5、廃墟
東の空が薄っすらと明るくなり始めると同時に地平線が青く染められていった。
「あっ大きな星」
モモコが指差す方向を見ると、地上より早く太陽の光を受け、銀色に輝いた物体が高い空に浮かんでいた。
「あれは人工衛星です」
「人工衛星? あれが?」
「現在運行している人工衛星は二種類あります。一つは一箇所に留まって電波を出しつづけるGPS衛星。もう一つは自由に移動して観測を行う観測衛星。あの衛星は観測衛星ですね」
「なんか風船みたい。まん丸だよ」
「そう、まさしく風船です。西暦二千年頃の人工衛星とはまったく構造が違います。直径百二十メートルの球体で内部はヘリウムガスで満たされています。その中心部にバレーボールぐらいの制御ユニットが吊るされる形で設置されています。風船の皮の部分の表面は受光体で太陽光を受けると発電、そして影になった部分は地表から反射した太陽光を受け画像に変換します。皮の内部には何層もの常温超伝導体がコイル状に巻かれています。このコイルで磁界を作り、地磁気と反発させて移動を行います」
そう自慢げに答える私を一瞬不安が横切った。
人類再生成功に備え、人類がまだ生きていた頃から打ち上げ続けている衛星である。ジュンイチたちが疑似体験した西暦二千年の頃より格段に寿命が長くなっているとは言え、三千年以上も維持するには何度となく更新が繰り返されている。資源の浪費との意見もあったが、新人類が新たに衛星を打ち上げられるには長い時間が必要。生活に絶対欠かせない物として保守システムに組み込まれているのだ。
だが、私の不安とはそういう事ではない。高度が異様に低いのである。元々がアメリカの軍事偵察衛星である。現在管理しているのはもちろんマスター。おそらく我々を偵察しているに違いない。私はそう思った。
空が一段と明るさを増して行くにつれ、周囲の状況が明らかになった。
丘の頂上から緩やかに下る斜面は緑の草に覆われ、遠くまで続く緑の大地の所々にはこんもりと葉を茂らせた大小の森が点在している。そしてその先には青い海が地平線のかなたまで広がっていた。澄み切った空気はどこまでもその視界を遮る事はなかった。
「あれ、あれ何。あそこだけピンク色のところ。とってもきれい」
「あれはおそらくサクラでしょう。あの辺りは昔公園だった場所です。近くには池もあったそうですよ」
私は驚いた。私の記憶装置の中にあるデータでは、この辺りは環境破壊により完全に荒廃した荒地になっていたはずである。しかも海面の上昇で一時水没したと記録されているが、おそらくギリギリの所で水没を逃れたのであろう。それにしてもサクラが生き残っていたとは。
「ねえねえ、その向こう。ずっと向こうのあれ、あれ」
ジュンイチが遠くを指差し、背伸びをしながら言った。
「ああ、あれは海ですよ。左から続いているのがハドソン川、その間に浮かんでいるのがマンハッタン島です」
「いったいここ何処なの」
「アメリカのニュージャージー州。そしてハドソン川の向こうがニューヨークです」
おそらくジュンイチたちが知っている、仮想空間上のニューヨークとは似ても似つかぬ風景であろう。高いビル群は一つも無く一面の森に変わっていた。
「大きな鳥が飛んでる。それに小さな鳥がいっぱい」
「鷲?」
私の口から鷲と言う言葉が思わず漏れた。確かに人類絶滅直前に鳥が確認されている。だが大型の鷲まであの過酷な環境を生き抜いたとは。これはもう大自然の真っ只中である。
観測衛星によって地上の状況は常に調べられているが、細かな生物の分布状況までは分かっていない。もちろん、マスターでさえも。ここまで自然が回復していると言う事は危険な動物が生息している可能性があると言う事を意味する。私は子供たちを早く安全な場所へ移動させる必要に迫られた。
「あれ、タモツは?」
タモツが居ない。見知らぬ世界でいきなり個人行動とは。私は全センサーを駆使して周囲を探索した。
「おーい!タモツ!」
ジュンイチとモモコが大声で叫ぶが反応は無い。人間とはなんて身勝手な生き物だ。私はそう思いながら探査を続けた。ジュンイチとモモコをここへ残して私が探しに行くべきか。残された二人の安全の保障は。確率計算をしてみるが、計算で答えが出る状況ではない。
「いいもん見っけ!」
元気いっぱいの声でタモツが戻ってきた。私は胸をなでおろした。
「何?それ?」
「カワイイ!」
タモツの腕の中には子犬が抱かれていた。形状から見て人間が品種改良を加えた犬だ。それが野生化したものか? いやあの環境の中で生き残れるはずが無い。私は混乱した。それより子犬がいると言う事は親犬がいると言うことだ。ただちに子供たちを安全な場所へ避難させなければならない。
「ねえダイスケ。向こうに建物があったけど何」
建物?もしや!私はデータと照らし合わせた。もちろん建物があると言うデータは無い。考えられるのはただひとつ。
「すぐに行ってみましょう」
私は三人を引き連れ、タモツが見たと言う建物へと向かった。
希望の丘の頂上から海とは反対側へ行くと木々が生い茂る森になっていた。しばらく進むと突然視界が開け、目の前に荒れ果てた廃墟が立っていた。
