夜が訪れた。

 焚き火から上る白い煙は、澄み切った夜空へと吸い込まれていった。天空に輝く無数の星を三人の子供たちは見ようともせず、ずっと下を向いたままだった。

「ねえ、ダイスケ」

「はい」

「心を持った人間って、この地球上にぼくたち三人だけなんだよね」

 私は黙ってうなずいた。

「どうなるんだろう、僕たち」

 私には答える事が出来なかった。

「大丈夫さ。そんなの。俺たちと同じ年に生まれた子供があと二十七人いるんだろ、すぐに心が生まれるさ、アイツらにも」

「そうだといいけど。ねえダイスケ。ラボ・クリブには僕たちと同じ歳以外の子供は居ないの?」

「ご存知のように第三十五回の実験は失敗、全員死んでしまいました。その次に生まれた子供があなたたちです。そしてその後の実験は中止されました」

「なんで?」

「あなたたちに心が芽生えたからです。原因を突き止める必要がありました」

「じゃあ、第三十五回の前の人は」

 私は首を横に振った。

「死んじゃったの」

「はい、心を持っていない人間は二十八歳から三十歳の頃に謎の病気と同じ症状で死んでしまいます。第一回の実験から同じ結果でした」

 また森は静寂に包まれ、時折焚き火から薪がはじける音が響いていた。

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