1、漂流者
成田博士の研究室で新人類に送るメッセージを見た三人の子供たちは、希望の丘の上に建つ僕らの家へ帰ってきてから驚くほど働くようになった。自分たちのDNAのルーツを知り、少しは考え方が変わったのだろう。
マスターが無作為抽出をやめ作為的にDNA登録リストの順番通りに選んだ結果、ジュンイチ、タモツ、モモコが生まれた。そして、そのDNA登録リストには、成田博士、沢村研究員、西田研究員の三人のデータがその順番に並んでいた。彼らは人類再生プログラムの担当者であるから、まず手始めに自分たちのデータを登録したのは当然の事である。もちろん、私はこの事実を知っていた。そして、三人の子供たちにそれを伝える時期が来たと判断した。だが、私の口から伝えるより、実際に日本へ行き、成田博士から新人類に送る映像メッセージを見せた方が良いと考えたのである。子供たちに話したように私には映像メッセージの内容は知らされていなかった。だが、映像メッセージに成田博士たちが登場し、その名を名乗る事は容易に想像できる。DNA的に子供たちは完全なコピーであり、マスターからはDNA提供者の名前がそのまま与えられている。映像に映った顔と名前、それを自分の物と比べれば、何を意味するかは子供でも十分に察する事が出来る、そう考えたのである。
だが、一つ、私にはどうしても解明せねばならぬ問題が残されている。何故、三人の子供たちだけに心が宿ったかと言う事だ。それを解明しない限り、この地球上に三人だけと言う状態が続くのだ。もちろん、三人のDNA提供者が人類再生プログラムの担当者だった事とは無関係である。私はあれ以来、成田博士のコンピューターに残されていたファイルについて思いを巡らせる毎日である。
一方、僕らの家での生活は子供たちの働きで次第に快適なものになっていた。畑も大きくなり、小さな池を作って魚も飼い始めた。マスターに抹殺されるという可能性はほぼ無くなっていた。おそらく我々は完全に見捨てられたのだろう。たまにエリアリバティにおじゃまして必要な道具をエレメントで作ったり、ベッドやテーブルなどの備品を拝借しているが何のおとがめもない。
季節は夏。僕らの家の周囲の森もいっそう緑を濃くし、青い空から降り注ぐ夏の強い陽射しがその葉の隙間を通り抜け、薄暗い地面を所々明るく照らしている。
今日は海まで魚と貝、それに海藻を採取に向かう予定になっている。魚や貝などは一度採取してスキャンすれば、あとは何度でもエレメントで再生できる。だが、タモツがそれを一切受け入れないのである。頑として自然から獲った物にこだわるのである。よってその度ごとに採取へ出かける必要がある。これは電力の無駄な消費だと説明してもまったく聞き入れない。そもそもタモツはこの人類再生プログラム機械設計担当の沢村研究員のDNAデータを百パーセント受け継いだ完全コピー体である。ならば、機械によって作られる物には抵抗が無いように思うが何故か自然の物にこだわるのである。不思議なものである。まあ、そのこだわりも食べ物に関してのみのようではあるが。
採取旅行のため、朝からモモコは弁当を作り、ジュンイチとタモツは道具をスカイクルーザーに積み込んでいる。私はやる事も無く家の前に椅子を持ち出して、そこに座って子供たちの準備の様子を眺めている。もう私が指示する必要も無く、すべて自分たちで計画実行するようになった。頼もしい事でもあり、寂しくも感じる。
「ダイスケ、行くよ。早く乗って」
私はそう言うジュンイチに手を振り、ゆっくりとスカイクルーザーへと向かった。その私を大きくなったポチが追い抜き、入口から先に中へ飛び乗った。日本へ行った時、留守番をさせられたからだろう。私たちがスカイクルーザーに乗り込むと、置いて行かれてはなるまいとばかりに猛ダッシュで飛び乗るようになった。中に入るといつも私が座っている操縦席にはタモツが、その横にはジュンイチが座っていた。仕方なく私は後部座席のモモコの隣に座った。最後尾の荷物棚の一番下がポチの定位置である。
