6、作戦
戦艦リバティに戻った私たちは、早速エリアリバティへ艦を進めた。しかし、寄り道をしたため、電力の残りが心配だった。アマゾン川を抜け大西洋に出たあとも艦を海流に乗せ波まかせの航行となった。頂いた子豚たちのエサもエレメントを使って作らなければならないので、到着は予定より一週間近く遅れる事になるだろう。
艦の中では子豚が走り回り、それをポチが追いまわしている。ポチは子豚たちがいたく気に入ったようだ。その時、私は気が付いた。ポチはメスだったのである。タモツは名前をポチ子にすると言い出したが、格好悪いとモモコに却下された。
長く退屈な航海が続いていた。現在、南米大陸を離れ、カリブ海と大西洋の間に点々と連なる島々の横を通過中である。時間は昼を少し過ぎた頃である。私は操船を艦のコンピューターに任せ、最上部のブリッジで外を眺めている。相変わらず海は青く澄み、空からは強い夏の陽射しが降り注いでいた。電力を節約するために出力を落とし、波まかせの航行となっているため船体が安定せず、若干の揺れが感じられる。そして頭の上には飽きもせずマスターの命を受けた人工衛星が私たちを監視していた。その衛星からの最新情報によると夕刻より天候がかなり崩れそうである。波が高くなることが予想され、子供たちが船酔いしないか心配である。
その子供たちであるがアマゾンの人々と会ってから何故か元気が無い。私が声をかけても「別に」と答えるだけだった。私は天候の悪化を伝えるため、食堂に居る子供たちのところへ降りていった。
「みなさん、今晩あたりから天候が悪くなりそうですから、船酔いしそうな人は早めに食事を済ませて寝てしまって下さい。もし、酔い止めの薬が必要なら医務室に準備してありますから」
三十人が座れる食堂の大きなテーブルに、一人ずつばらばらに座っている子供たちは、下を向いたまま私の言葉に答える事は無かった。
「どうしました。もう船に酔ってしまいましたか」
三人は下を向いたまま黙って首を横に振った。
「ほんとうにどうしてしまったんです。あなたたちらしくない。心配事があるなら、私にちゃんと話してください」
私がそう言うと、ジュンイチが顔を上げた。その目には涙が流れていた。
「ねえ、ダイスケ。もう帰るんだよね。あの僕らの家に」
「そうですよ。帰りたくないんですか」
ジュンイチは首を横に振った。
「じゃあ、どうしたんです」
「僕たちまた三人だけになるんだね。ずっと」
そう言う事だったのか。私は子供たちの心を分かっていなかった。アマゾンの人たちと楽しい時間を過ごした。子供たちのあんな楽しそうな姿を見たのは初めてだった。大勢の人と過ごす。人間として当然の事を始めて体験したのだ。そして、これから僕らの家に帰ればまた三人だけの生活に戻ってしまう。しかも永遠に。
私は考えた。この戦艦リバティの原子炉を動かせばあのアマゾンへ戻る事は簡単な事だ。そしていつでも僕らの家に戻る事ができる。その方がこの子たちにとって幸せなのかも知れない。人間は一人では生きていけない。それが三人でも変わりはしない。大勢の人間が助け合いながら暮らすのが本当の姿なのだ。
「ジュンイチ、アマゾンの人たちの所へ戻りましょう。そして一緒に」
私がそこまで言った時、ジュンイチは首を横に振った。
「どうして」
「だって僕らの家が本当に暮らすところだもん」
ジュンイチがそう言うと、タモツとモモコも涙で濡れた顔で頷いた。
私は次の言葉を口にする事が出来なかった。
しばらくして私は言った。
「ジュンイチ、それでは僕らの家に帰りましょう。ですが、ジュンイチ。あなたたちは三人だけではないですよ」
「どうして、僕たち三人だけになっちゃうんだよ」
「いいえ、いるじゃないですか仲間が」
「どこに、あのアマゾンの人。それじゃダメだよ遠すぎるよ」
「いや、そうじゃありませんジュンイチ。あの希望の丘に二十七人もいるじゃないですか。君たちの仲間が」
「あっそうかラボ・クリブだ」
「そう、あなたたちと一緒に生まれた二十七人の仲間が。そしてあと八年もすれば僕らの家にやって来ます」
「ダメだ!それじゃ。第三十五回の実験の時のようになっちゃうよ。あそこ、ラボ・クリブの窓の無い部屋に居たら心を取り戻せないよ。死んじゃうよ」
「じゃあ助け出そうぜ!」
「そうよ、そうよ、早く助け出さなきゃ」
三人は今まで泣いていたのがウソのように、いつもの明るさを取り戻した。そして、すぐに作戦室で三人のヒソヒソ話が始まった。あの時、そう三人がラボ・クリブから逃亡する計画を練った時のように。どうやら絶対反対するであろう私は蚊帳の外らしい。どのような方法を考えるか知らないが、あの厳重に管理されたラボ・クリブから二十七人の子供を連れ去るなんて絶対に不可能だ。
二時間もすると計画が出来上がったようだ。
三人はニヤニヤしながら私に近づいてきた。
「ダメですよ!絶対!」
そういい放す私にモモコが笑って何かを手渡した。
「これは私の通信ユニット!これ何処で?」
「ラボ・クリブから逃げる時に私の手を握って走ろうとしたでしょ。その時ダイスケがこれを落としたのよ。私、拾っといたの。こんな事もあろうかと思ってね」
モモコはそう言って微笑んだ。
「この通信ユニットで何を」
