7、計画始動
人類再生プログラムの準備再開から数ヶ月、成田研究室は慌しい日々が続き、沢村と西田の言い争いも続いていた。そして、今日いよいよマスターに対し、人類再生プログラムの実行を指示する日がやってきた。
「どうだい見ろよ。俺の作った子育てロボットは。量産型サンプル機だぜ。この精悍な姿。何処から見ても惚れ惚れするぜ」
「どっか変わったの。相変わらずブサイクだけど」
「ブサイクって。まあいいや。外観は変わってません!中身が変わったの」
「ふうーん」
「何だよ、その気の無い返事。お前が電気使うと怒るから省エネ設計に変更したんだぞ。人工知能の製作に必要な電力も約半分。その代わりちょっと機能を削ったけど。それと実際に使用する時の消費電力も大幅削減。一回の充電で六ケ月は使えるぜ」
「機能削って大丈夫なの。新人類の親になるロボットよ」
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら新型があるから」
「新型ってあの三桁違いの大飯ぐらいの事じゃないわよね。あれ、絶対作りませんから」
「やっぱな。まあこの量産機でもぜんぜん問題ないぜ。バッチリだぜ。なあ」
「ハイ、ワタシニ オマカセ ヲ」
沢村の呼びかけに量産型サンプル機が答えた。
「喋るといっそう気持ち悪いわね」
「心配するなよ。人工知能が学習してどんどん賢くなるから。もちろん、そのデータは次の世代に受け継がれる。ここがミソ」
「なんか先生があの偏屈ジジから聞いてきた話に似てるわね」
「バレタか」
「ところで例の装置は完成したの」
「ああ、あのダイエットマシーンね。あっちもバッチリだぜ。ヘッドギヤは無くして液体から直接脳へ信号を送れるようにしておいたから。そうだな幼稚園に行くくらいになったらもう使えると思うぜ。それにマスターとの相性もばっちりだぜ。試しにやってみたけどそりゃもう最高。現実とまったく区別が出来なくてさあ」
「自慢話はいいわ。まあ出来たならよかった」
「機嫌悪いなあ。お前、今日は変だぞ」
「別に」
「別にって。俺何か悪い事したか」
「だから別にって言ってるじゃないの。ところであっちの方はどうなのよ」
「あっちって何だよ」
「あれよ。人間の心の方。機械じゃなくて」
「まあ、一応対応しておいたけど」
「一応って何よ。あんたのロボットにどれだけ電力使ってるか分かっているわよね。その分はちゃんと働いてもらわないと」
「量産型はプログラムがいっぱいでもう入らなかったから、心の対応は新型の方へ」
「新型って。もしかしてあの超大飯ぐらいの事!」
「だってデータ残しとけて言っただろ」
「もう、あれは作らないって。ああ、もういいわ。あんたなんかに期待してないから。少しはなんとかしてくれると思った私がバカでした」
「ほんとにもう。今日はどうかしてるぜ。おまえ」
「遅くなりました。それでは始めましょうか」
研究室に遅れて成田博士が入って来た。
「沢村君、西田君。ご苦労様でした。ようやく人類再生プログラムの準備が整いました。ありがとう。先ほど、会議システムで全世界の指導者会議で準備の完了を報告して来ました。本日人類再生プログラムプログラムを始動の議決がなされました。予定通りこの後、マスターに対してプログラム実行命令を下します。ですがその前に君たちに白状しておかなければならない事があります」
「先生、改まってなんですか。白状だなんて」
「実はですねえ……。私がこの人類再生プログラムの責任者に選ばれた理由に、それ以前からこのプログラムを現実化するための研究を行っていた事がありました。これは君たちも承知の通りだと思います。それで、研究を始めるきっかけなんですが……。この前、霧島博士からの手紙に十六年前の実験の話がありました。そうエレメントを使って人間をコピーした実験です。私たちはその実験を神を冒涜する行為だと批判しました。しかし、私の心はその行為に惹かれていったのです。私は人間を作り出す研究に没頭しました。いずれ謎の病気に有効な薬が開発される。そうしたら研究をやめよう。そう考えていました。しかし、その機会は与えられず、謎の病気が拡大するにつれ、私の研究は現実の物となって行きました。霧島の手紙に『私は神になれなかった』と言う言葉がありました。これを読んで私は気が付きました。私も霧島と同じように神になりたかったのではないかと。ですが、今はそのような考えは微塵もありません。純粋に地球に生きた人類と言う生物の歴史を絶やさないために、この人類再生プログラムを成功させたいと思っています。その事を君たちに知っておいてもらいたいと思いまして……」
研究室に沈黙の時間が続いた。
「それともう一つ、やっておかなければならない事があります」
気を取り直したように博士は西田と沢村の顔をみつめた。
「人類再生プログラムの方は実際に再生実験が開始されるのは地球の環境が回復した後になります。その時、我々はこの地球上には居ません。すべてをマスターに託すしかありません。沢村君の子育てロボットのようには行きませんが、マスターのプログラムも出来るだけ心のこもった管理ができるようにプログラムしたつもりです。我々にもうやる事はありません」
「それじゃもう一つの問題と言うのは?」
西田が身を乗り出して尋ねた。
「そちらの方は大きな問題ではないのですが……。ウチの妻から言われたんですが、私が何とかしなければうまく行かないって言うんですよ」
「何ですか。俺に出来る事なら何でもやりますよ、先生」
「まあ、半分は君にやってもらう事になりますが」
「じゃあ、私は」
「もちろん、西田君にも。残り半分を」
「焦らさないで教えて下さい」
「先ほども言ったように、私がこのコンピューターからマスターへ実行命令を下すともうやる事はありません。本日でこの研究室は解散します。当然、三人ともエリア北海道へ引っ越す事になりますが、問題はその後の事です。まあ、こういうのは苦手で」
成田博士は椅子に座りなおし、咳払いをした。
「ええ、晴美からの伝言を伝えます。西田君へです。言いますよ。一度しか言いませんから良く聞いて下さい。『沢村君は、こういう事には鈍いのであなたの気持ちを絶対分かってないと思います。だからすべてあなたが決めてさっさと進めなさい』だそうです。分かりましたね。お二人とも。じゃあ、私の方もさっさと進めさせてもらいます」
成田博士はマスター制御専用のホットラインに向かってキーボードを叩いた。画面には次々とチェックOKの文字が並び、システムがスタンバイ状態となった。成田博士が最後のキーを押すとマスター起動の表示がなされた。
西暦二四五五年九月一日、人類再生プログラムが始動した。
この十八年後、最後の人類が息を引き取った。その死因は謎の病気では無く老衰であった。