スカイクルーザーは希望の丘を飛び立った。今日はいつものエリアリバティ近くの波静かな湾の中ではなく、外洋に面したロングアイランド島まで足を伸ばす事にしていた。
希望の丘の頂上付近に建つ僕らの家がみるみる小さくなり、前方には緑の大草原が広がっている。その先には青い海が。
「おや」
私は子供たちに聞こえるように言った。普段ならこのぐらいの高度で水平飛行に移り一直線で海へ向かうのだが。
「オートパイロットの設定は大丈夫ですか?少し高度が高いようですが」
「大丈夫、大丈夫。心配するなよ。大船に乗ったつもりで」
答えたのはタモツだった。私はシートベルトを外し後部座席から身を乗り出して操縦席のパネルを見ると案の定オートパイロットがオフになっている。つまり、今、このスカイクルーザーはタモツにより操縦されているのだ。セーフティ機能は有効になっているので
良しとしようか。このセーフティ機能があれば、機が危険な状態になった時に自動的にオートパイロットに切り替わるのだ。
「操縦はどういやって覚えてんですか」
「タモツ君がね。ラボ・クリブに居るときやってたゲームと同じなんだって、この飛行機」
答えたのはモモコだった。
「仕方無いですねえ」
いずれ、子供たちにも操縦が出来るように訓練しようと考えていたので、少し早いような気がするが許可する事にした。私はまた後部座席に座った。それと同時に腕から通信ケーブルを引き出し座席横のコネクタへ接続した。本来、後部座席の乗客、この機の特徴から考え所有者もしくはVIPだろう。その乗客が自分のパソコンを接続し地上とデータ通信を行うものだが、私はここからこのスカイクルーザーのコンピュータへ直接進入し、いつでも制御できるようにした。
「うわーすごいや」
ジュンイチは窓の顔を押し付け外の景色を見て言った。眼下には見渡す限りの緑の大地、そして真っ青な雄大な海が見えた。
「ほんとすごい」
モモコも同じように窓に貼りついている。
この高さからの景色は日本へ向かったシャトルの窓からも見えたはずだが、先行弾の渦が作り出す霧で見る事が出来なかった。と言うより発射の衝撃でそれどころでは無かったのだろう。だが、このスカイクルーザーは垂直離着陸可能な電動プロペラ機である。揺れもほとんど無く、僕らの家の庭からまっすぐに上昇を続けている。
「あまり上がり過ぎると空気が薄くなって、電力使用量が一気に増えますよ。このスカイクルーザーはプロペラ機ですからね。ゲームとは違うんですよ」
「分かってるよ」
タモツがそう言い終わる前に警告音がなった。
「コウドヲ サゲテクダサイ」
「はいはい、分かりましたよ」
タモツはそう言ったかと思うと、主原動機、つまりプロペラのモーターをオフにした。
「何をやってるんですか!」
私はそう言いいながら操縦をタモツから剥奪しようそう考えた時、ジュンイチが私の方を振り返り、親指を立て、OKサインをして見せた。
「ジュンイチくんも上手なんですって」
それを見たモモコが笑顔で言った。
上昇する力を無くしたスカイクルーザーは、今度は大地に引き寄せられるように下降を始めた。タモツが機首を一気に下げると空気抵抗が減少した機体は下降速度はどんどん増し、機内はまるで無重力状態となった。
「キャー」
三人はそれぞれ歓喜の声を上げ、最後部の荷物棚のポチは両足を踏ん張って耐えている。
私は。私は宙に浮かんでしまった。先ほど操縦席を覗き込んだときシートベルトを外し、締め忘れていた。座席とは通信ケーブル一本でつながっている状態である。
「モモコ、私の体を引っ張って」
そう叫んだ私などそっちのけでバンザイスタイルでこの急降下を楽しんでいる。その瞬間ケーブルがコネクタから外れ、私は完全に浮遊状態となった。当然この機の制御も出来ず、叫ぶより他にはなかった。
「タモツ!オートパイロットを入れて!」
「えっ何」