作戦を説明したのはジュンイチだった。この通信ユニットを使って中に居るロボットたちに第三十五回の実験の事を教えるそうだ。するとロボットたちがこちらの味方になって非常脱出口のドアを開けてくれるそうだ。その隙に子供たちを連れ出す。まったく子供が考えそうな事だ。
「ダメですね。そんな作戦じゃ」
「どうしてだよ!」
「偶然に頼り過ぎています」
「じゃあどうするんだよ」
「そうですねえ。私だったらこの通信ユニットを使って非常事態宣言をします」
「非常事態宣言をするとどうなるの」
「非常事態宣言をすれば我々ロボットに制御が移ります」
「制御が移るとどうなるの」
「すべてのドアが我々ロボットにより開ける事が出来ます。マスターとの連絡が途絶えた時や故障の場合など不測の事態に備えるシステムです」
「我々ロボットってダイスケにも」
「もちろん!」
三人は顔を見合わせた。
「やったー!それで行こう!」
「もしやジュンイチ!」
「いいアイデアがなくてさあ。頼むねダイスケ!」
私はいっぱい食わされた。しかし、これなら出来る。まさか驚異的な処理能力を誇るスーパーコンピューターのマスターとて、脱走した子育てロボットがいきなりやって来て非常事態宣言をするとは考えも及ばないだろう。人工知能を持つ者と持たぬ者の違いである。しかも一旦非常事態宣言を出してしまえばマスターの命令は無効となる。我ながら良い作戦である。あとは他の子育てロボットがどのような反応を示すかだ。それは私が説得すればいい。今までのジュンイチたちとの逃亡生活で分かった。子供たちには何が必要かが。
第三十五回実験の事、成田博士のコンピュータにあったファイルの事、タンダから聞いた話。すべてをありのままに伝えれば彼らもきっと協力してくれるに違いない。
「やりますか」
「やったー!じゃあエリアリバティに着いたら早速実行だよ」
「そんなに待つ必要はありません。ジュンイチ、スカイクルーザーの充電は?」
「もう満タンになってるよ」
「じゃあ、今から出発しましょう。善は急げです」
「ここからラボ・クリブまで」
「大丈夫です。航続距離ギリギリですが、なんとかなります。しかもまもなく天候が悪化し、この艦は厚い雲に覆われます。つまり人工衛星からはこちらの動きを把握できません。各種センサーをフルに使えばこの戦艦リバティの位置は捕捉できますが、小さなスカイクルーザーを見つける事は不可能です。しかも悪天候の中スカイクルーザーを飛ばすなんて思ってもいないはずです」
「この船は?」
「自動操縦ですから勝手に帰ります」
「子豚はここに残していく」
「いいえ、エサをあげる者がいませんから、ポチも子豚も連れて行きます。いいですね。出発は一時間三十分後。ラボ・クリブ到着は明日午前二時です。準備開始!」
「アイアイアサー!」
出発までの時間、私は彼にこの誘拐作戦についてシュミレーションを頼んだ。もちろん、私が非常事態宣言をすると言うストーリーは教えずに。
彼は一時間の間、その持っているすべての能力を使ってこのシュミレーションに挑んだ。しかし、その結果は誘拐不可能と言う結果だった。もちろんその中に私が非常事態宣言をすると言うシナリオは含まれていない。つまりスーパーコンピューターでさえ、私が考え出した方法に気が付かない。彼とマスターを比べるとやはりマスターの方が圧倒的に優れてはいるが、事、このような急襲作戦、つまり軍事行動においては彼もマスターに匹敵すると思われる。これはいける。私はそう確信した。
準備が整うと私は子供たちと動物を先にスカイクルーザーに乗り込ませた。私にはまだやらねばならない事があった。艦中央にある操舵室でこの艦のコンピューターに航路計算をさせた。現在の残った電力で到達可能な最も遠い場所を。コンピューターはすぐに答えをはじき出した。電力は航路補正のみに使用し、海の流れだけで進む。メキシコ湾流から北大西洋海流、イルミンガー海流を経て最大到達可能地点としてグリーンランド北部の北極海を示した。私は目的地をその場所に設定した。そして決定ボタンを押す瞬間、私の指は止まった。この戦艦リバティは旧人類がこの地球に新しく生まれてくる人類の為に残した資産である。資材として見れば大変な価値がある。だが、私はこの恐ろしい兵器を子供たち、そしてその子孫に残す事は決してあってはならない。そう考えた。
「ごめん」
私はそう呟くと決定ボタンを押した。
「モクテキチ ヲ ホッキョクカイ ニ ヘンコウ シマシタ」
そうアナウンスが流れるとメインモニターに北極海までのルートが示され、各機器に示された数値が慌しく変更された。今は夏、北極海に到達する頃には秋を迎えているだろう。そうして、保守システムから離脱したこの戦艦リバティはやがて氷に閉ざされ、数年のうちに自由の象徴と同じ運命をたどる事になるだろう。
私は操舵室を出ようとして重い水密扉の前でメインモニターに振り返った。私を快く受け入れてくれたこの艦のコンピューター。人工知能は搭載されていないが優れたコンピューターである。そして私と同じ人間により作られ、人間のために働く機械。そして戦友である戦艦リバティのコンピューター。もし人工知能が搭載されていたなら良き友になれたであろう。そして、私のこの判断を笑って受け入れてくれるだろう。新人類の為に。
私は背筋を伸ばし彼に敬礼し、しばらく彼と心で会話した。そして操舵室を後にした。