「なあ、あっただろ。なんかお化けが出そうで怖えーだろ。慌てて駆けだしたら後からこいつがついてきてさあ」
タモツが子犬の頭をなでながら自慢げに言った。
「親犬がいるかもしれませんから気をつけてください」
それはコンクリートで作られた二階建ての建物だった。
「ねえ、ダイスケ。この建物何なの」
「おそらく……。とのかく中に入ってみましょう」
「ええー。この中に入るのこわいよー」
「ジュンイチ。じゃあ今夜も外で過ごしますか?獣が襲ってくるかもしれませんよ。雨が降ったらどうしますか」
「分かったよ。中に入るよ」
とにかく、こんな廃墟でも外に居るよりましだ。だが、私の考えが間違っていなければこの中には恐ろしい光景が待ち受けているに違いない。
建物のドアはすでに朽ち果てていた。中は薄暗く、植物が部屋の中まで進入してきていた。
「君たちはここで待っていなさい。私が先に行って見てきますから」
「こんな所に置いて行かないでよー。いっしょに行くよ」
「じゃあ一緒に行きましょう。下に気をつけてください。それと上から何か落ちてくるかもしれませんから手で頭を隠してついてきてください」
一歩中に入ると湿った空気がよどんでいた。
ドアの奥には玄関ホール、その横には管理室があった。壁にはシダかコケの類であろうか植物がびっしりと張り付いている。
「暗くて怖い」
そうモモコが言ったと思うと頭上に明かりが灯った。
「おっ!電気来てるじゃん」
タモツの声が管理室の中から聞こえた。
「勝手にさわってはいけません!」
私の怒鳴り声が建物の中に響いた。
「はーい!」
タモツが元気よく返した。
まだ電気が供給されている?本来なら放棄された施設への給電などしないはずだが。
玄関ホールの横には大きな部屋があった。中にはテーブルが並んでいた。おそらく食堂として使われていたのだろう。
「ねえ、ダイスケ。エレメントがあるよ」
ジュンイチの見つけたエレメントに駆け寄った。
「まだ使えそうですね」
「よかった。私、お料理たくさん作ってあげるね」
私がエレメントを作動させるとそれは問題なく起動した。元素、つまり材料の残量を調べると三人の子供たちが半年は暮らせるほどの量が残っていた。電気、エレメント、半年分の材料にこの建物があれば、とりあえずは何とかなりそうだ。しかもこの建物には生活を始めるための装備が用意されているはずだ。
「うわあー!」
タモツの大きな叫び声が建物に響き渡った。
「またタモツのやつ!」
「ジュンイチ!気をつけなさい!」
走り出したジュンイチを私とモモコが追いかけた。
廊下を挟んだ反対側の部屋の入口でタモツがブルブルと震えていた。
「キャー!」
モモコが手で口を押さえながら叫んだ。
「ダイスケ!これって!」
「君たちはここで待っていてください。中に入ってはいけませんよ」
広い部屋の中にきれいに並んだ人間のガイコツとそれに寄り添うように並んだロボットの死骸。その数三十。私はその一人一人の状況を観察しながら部屋の中へ進んだ。
「ダイスケ。これは」
部屋の入口で私を見守っていたジュンイチが小さな声で言った。私は観察の手を休め入口の方向へ体を向けた。
「君たちの先輩です。そして私の」
しばらく沈黙が続いた。
「第三十五回人類再生実験の結果です」
私の記憶装置には必要最小限のデータしか保存されていない。すべてのデータを保存するためには膨大なスペースを必要とするからだ。本来データが必要な場合は通信機能を通じてマスターからデータを取り寄せる事になる。通信機能を持たぬ今の私には「第三十五回人類再生実験は失敗。成果なし。人間、ロボットとも未帰還」と言う簡略化したデータしかなかったのだ。
今、私の足下にはガイコツを抱くようにして一台のロボットが横たわっている。電源が切れてから二十年は経っているだろう。外装はすでに朽ち果て、中の機構部分がむき出しになっている。私はガイコツを抱きしめている彼の腕をそっとはずし仰向けにした。
部屋の入口では三人の子供たちが私の行動を見守っている。
私は彼の頭部のカバーをはずすと、私自身の腕に内蔵されている通信用ケーブルを引き出し、彼の頭部の中にある記憶装置へそのケーブルを接続した。
彼の記憶が私の中に流れ込み始めた。言いようのない感情に私は包まれた。思考回路に異常電流が流れ、私は思わず「うっ」小さな声を漏らした。
私は彼を元に戻し、その腕をまたガイコツの上にそっと乗せた。
私が彼を選んだのは彼の頭部の損傷が一番少なかったからで特別ではない。ここに居る三十体の子育てロボットはみなこのデータを共有しているのだ。
「どうだった?」
入口に戻った私にジュンイチが心配そうに声をかけた。
「ねえ、どうしてロボットが死んでるんだ。人間が死ぬのは仕方ないとしても……」
「彼らは、つまりロボットたちは自分が育てた子供たちと運命を共にしたのです。自ら充電を行わず、死を選んだのです。さあ、詳しいことは後で話します。今はとなりの食堂を片付け、住む場所を確保するのが先決です。余裕ができたら彼らのお墓を作ってあげましょう」