スカイクルーザーの室内は空気を切り裂く轟音に包まれている。ダメだ。頼りはセーフティ機能のみ。宙に浮き逆さまになった操縦席のパネルを見るとセーフティー機能のランプは安全を示す緑のままだ。これで安全なのか壊れているのかこのポンコツ。心の叫びが通じたのか。
「ソクドヲ オトシテ クダサイ」
警告のアナウンスが流れた。警告だけかあ!私は心の中でまた叫んだ。
まもなく地表面と言うところでタモツは一気に機首を上げた。途端、私は自分の座席に叩きつけられた。
「ダメだぜ。ダイスケ。乗り物に乗るときはシートベルトしないと」
後部座席を振り向きながらそう言うタモツに、もう二度とタモツには操縦させない。私はそう誓った。
速度が通常に戻ったところで、操縦がジュンイチに変わった。私はシートベルトをしっかりと締め、再びケーブルをコネクタに接続すると同時に、パイロットとなったジュンイチの後頭部を睨みつけた。ジュンイチは一度ぶるっと身震いすると普通に操縦を続けた。
私たちを乗せたスカイクルーザーはアッパーニューヨークベイを飛び越えロングアイランド島の南、大西洋に面した砂浜に着陸した。
透き通るような海の上には真っ青な空。そこから明るく強い日差しが降り注いでいる。夏の海、視界の限り続く広々とした大西洋からの波が白い砂浜へ打ち寄せていた。三人の子供たちは我先にその海へと飛び込んだ。おそらく博物館のデータベースから合成データをダウンロードし、エリアリバティのエレメントで作ったのであろうカラフルな水着を躍らせている。
私はスカイクルーザーの横に出来た日陰に寝そべり、空を眺めた。相変わらずマスターの操る人工衛星が浮かんでいたがもう気にする事もなかった。ご苦労様な事だ。私はそう思った。私は頭上の衛星に、ふん、と鼻笑いをして見せた。
私は思考回路をスリープに切り替えた。ロボットは寝る必要は無い。だが、スリープモードの方が電力を節約できる。僕らの家には途絶える事無く電力が供給されているのでいつでも充電可能である。だが、必要が無い今、マスターの人工衛星のように無駄に電力を消費する事はない。私はゆっくりと眠りについた。
ポチの大きく吠える声にスリープモードが自動解除された。
「うおー!」
久しぶりのタモツの吠える声に私は飛び起き、声がする方へと走った。
そこにはすでにジュンイチ、モモコが到着していた。
「何これ!」
「死体?人間?」
浜辺には原始的な丸木舟が打ち上げられており、その中には白骨化した人間の死体が横たわっていた。
「人間、しかも成人ですね。骨格から見て性別は男性。背は余り高くありませんが、がっちりとした体格だったようです」
私は骨格からそう判断した。
「首の所になんかあるぞ」
「大昔の原始人が使っていた首飾りに似てる」
「でも……」
ジュンイチが首をかしげながら何かを言おうとした。
「何ですか、ジュンイチ」
「人間でしょ、これって。何千年も前の死体かなあ」
ジュンイチの疑問はまったくであった。死後数ヶ月。現在の気温から考えると、もっと新しい物かもしれない。これはまさしくジュンイチたち以外に人間が存在すると言う明らかな証拠だった。
「どこから来たんだろう」
「きっと遠くから流されて来たんだよ」
「遠くってどこ」
「そうですねえ、この浜の沖には北の方から流れてくるラブラドル海流と南から流れているメキシコ湾流があります。この白骨化した死体には腰の部分にわずかな布の痕跡があるだけで衣服を着ていた様子がありません。この人物が亡くなったのは数ヶ月前と考えられます。北のほうから流れてきたとすると、時期的に考えて、この格好で海へ出るとは考えにくいと思います。やはり南の方、つまりメキシコ湾流に乗ってやって来たと考えるのが順当ではないでしょうか」
「じゃあメキシコか」
「いいえ。それは無いと思います。メキシコなら詳しいデータがあります。人間が生き残っている可能性はほとんどありません」
「メキシコ湾流って他にはどこを流れているの」
「南米、ちょうどアマゾン川の河口付近から……」
「アマゾン!私、聞いた事ある。アマゾンに原始生活をしている人たちが居るって」
