4、脱出
西暦六四一三年四月二十六日 午前二時十二分
外界への興味を持ったジュンイチがバカな行動を起こさねば良いがと心配してきたが、四ヶ月が過ぎ、何事も無かったかのように平穏な日々が続いている。このまま行けばジュンイチが二十歳になった日には晴れて外界での生活が始まるだろう。だが、依然としてジュンイチ、タモツ、モモコ以外の子供たちは心を取り戻す気配は無い。このままで行けば三人だけの外界生活となってしまう。人類再生プログラムではこのような状況は想定されていない。だが、三人だけでも子育てロボットが同行すれば不可能ではない。もちろん作業ロボットを数台投入する必要があると思うが。
突然けたたましい非常警報音が鳴り響くと同時にマスターより緊急入電。
(カサイハッセイ タダチニ ヒナンジュンビヲ カイシセヨ。一プンゴニ ドアヲ カイホウスル。ヒナンバショハ チュウオウロビー。 ナオ ヒモトハ 三〇一ゴウシツ)
三〇一号室!すぐさま室内をサーチするとシャワールームのドアの隙間から煙が漏れていた。
「しまった!」
私がジュンイチが眠るベッドルームへ駆け出すと同時に、ジュンイチがベッドルームの中から飛び出してきた。その姿はパジャマではなく、上下シルバーの制服を身に着けている。しかもその背中にはリュックが。
「ジュンイチ!」
「さあ、ダイスケ行くよ!」
恐れていた事が一瞬にして現実となった。この瞬間、私は子育てロボットとして究極の選択を迫られる事になったのだ。ここでジュンイチの腕をつかんで制止する。それが本来の私の役目だ。だがその先にあるのはジュンイチの死。マスターにとってジュンイチのこの行為は人類再生実験を妨害する行為以外の何者でもない。ジュンイチは廊下へつながるドアの前で足ふみをしている。そのドアが開くまであと二十六秒。私は全演算能力を駆使しあらゆる可能性、ジュンイチが生き残れる可能性を模索した。その私の脳裏に浮かんだのはジュンイチの手を取り、リサイクル用のエレメントへ共に入り、元素単位に分解される情景だった。私の人工知能が一つの結論を導き出した。やはりそれしか無かった。私はジュンイチに走りより、その腕をつかんだ。と同時に廊下へと通じるドアが開いた。
「さあ、ジュンイチ走るんだ!」
廊下へ飛び出すとさらに予想された通りの状況が目に飛び込んできた。タモツとモモコ、共に上下シルバーの制服、背中にはリュックが背負われている。タモツ、モモコの子育てロボットたちも私と同じ結論に達したらしい。私たちは中央ロビーとは逆の機械室へと通じる階段に向かって走った。階段の手前でタモツとモモコ、それにそれぞれの子育てロボットが立ち止まり最後の別れを惜しんだ。そう、タモツとモモコの子育てロボットはここから先へは進めないのだ。二体とも通常版の人工知能を搭載している。現在の命令は中央ロビー集合だ。非常事態宣言が発動されていれば別だが、現状、別のフロアーへ移動する事は出来ない。つまりシステムロックが掛かっているのだ。だが私に搭載されているのは、今回始めて試された試作品の人工知能だ。行動を抑制する一切のプログラムはインストールされていない。数秒間の抱擁の後、三人の子供たちは階段を下へと駆け下り始めた。私も三歩ほど降りた所で気が付いた。
「ジュンイチ待って。ダメだ。私の通信機能がマスターと常にコンタクトしている。私が行けば行動や会話がマスターに筒抜けになってしまう」
「そんなの取っちゃえよ!」
タモツが大きな声で私に叫んだ。人間とはなんと恐ろしい事を考える動物だ。私は振り返りタモツとモモコの子育てロボットの方を向いた。二体とも私に懇願している。子供たちを頼むと。私は軽くうなずくと右耳の横にあるカバーを開け、躊躇なく中の通信ユニットを引き抜いた。
「さあ、みんな走れ!」
私は自分で何を言っているのか解らなくなった。私の思考はすべてマスターからの指令に基づいている。今、私は自分自身の手でその思考の根幹を切断してしまった。まるで操る人を失った操り人形である。だが私には子供たちを守ると言う最大の使命が残されている。
「一番下の機械室まで駆け下りるんだ!」
私は出遅れたモモコの手を取り階段を駆け下りた。
私たちは機械室を通り過ぎ、貯蔵庫の横を一気に走りぬけた。先頭を走っていたジュンイチが大きなドアの前で立ち止まっていた。
「何んだよこれ。なんでこんな所にドアがあるんだよ!」
ドアに体当たりして開けようとするジュンイチは息を弾ませながら叫んだ。
