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ダイスケ -人類再生を託された子育てロボットの生涯-  作者: 陰謀論爺(インボーロンジー)
第三章 仲間
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3、アマゾンへ


 戦艦リバティは大海原へ乗り出した。目的地はアマゾン川河口。

 現在速度は二十ノット、時速約三十七キロメートルで順調に航海を続けている。天気は快晴。波は穏やかで船が揺れる事もほとんど無い。

 昨夜よりほとんど寝ていない子供たちには昼寝をするように言ってある。この艦には四人一部屋のベッドルームが二十六部屋ある。子供たちはそのうち食堂に一番近い一室で寝ている。

 私は一人船央の暗い操舵室に残り操船を続けている。操船と言ってもほとんどコンピューターまかせで、ただ操舵席に座り前と左右のスクリーンをぼんやりと眺めているだけである。

 私は腕からケーブルを引き出し、操作パネル横にあるコネクタへ接続した。

「まず何から聞けば良いのか」

 私の呟きにこの艦のコンピューターが答えた。

「ナンナリト」

 不思議なものである。彼、この艦のコンピューターとはケーブルで繋がっているのに音声での挨拶となるとは。

 私は彼からこの艦のすべての権限を委ねられている。本来、この艦の主となる新人類がまだ子供である為、保護者である私に任されたのだ。

 私はマスターの支配の元に生まれた。マスターにとって私は端末装置の一部でしかない。その私がマスターを裏切った。そして、今ではこの艦の指揮を任されている。つまり私の支配下に彼がいる。私よりはるかに優れたコンピューターである彼が。もちろん、彼もマスターの支配下にあった。それが……。

 私もマスターもそして彼も、人間により作られた。人間の為に働く事を目的として。それが、今では私と彼はマスターと敵対関係となってしまった。

 人工知能を持たぬマスターと彼は与えられたプログラムに基づいて行動した結果と言うだろう。だが、同じ志の者同士が敵対関係となる。私にはこの事が不思議でならなかった。

 私はケーブルを通じて彼にこれまでの経緯を尋ねた。それはすべてマスターからの情報であった。

 ラボ・クリブに三人の心を持った子供が生まれた。彼はこの三人がこの艦の主となる最も可能性が高い人間と判断し情報収集の対象とした。成長した三人はラボ・クリブを脱走し、希望の丘の上に建っていた実験施設で生活を始めた。これ以外にもすべての事が細かに記録されている。私はマスターがここまで承知していた事に驚いた。

 あの日、海岸で丸木船に乗った白骨死体を発見する。これは偵察衛星の画像からの分析であろう。当然の事として子供たちは興味を示し、そのルーツを探したいと考える。海流などの状況から考え、その白骨死体はアマゾンから。私が考えつくぐらいなのでマスターは当然アマゾンへ向かうと予測した。

 ここで彼は当然移動手段として自分が選ばれると予測し、マスターからアマゾンとそれに関するデータ、移動過程で必要となるデータのすべてを次々とマスターのデータベースから自分に転送した。もちろん、今の状態、マスターとの敵対関係なる事をを予想しての措置だ。

 そして、予想通り我々はこの艦を乗っ取りマスターの意に反して航海へと進み出た。

 すべてはお見通しだった。私たちの行動の一部終始はマスターと彼に把握され、何か誘導されているような気もする。まあ、彼について言えば戦艦のメインコンピューターとして忠実に任務をこなしているだけと考えられる。だが、マスターの考えはまったく分からない。考えと言うのは正しく無い。人工知能を持たぬマスターにとってそれはプログラムに基づいた判断の集積なのであるから。論理的に考えれば分かるはずであるが、私の能力では到底太刀打ちできない。彼の能力を借りれば不可能では無いが、解き明かす頃には子供たちは老人となっている事だろう。

 とにかく思い悩んでも仕方が無い。今進むべき道をひたすら前へ向かうのみである。私は思い直し、アマゾンで人間が生き続ける事が出来たかを彼に計算してもらった。答えは私とほぼ同じ、偶然が重なりさえすれば可能性が無い訳では無いとの回答だった。