「それ疑似体験装置の中の話だろ。なんとか探検隊ってテレビ番組の」
「いいえ、アマゾンなら可能性が無いわけではありません」
私は一つの仮説を打ち立てた。
「アマゾン。すなわちアマゾン川流域の事ですが、この地域はブラジルの一部です。ブラジルの都市部についてはデータが残っています。もちろん人間が生き残っている可能性は皆無です。しかし、アマゾン川流域がどのような状況だったかまったく不明です。人類が危機的状況にある時に、わざわざ未開の地に分け入って、何処に住んでいるか分からない小数民族の安否など調べる余裕などありませんでしたから。それと、人類が地下に潜った原因である地上の荒廃は、主に温暖化による大干ばつとオゾン層破壊による有害紫外線の照射が原因でした。アマゾン川はアンデス山脈の万年雪と氷河をその源流としています。数百年続いた異常気象ですが、それですべての氷河などが溶けてしまったとは言い切れません。また、アマゾン周辺は元々雨量の多い場所ですからそれが激減したとしても若干の雨が降った可能性があります。雨さえ降れば木々が育ち、その木々が有害紫外線を防いでくれる。また都会で暮らしていた人々はそれだけでは食料を得る事が出来ませんが、元々自然の中から食料を得るすべを知っていた人たちなら可能性はゼロではありません。それと、人類滅亡の前、まだ環境破壊が起きる前にこれと同じような丸木船が南アメリカの各地で使われていたと言う記録があります。もちろんこれは、白骨化した死体を現実に目の前にしたから言える事です。これが無くデータだけを解析すれば、とても人間が生き残れる環境ではないと結論しなければならないような状況ですが」
「もし、そうだとして、謎の病気は。この人たちは病気にならなかったの」
「そう考えざるをえませんね」
私は成田博士のコンピューターで見つけたファイルの事を思い出した。そのファイルには謎の病気に対する成田博士の考えが詳しく記されていた。まさしくこれが成田博士の考えが間違っていない証拠であると私は確信した。
「さあ、面白くなってきたぞ。どうする、みんな」
タモツがそう言うと、三人は顔を見合わせ大きく叫んだ。
「行くしかないでしょ! アマゾンへ」
私の思考回路はこの白骨死体を一瞬見た時からこの結果を瞬時に想定していた。子供たちの好奇心を妨げるべきではない。人類のために。そして地球上に三人以外に仲間が居る事を見せてやりたい。私はそう思った。しかし、それには大きな問題が残されていた。
「なに黙ってるのダイスケ。どう、行ってもいいでしょう」
私は三人の目の輝きを美しいと思った。
「行くしかないでしょ!」
私がそう言うと三人の歓声が遠くまで響いた。
「でも、おれ、シャトルに乗るのいやだなあ」
タモツがポツンと呟いた。
「シャトルではアマゾンへ行けません。受け止めてくれる発射管がありません。もちろんスカイクルーザーも航続距離が足りませんし、途中充電ができる場所もありません」
「じゃあどうやって行けば」
「方法は一つだけ。船を使います」
「船?船なんかあったっけ」
また三人は顔を見つめあい叫んだ。
「戦艦リバティ!」
「ただ問題があります。スカイクルーザーならともかく、兵器で完全武装した戦艦をマスターが見逃すとは思えません」
「またマスターかよ!」
「じゃあどうするの」
「やるしかないでしょ。なるようになるさ、です」
私はそう言ったが、マスターが許可しない事は間違いない。逆に今まで自由に、と言うより見捨てられていたのが行動に制限を受ける危険性はあったがこの白骨死体を見て何もしない訳には行かなかった。
私たちは魚の捕獲を中止し、浜辺からちょっと離れた場所に白骨死体のお墓を作り手厚く葬った。モモコが首飾りを家族に返したいと言うので、それだけは持ち帰ることにした。出発は三日後と決め、早めに切り上げた。
帰りはモモコがスカイクルーザーを操縦するのかと思ったが、三人はアマゾン行き計画に夢中で結局スカイクルーザーはオートパイロットで僕らの家へ向かった。