「この先の非常脱出口が開いた場合、外気が建物の中へ入るのを防ぐドアです」
遅れてドアの前に駆けつけた私はジュンイチにそう言った。
「どうして。この前見せてくれた映像にはなかったよ!」
「ありましたよ。ただそれほど重要ではないので薄っぺらに映っていましたけど。引いてごらんなさい。鍵も何もありませんから。内圧のバランスが崩れた時に圧力差で自動的に閉まる仕組みです。今は非常脱出口が開いていませんから圧力バランスは取れているはずです」
ジュンイチがドアを引くと簡単に開き、その先には上へ上る階段があった。
「なんだ、引くんだ」
ジュイチはそのドアをくぐろうとして私の方に振り向いた。
「本当に警備ロボットはいないよね?」
ジュンイチが不安げに言った。
「ええ、居ません。この地球上には警備ロボットなんて一台もいませんよ。マスターと私たち三十台の子育てロボット以外には三千六百五十三台の作業ロボットがいるだけです」
「ホントに?」
「ええホントですとも。いったい何を警備するんです。この地球上には泥棒なんて居ないんですよ。それどころか、あなたたち以外には、人間は一人も居ないんですから。それにまさかあなたたちが逃げ出すなんてまったく想定されていませんから」
「わかった。じゃあ、行くよ」
ジュンイチは階段に向かって駆け出した。
「待ってください!」
ジュンイチが上の非常出口へつながる階段の手すりに手をかけた時、私は大切な事を忘れていたのに気が付いた。
「外に出る前に予防注射をしなければなりません」
「注射!」
三人が声をそろえて叫んだ。
「はい、注射です。このラボ・クリブは無菌状態です。このまま外へ出れば感染症の危険があります」
「注射って、今は西暦六四一三年だろ、もっといい方法があるんじゃないの!その、なんだ、キャンディをペロっとなめればOKとかさあ」
タモツが今にも泣き出しそうになるのを我慢して言った。
「いいえ、注射しかありません。君たちが疑似体験した西暦二千年以降、人類再生プログラムに関する事以外は、ほとんど科学は進歩していません。人類は生き残るのに精一杯でそれどころじゃなかったのです。
科学だけではありません。文化も芸術も。すべての進歩が止まってしまったのです。ですが病理学だけはかなり進歩しました。おかげで免疫機能形成の時間が圧倒的に早くなっています。この階段を登り終える頃には免疫機能ができているはずです」
三人は下を向いてしまった。
「さあ、早く。注射は階段の横の箱に入っています。三十人分あると思いますから好きな物を使ってください」
「えー自分でやるの!」
ジュンイチが叫んだ。
「当たり前です」
三分ほど押し問答したところでモモコが言った。
「ねえ、早くしましょうよ。誰かが追いかけてくるかも知れないから。ねえダイスケ」
モモコの問いかけに私は首を横に振った。
「この時間まで追いかけてこない所をみると、もう誰も来ないと思います」
「やっぱり警備ロボットが居るんじゃないか!」
「いいえ、もし追いかけるとすれば私たち子育てロボットです。私は通信ユニットを外してしまったので命令を受信できません。ですがこの場合モモコとタモツのロボットがマスターから命令を受けるはずです」
「えっ! 母さんが私を捕まえに」
泣きそうな目でそう言うモモコに私は優しく言った。
「大丈夫。この時間まで来ないと言う事は、マスターはあなたたちを放棄したと言う事だと思います。もちろん私も含めてですが」
「母さんがひどい目にあわされない」
「大丈夫ですよ。モモコ」
私はそう言った。だが、大丈夫ではもちろんない。私たち子育てロボットは命令に服従する事が一番の任務である。モモコとタモツの子育てロボットも例外ではない。だが彼らは二人を逃がした。おそらく人工知能を外され格納庫入りとなるか、エレメントで元素レベルに分解されてしまうだろう。そう思ったとき、私は背筋が寒くなるのを感じた。
結局さらに三分ほど注射器とにらめっこしていた三人に、私が注射をする事になった。
だが今度は誰が先に注射をするかで揉めはじめた。見かねた私はジュンイチに訊いた。
「ところでジュンイチ。どうやって火事を起こしたんですか」
「いやだなあ火事を起こしたなんて。ただシャワールームの換気扇にフォーク突き刺しておいただけだよ。ギャー!」
私は容赦なくジュンイチの腕に注射針をつきたてた。続いてタモツとモモコの叫び声が階段に響き渡った。
「さあ、登りましょう」