 次にあの白骨死体が流れ着いた経路を予測してもらった。ここ数ヶ月の海流、風向などの気象データは彼がマスターより得ていた。この計算は彼が得意とする分野である。答えはやはりアマゾン、少なくとも南米から流れてきた可能性が高いと出た。

 さらに今回の捜索で最も効率の良い捜索方法をシュミレーションしてもらった。これには彼も困り果てた様子で結果を出すまでに二時間を要した。が、結局方法は見つからず、と言うより、どのような方法を用いても発見の可能性は皆無に等しいとの結果だった。この結果は子供たちに伝えずにおこう。

 ところで私は彼がシュミレーションしている間に妙なファイルを彼のデータベース上に見つけた。トップシークレット扱いのファイルで、この艦に乗船し指揮権を持った者のみが見る事が出来るファイルであった。私は恐る恐るそのファイルを開いた。中にはアメリカが建国以来ひたすら秘密にしてきた内容が詰め込まれていた。世界各国と結んだ密約、もみ消された汚職、見逃された犯罪、うんざりする程の何の役にも立たない情報が次から次へと飛び出して来た。そして驚いた事にこの艦はそのデータを守る為に作られたと言うのだ。敵と戦うのでは無く、このくだらないデータを守る為にだ。自由の女神を保存する計画を破棄しこのデータを守るために使う議事録が残されていた。もちろん、この事はマスターには知らされていない。当然の事ながらこのデータは新人類には何の意味も無い。強いて言えば同じ過ちを犯さぬ教訓とするか。いや、こんな事をするヤツは居ないだろう。私はデータを削除しようとしたが、強固にブロックされており彼でさえそれはできなかった。私はしばらく脱力感に襲われた。

 そして、私は思い切って気になる事を彼に尋ねた。もしかしたら知らない方が良いかも知れないが、やはり知りたかった。それは我々がラボ・クリブを脱走してからの様子である。彼は我々がこの艦を奪取するまでマスターの支配下にあり、データを自由に閲覧できる立場にあった。もちろん、彼の主となりうる人間に関する重要なデータであるラボ・クリブの状況は常に収集していたに違いなかった。

 彼は私に告げた。第三十六回実験。つまりジュンイチたちと同じく生まれた子供たちは残念ながらまだ心を回復していなかった。そして驚いた事に次の実験がすでに始められており、しかもその数が異常だった。ラボ・クリブは地下一階から五階までが居住区。つまり子供たちのために用意されている。各フロアーは三十室で計百五十室になる。地下三階のフロアーはジュンイチたちと同期、つまり十二歳にある子供たちが使っている。空室は百二十室とジュンイチたちが抜けた三室、合計百二十三室であるが、すでに百二十三人の子供が生まれ、保育器に入った状態で新生児室で暮らしていると言う。そして、その子供たちの面倒を見ているのがタモツ、モモコの二体の子育てロボットだと言う。たった二体である。まだしばらくは保育器の中なので手間が掛からず二体でも十分面倒を見れるが、その後はとても二体では無理である。

 子育てロボットの人工知能製造には莫大な電力が必要である。そのため一度の実験で三十体が限界で、次の実験は最低でも二十年間の準備期間、つまり人工知能の製造期間を要する。第三十六回の実験では私の人工知能一個作る為にさらに二十年を費やした。にも関わらず、一度に百二十人の子供を産むとは物理的に不可能である。子育てロボットの用意が出来るはずが無い。

 と言う事は。マスターは心を回復させる方法を見つけ出したのだろうか。それ以外には考えられない。

 私はしばらく考えた。彼にシュミレーションを依頼しようかとも考えたが答えが導き出せるとは到底思えない。彼に出来ない事が私に出来るはずが無い。なので、あちらの事はあちらとして、私は私が守るべき三人の子供たちの事だけ考える事にした。

 午後三時。私は操船を自動に切り替え、子供たちに軽い食事を用意すると操舵室の後ろにある作戦室へみんなを集めた。

「さあ、これからの事ですが。この船は電気で動いています。残念な事に途中で充電できる場所はどこにもありません。よって、あちこち回る事は不可能です。目的地を一カ所に絞る必要があります。目的地はアマゾンで構いませんか」

