10、メッセージ
私たちはシャトルがある場所へスカイクルーザーを飛ばした。そこは昔ニューアーク国際空港があった場所の地下深くにある。スカイクルーザーを地下駐機場に下ろし、早速シャトルの乗り場へと向かった。
「ねえ、なんでこんな場所にあるの。もっとエリアリバティに近い場所に作ればよかったのに」
駐機場の横から乗り込んだエレベーターの中でジュンイチが言った。
「作られた時代が違うんですよ。このシャトルはまだ大勢人類が生きていた頃から移動手段として使われていました。エリアリバティが作られたのはそのずっと後の事です。なぜあの場所にエリアリバティが作られたかは分かりませんが」
「それにしてもこのエレベーターどこまで降りていくんだ。まさかシャトルって地下鉄か」
「地下千二百メートルまで下降します」
「千二百メートルだって」
「そうです。地下都市建設で地下掘削技術はかなり進歩していましたから、この程度は問題なかったようです。そろそろシャトル乗り場ですよ」
エレベーターのドアが開くと、線路が無い事とホームの長さが二十メートルほどであると言う事を除けば、まさしく西暦二千年の頃の地下鉄のホームであった。そのホームにはシルバーのボディにブルーのライン、前後が尖った全長二十メートルほどのシャトルが止まっていた。その形は非常に小さく短い新幹線のようであった。
「やっぱ地下鉄じゃん」
「これは地下鉄ではありません。強いて言えばロケットですね」
「ロケット!」
「さあ、乗ってみましょう」
前方のドアからシャトルに乗り込むと中央に通路を挟んで両側に一席づつ座席があり、それが五列並んでいる。定員は十名。一番前の左側にジュンイチ、右側に私が、二列目の左側にモモコ、右側にタモツが座った。
「わあー、これ気持ちいい」
フワフワの座席に子供たちは大喜びで飛び跳ねた。
「すごい。大金持ちになったみたいだ」
「そうです。当時このシャトルを利用していたのは政府の役人か大金持ちだけでした。一般の人が乗る事はほとんどありませんでしたから。まあ。あまり乗り心地は良くないそうですが」
「ねえ、これで本当に日本まで行けるの」
「保守システム対象ですから大丈夫だと思います」
「そうじゃなくて。このシャトルって翼もエンジンも何も無いよ」
ジュンイチが言うように翼もなければエンジンも無い。その上操縦席も何もない、まるで遊園地のあるような乗り物である。
「大丈夫です。ただ発射の時の衝撃が強いので気をつけてください」
「発射!」
「そうです。発射です。当時エネルギーのほとんどは電力でしたが、エレメントで大量の電力を使うため、どの国も電力が不足していました。そこでこのシャトルが開発されたのです」
「それは分かったけど、発射ってどういう意味」
「この空港の地下滑走路、実際は全長二十五キロメートルの発射管ですが。そこで電磁誘導を使ってこのシャトルを加速し、宇宙へ向かって発射するのです」
「宇宙!」
「そうです。宇宙を飛んでいる間は推力を必要としません。つまり電力を必要としません。そして大気圏へ再突入し、目的地に近づくと発射管へ電磁力によって誘導されます。ちょうど磁石が引き合うようにです。そして発射管に入ると運動エネルギーを電力に変換しながら減速停止します。それだけです。要はキャッチボールのボールに乗って遠くへ行くような乗り物です」
「ボールだって!」
「もう発射しますよ。シートベルトをしっかりしめてください。ああ、言うのを忘れてました。これに乗る前はトイレを済ませておいてください」
「もう遅いよ!」
タモツがそう言った瞬間、発射管に爆音がとどろいた。
「何、何、今の。このシャトルはまだ動いてないのに」
「先行弾が発射されました。こちらもすぐに発射です」
そう言った瞬間、シャトルは一気に加速を始め、私たちはシートにとてつもない力で押さえつけられた。シャトルは急激に加速され、二十五キロメートルの発射管を一気に駆け抜けると空中へと飛び出した。空気を引き裂くごう音にシャトルが包まれた。
「あうーー。外、真っ白で何も見えないー」
シートに押さえつけられたジュンイチが叫んだ。