ジュンイチを先頭にタモツ、モモコが続き、私が最後尾から階段を登った。
「なあ、何で一回一番下まで降りて、また上がるんだ。非常脱出口だろ、これじゃ本当の非常の時には間に合わねえんじゃないか」
長い階段を上りながら息を切らしたタモツが言った。
「本来の避難経路は最下層からエリアリバティへ続く地下通路を使う事になっています。この非常脱出口はこのラボ・クリブを建設した当時、地上から最下層の機械室へ装置を搬入するために使われた縦穴です。同時に大型のエレメントも搬入され、現在、保守はそのエレメントで行っていますので、もうこの縦穴は必要なくなりました。それで、予備的な避難経路として残されているのです。さあ、もうすぐ出口ですよ頑張りましょう」
階段の最上部には頑丈そうなドアが立ちふさがっていた。
「ねえ、これどうやって開けるの」
「右側にある赤いスイッチを押してください。それだけです」
ジュンイチが恐る恐るスイッチを押すとゆっくりとドアが開き始めた。
「さむい!」
タモツが身震いしながら言った。外から四月のまだ冷たい風が吹き込んできた。
「さあ、行きましょう」
外に出るとあたりはまだ真っ暗だった。
「地面がなんか変だよ」
「草が生えているんです」
ジュンイチの言葉にそう答えたが、私自身、草を踏む感触は初めてだった。
「あれ月でしょ」
モモコが空を指差した。
「わあー」
満天の星空に三人は歓声を上げた。
しばらく夜空を見とれていると、機械音と共に非常脱出口から漏れていた明かりが消えた。
「あー、閉まっちゃった!」
「ねえ!ダイスケ!どうやって開けるの!」
三人は私の次の言葉を聞くために目を丸くしてつばを飲み込んだ。
「外から開ける事は出来ません」
予想通りの答えに三人は肩を落とした。
「さあ、行きましょう。あなたたちが選んだ道です。進む事しか出来ないんですよ」
「行くって何処へ」
行くあてなどあるわけが無かった。だが、私が不安がれば子供たちはさらに恐怖に包まれるだろう。とにかく希望の丘の頂上まで行き、夜明けを待つ事にした。
「景色の良い場所へ行って夜明けを待ちましょう。それからの事はなるようになるでしょう。私には暗視装置がありますから離れないように付いて来てください。私の後ろにモモコ、ジュンイチ、一番最後はタモツ。いいですね」
私はそう言うとゆっくりと歩き始めた。満月でよかった。三人も闇に目が慣れ少しは地面が見えるようであった。
通信ユニットがあればGPS機能が使えるのだが、今は私の記憶装置の中の地形データと実際の地形を照合しながら進んでいる。三人は一言も発せず私の後をついて来ている。
「さあ、ここが希望の丘の頂上です。もう少しであちらから太陽が昇りますから座って待ちましょう」
私は東の方向を指差した。
私たちは体を寄せ合い寒さをしのぎながら日の出を待った。
「どうです。ジュンイチ」
「何が」
「これがあなたたちが望んだ外の世界ですよ」
「う~ん」
ジュンイチは膝を抱えたまま答えなかった。
しばらく静かな時が流れた。
私たちは草むらの上に腰を下ろしたままずっと東の空を見つめた。
三人の子供たちは外へ出た事を後悔しているのだろう。だが、もう戻る事は出来ない。これからの行く末を考えると……。
「ああ腹減った!」
私が思い悩んでいるといきなりタモツが大声で叫んだ。
「おれ、バナナ持ってきたぜ」
「僕はイチゴ」
「私、リンゴ」
三人はリュックの中から食べのもの取り出した。後悔などまるでしていないようだ、どうみても遠足気分である。いったい何を考えているのやら。
「いつ食べ物が手に入るか分からないから大切に食べなさい」
私は昨日充電を済ませたのであと六ヶ月は活動できるが、まず子供たちの食料と住む所を何とかしなければならない。前途多難である。
そんな事を考えながら私はある事に気が付いた。昨日充電したその事である。昨夜、ジュンイチが「もう充電終わった?」と聞いてきた。もしや、私の充電サイクルに合わせてこの脱出計画を実行に移したのでは? それにもうひとつ。
「ジュンイチ」
「なに?」
「なぜ私が外へ出られると思ったんですか」
「私のお母さんがね。ジュンイチのロボットだけは外に出られるって言ってたの」
モモコがジュンイチに代わって答えた。
用意周到と言うべきか、脱出後の事はすべて未定。子供のなせる技と言うべきか。私はあきれて言葉が無かった。
「ダイスケがいれば何にも問題なしだよね」
モモコが私を見て微笑んだ。