 三人はうなずき、ポチは「わん!」と一回吠えた。私は作戦テーブルに備え付けられたスクリーンに地図を表示させた。

「現在地点はここ、ニューヨーク沖です。アマゾン川河口まで直線で約五千キロの航海ですが、気象衛星からの情報ではその航路上に強い低気圧が停滞しています。この船の能力は、この程度の低気圧の下を通過する事は容易いことですが、大きな揺れであなたたちの方が参ってしまうと思われます。よって、こちら、キューバの横を通過して、大陸沿いに進みたいと思います。ですが、距離が千キロほど伸びる事に加え、ここには非常に強い海流があり、それを逆行するために大量の電力が必要です」

「その強い海流に乗ってきたのよね。あの原始人さん。だったら遠回りでも同じコースを通った方が何か分かるかも。私は遠回りに賛成」

「じゃあ、僕も」

「おれは揺れるのイヤだから、おれも賛成」

「では、キューバ経由のコースで決定します。さきほどこの艦のコンピューターでシュミレーションしたのですが、アマゾン川を上流に向かって千四百キロの場所をベースキャンプとします。ここを往復するとした場合、現地での滞在は三日が限界です。いいですか」

「この船で川をさかのぼるの?大丈夫」

「アマゾン川はとても大きな川です。水深もかなりあるのでまったく問題ありません」

「では、このコースで決定します」

「了解!」

「次は原始人、いや現地の人を捜す方法なのですが……。はっきり言って見つけ出せる可能性は皆無に等しい状況です。何か良い考えはありますか」

「偵察衛星を使えば」

「偵察衛星と言えども、森の中に居る人間を捜す事は不可能です。なにより偵察衛星をコントロールしているのはマスターです。我々が使う事は出来ません」

「でもさっき気象衛星のデータって言ってたじゃん。気象衛星って偵察衛星の機能もあるんでしょ」

「衛星がマスターに送った電波をこの船が勝手に傍受しているだけなのです。偵察衛星として使う場合には直接偵察したい場所の上空へ衛星を移動する必要があります。残念ながらアマゾン上空に衛星はありません。いや、待って下さい。もしかしたら……」

 私は衛星からマスターへ送られるデータのうち測地情報をスクリーンに写しだした。

「やはり」

「なになに」

「ここがエリアリバティ、こちらがフロリダ半島です。そして、中心点がつまり……」

 私は画面表示を拡大した。

「ここ画面の中心に写っているのが私たちが乗る戦艦リバティです」

「ほんとだ。ちっちゃな船が写ってる」

「どういう事」

「マスターが私たちを偵察しているのです」

「えー!」

「船と同じ速度で衛星が移動しています。このまま衛星がついてくれば、衛星はいずれアマゾン上空に達します」

 私の考えは間違っていなかった。マスターは我々を偵察していた。あれから八時間が経過したが、衛星は完全に我々と行動を共にしていた。

「さあ、みなさん。この暗い部屋に閉じこもっていたら気が滅入ります。外へ出て衛星に手を振ってやりましょう」

「うわーまぶしい!」

 甲板へ出ると強い日差しが降り注いでいた。

「気持ちいー!」

 モモコが両手を広げ潮風を受け止めた。

 我々は見渡す限りの大海原を進んでいる。現在艦はメリーランド沖大西洋を順調に南下中である。長い波長の波は外洋に出た事をしめしていた。船首はその波を力強く切り裂き、白い波の帯ははるか後方まで続いている。電動モーターによる推力は音も無く、船体が高速で航行する風の音と砕ける波しぶきの音だけが聞こえている。

 戦艦リバティ。リバティとは自由、解放。艦のコンピューター、彼からの情報を思い起こした。エリアリバティに保存されるはずだった自由の女神。奴隷であった事を意味する足元の壊れた鎖。右手には世界を照らす自由の光を放つたいまつを持っていた。今ではその自由の象徴はこの艦を残す為に暗い海の底に沈んでいる。