「先行弾の渦の中を飛んでいるんですよ」
「うー、シッコチビルうー」
タモツがそううなった時、ごう音が消え、シャトルは大気圏を突き抜け宇宙に達した。その瞬間シャトルに大きな衝撃が伝わった。
「何、今の」
「先行弾と連結した衝撃です」
「先行弾って」
「大気圏には当たり前ですが空気があります。その空気抵抗に打ち勝ち宇宙に達する速度までシャトルを加速すると人間の体が持ちません。そこで先行弾をシャトルの何倍もの速度で先に打ち上げます。先行弾は高速で回転しながら進み、その軌跡に真空状態を作ります。シャトルはその中を進む事によって空気抵抗が減り、結果的に少ない加速で宇宙に達する事ができるのです。発射直後外が見えなかったのは先行弾が作り出した衝撃波により空気中の水分が水滴となり、霧状になった為。そして先ほどの衝撃は先行弾と連結、つまり先行弾を回収した衝撃です。先行弾は空気抵抗を受け、急速に減速しています。ちょうど大気圏を抜けた時、このシャトルとほぼ同じ速度となるように計算されて打ち上げられているのです」
「見て!見て!そんなつまらない話してる場合じゃないわよ」
モモコが興奮して言った。
「すごーい!」
「これが宇宙から見た地球です」
ジュンイチとモモコが座る左側の窓には青い海と緑に覆われた陸地が広がっている。
「こっちは何にも見えないぞ!」
そう叫ぶ、私とタモツの側の窓の外には暗黒の宇宙が広がっていた。
「シャトルが少し回転したようですね。先行弾が回転しているので、連結するとどうしてもシャトルも影響を受けるのでしょう」
「あっ体が浮くよ」
「すごい!」
「これが無重力状態です。しばらくの間、シートベルトを外しても良いですよ。私が合図した時はまた席についてシートベルトをしっかり締めてください。到着時も大きな衝撃がありますから」
ニューアーク国際空港から飛び立ったシャトルはカナダ、アラスカを飛び越え、シベリアから日本へ向かった。子供たちは無重力状態を満喫し、窓から見る地球の姿を堪能した。
夢のような時間はあっと言う間に終わった。
「大気圏に突入します。衝撃に備えてください」
「ねえダイスケ! ところで日本の何処に着くの」
発射の時とは逆の力を受けながらジュンイチが怒鳴った。
「長野です」
「東京じゃないの!」
「東京は地殻変動で海に沈みました。ほら」
窓の外にはちょうど関東平野の部分が海になっている光景が広がっていた。
「うおー!」
シャトルは激しく振動し、大きな音を立てながら急降下していった。真っ暗な発射管にすぽっと入るとシャトルの運動エネルギーは電気エネルギーに変換され、急激に減速するとともに蓄電装置へは電気エネルギーが蓄えられた。この蓄えられたエネルギーは次回発射の際に使用されるのだ。シャトルはホーム直前で機械的にブレーキがかけられ、予定の位置に到着した時には子供たちはみな真っ青な顔をしていた。
「どうでしたか、宇宙旅行は」
シャトルを降りた三人はだまって下を向いたままだった。
「さあ、行きましょう」
「行くってどこへ。何しに来たんだっけ?」
「成田博士の研究室ですよ。あっちです」
「分かるの? またカン?」
「いいえ。ほらあそこ。案内板が出ています。このエリア長野は小さな地下都市ですからすぐですよ」
空港から歩いて五分ほどで成田博士の研究室があった。研究室と言っても実験装置や研究のための設備は何も無く、数台のコンピューターが置かれているだけの小さな部屋だった。
「ここも保守システムに組み込まれてるの」
「もちろんですとも、なんと言っても人類再生プログラムの中核ですから」
「へえー」
「ほら、あのコンピューター。あれはマスターに命令を与えるコンピューターです。マスターよりさらに上位に設定されています。マスターはこのコンピューターからの命令を拒否する事はできません」
私は、部屋の片隅に置かれた机の上にホットラインと書かれた一台のコンピューターを差しそう言った。
「ぶっ壊しちゃおうぜ!このコンピューター!」