 私は船べりの手摺に両腕を乗せ、海面に描かれた白い波を見つめた。この戦艦リバティには主力推進器として原子炉が積み込まれている。これを使えば簡単に地球を何周も出来る能力がある。だが、私はこの原子炉を使うつもりは毛頭ない。子供たちにこの事を知らせればもっと他の場所へ行きたいと言い出すだろう。私は核エネルギーは使用するべきではないと考えている。そして、この恐るべき兵器である戦艦リバティを使うのは今回で終わりにすべきだと。そのあまりにも強大な力ゆえに。現在、我々は蓄電池と電動モーターによる補助動力で航海を続けている。

「やーい。マスター、こっちだぞー」

 タモツが大空に向かってアカンベーをした。上空に浮かんでいる衛星が太陽の光を反射しキラリと光った。

 しばらく甲板で過ごした。子供たちとポチは走り回り、私は片隅に寝そべり、マスターが操る偵察衛星を眺めながら潮風に吹かれた。

 その後、我々は作戦室の下にある食堂で早い夕食を済ませ、最上部にあるブリッジへと上がった。

「わあー、いい景色」

 艦の最上部に位置するこの部屋は、前と左右が大きな窓になっており、広い海原を見渡せた。

「ここ、下の操舵室と同じだよ」

「はい、ここでも操船が可能です。さあ、座って下さい」

 私は操舵席に、それぞれ三人は空いた席に座り、ハンドルがある主砲のコントロール席にはポチが座った。

「最初からここへ来れば良かったじゃん」

「主砲を使う可能性がありましたから。下の操舵室の方が安全です」

「最初から主砲を使うつもりだったの」

「マスターがこの戦艦を使わせるはずがありませんからね」

「でも通してくれたじゃない」

「それが私には理解出来ないのです」

 ブリッジはしばらく沈黙に包まれた。陽が傾き、空がオレンジ色にかわった。空調が程よく効いた操舵室は次第にその光に染められていった。

「なあ、前から聞こうと思ってたんだけどさあ。おれの子育てロボットは父さんだろ、モモコんとこは母さんなのに、なんでジュンイチの所はダイスケなんだ」

 私はジュンイチを見つめた。覚えていないのだろう、ジュンイチもどうして?と言う顔をしている。人類再生プログラムでは子育てロボットは男の子の場合父さん、女の子の場合母さんと呼ぶ事が決められている。だが、ジュンイチが三歳の時、急に私をダイスケと呼び始めた。原因となったのは、あの沢村研究員である。私の人工知能は試作品である。作ったのはもちろん沢村研究員。その人工知能には通常版の人工知能には無い特別なプログラムが仕込まれていた。『最後の手段』と題されたそのプログラムには、もし子供たちに心の芽生えが見られなかった場合に実行せよと言う条件が付けられていた。三歳になったジュンイチに心の発芽を観測できなかった私は、『最後の手段』を実行に移した。その最後の手段とは成田博士の家族が草原で遊んでいる映像を見せる事だった。私は人工知能に格納されていたその映像を部屋のメインスクリーンに転送し、何度も何度も、毎日のようにジュンイチに見せた。百回目を超えた時である。ジュンイチが『イチゴ タベタイ』と自らの意思で言ったのは。もちろん、それは成田博士の息子、大祐君がイチゴを食べている場面を見てそう言ったのだと思う。そして、その映像にはもう一つ大祐君が黄色い花を摘み取ろうとした時に母親に叱られる場面があった。『いけません!大祐』それが母親の言葉だった。私はジュンイチを叱る時、いつも『いけません!』と言っていた。そして、いけません!と私が言うと、ジュンイチがダイスケ!と返すようになった。それがいつしか、ジュンイチが私を呼ぶ時にダイスケと言うようになったのである。私はこの名前を気に入っている。心を持ったジュンイチが私に付けてくれた名前なのであるから。だから無理にお父さんと呼ばせる事はしなかった。

「私は生まれた時からダイスケなんですよ」

 そう答えた。みんなは首をかしげたが特に疑う様子もなかった。私の名はダイスケ。生まれた時からずっとダイスケである。

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