「このコンピューターを壊してもマスターはなんの影響も受けません。新しい命令を指示する事ができなくなるだけです。まあ、保守システムに組み込まれているのですぐに作業ロボットが飛んできて新しいパソコンに入れ替えてしまいますけどね」
「じゃあ、人類再生プログラムの中止命令を出そうぜ」
「いいんですか。中止命令を出した時点で作業ロボットの活動は停止し、保守作業が必要な機器装置が故障し始めます。電力供給系の故障でエレメントを使えず移動手段も奪われます。新たに人類は作られず、この地球上であなたたち三人で生きて行かなければならないんですよ」
「ダイスケがいるじゃん」
「電力の供給が止まったところで私は死にます」
三人は言葉を無くしてしまった。
「では、こちらのコンピューターを起動しましょう」
「待って!そんなことをしたらマスターにばれちゃうよ!」
「大丈夫です。このコンピューターは、マスターとは接続されていません。見つかる危険はありません。と言うよりはシャトルを動かしたので、マスターはすでに私たちがここへ来た事を知っています。さあ、成田博士からの画像メッセージはこの中に入っているはずです」
そう言いながら私は成田博士の机の上に置かれたコンピューターを起動し、成田博士の映像メッセージを再生した。
モニターに三人の白衣姿の男女が映し出された。このオリジナルデータはメッセージ収録の前の映像から始まっているようだ。場所はこの研究室であろう。三つの椅子が並べられ、中央には髪をボサボサにした男性、右側に座った女性は優しそうに笑っている。今、その女性がカメラに向かって手を軽く振った。左側には体格の良いヒゲを伸ばした男性が座っている。「先生、それでは始めましょう」ヒゲの男性がそう言うと、中央の男性が咳払いをして話が始まった。
『えー、えー皆さん、成人おめでとうございます。私たち三人はこの時が来た事を心から喜んでいます。あっ、それから私たちは日本語しか話せません。それ以外の言語を使っている方は申し訳ありませんが、それぞれの子育てロボットに翻訳してもらって下さい。えー、私は人類再生プログラム、責任者の成田純一です。そしてこちらが沢村保、こちらが西田桃子です。』
ジュンイチたちは口を大きく開け、お互いの顔を見あわせた。
この後、成田博士からこれまでの経緯が説明された。それは私がジュンイチたちに話した物と同じだった。
『それでは各担当から一言、じゃあ沢村君。えーみなさんこんにちは。みなさん、子育てロボットと仲良くやってますか。そのロボットを作った沢村です。できるだけ人間ぽくしたんだけどどうかな、優しく接してくれますか。これから皆さんが外の世界へ出たら、今よりきっと役に立つと思うよ。そうそう、これ。これをつけた子育てロボットは居るかな。これ、俺の自信作なんだけど。結果知りたかったなあ。残念ながら本物作る電力が無かったんでこれレプリカだけど。限りなく人間臭くなると思うよ。これつけたら』
沢村がポケットから取り出したユニットはまさしく私に搭載された試作品の人工知能のレプリカだった。「沢村さん、うまく動いていますよ。ちょっと暴走するみたいだけど」私は小さく呟いた。
『えー次は西田君。こんにちは西田です。皆さんがこれから地上で生活するための計画を立案したのが私です。みなさんのためにいろいろな物を残してあります。困った時には子育てロボットに相談して下さいね。きっと解決できる資材があると思います。それから皆さんが使う資源は、今生きている人類が皆さんの為に極限まで節約して残したものです。この事を忘れずに大切に使って下さいね。じゃあがんばって下さい。きっと明るい未来が待っていると思います』
『最後に私から一言。これから君たちが暮らす外界は豊かな自然に満ちあふれているでしょう。苦しい事や悲しい事もあると思います。ですが、人間として汗水流して働く事を忘れてはいけません。畑を耕し、家畜を育て恵みに感謝して生きる。仲間を大切に助け合って生きる。人は一人では生きて行けません。それが人間なのです。……。では幸運を』
映像データの再生が終わってもしばらく三人の子供たちは黙ったまま。私は成田博士のコンピューターに残された、あるファイルに心を奪われていた。




