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ダイスケ -人類再生を託された子育てロボットの生涯-  作者: 陰謀論爺(インボーロンジー)
第二章 絶滅
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1、アメリカからの荷物


 西暦二四五五年。世界のリーダーたちが人類再生プログラムを議決してから五年が経ち

人類絶滅が目の前に迫っていた。すでに全世界人口は千万人を下回っていた。

 人類絶滅まで残された時間を人々は未来に生まれてくる新人類の為に惜しみなく使った。もう自分たちが生き残れる可能性は無い。ただ一つ出来る事に心血を注いだのだ。

 オーストラリア大陸の地下深くに急ピッチで建設が進むスーパーコンピューター『マスター』そのデータベースとなる電子ライブラリーの仮稼動が始まると人々は文化、歴史、芸術、言語などありとあらゆる知的資料を電子化し、ライブラリーへと転送していた。また新人類の使用する資源の備蓄も進んでいた。もちろん地球を切り刻む事などはしない。自分たちの衣食を節約し、またその資産をエレメントにより元素単位に分解した。蓄えられた資源はオーストラリアの備蓄庫へ次々と輸送されていた。

 人類の希望を集めた人類再生プログラム。その中核となる成田博士の研究室はエリア長野と呼ばれる日本の古い地下居住区にあった。

 日本の人口が二万人を下回った時、各地に点在していた地下居住区は閉鎖され、気温が低く高度が高い北海道大雪山の山麓地下に建設されたエリア北海道にすべての日本人が収容された。エリア長野は成田博士の研究施設として運用が続けられていたのである。

 人類最後の希望である人類再生プログラムであったが、その任にあたっているのは成田博士、沢村研究員、西田研究員の三名だけであった。実際の建設作業などは世界各国より提供された四十二万余体の作業ロボットが昼夜兼行であたっている。

「先生、聞いて下さいよ。またアメリカからこんなメールが入ったんですよ。例の自由の女神をエリアリバティに保存するって話があったでしょ。ようやく遣り繰りして場所を確保したのに、今度は女神はやめにして別のものを保存したいって言うんですよ。何だと思います。戦艦ですよ、戦艦!しかもすぐに出撃できるように海まで水路を付けろですって。もう頭きちゃう」

 コーディネーターを勤める西田桃子がツバを飛ばしながら成田博士に詰め寄った。

「ほう、アメリカさんらしいですね。お国柄でしょ。うーん。それで場所は確保できそうですか」

 成田博士はいつもと変わらぬ温厚な笑顔で答えた。

「あっ、はい。容積はかなり大きくなるんですが縦型から横型になるんで建設は楽になると思います。それと、運搬も水路を使えば、自由の女神を運ぶより簡単かと。自由の女神の運搬を考えて、避難施設を海辺のリバティ公園の地下に建設したのが幸いして水路も短くて済みそうです」

「で、資材のほうは」

「すべてアメリカ負担と言ってます」

「うーん。ではいいでしょう。こちらとしては、自由の女神でも、戦艦でもどちらでも影響はありませんから」

「でも先生、新人類に戦艦は必要でしょうか」

「必要かどうかは分かりませんが、分解して資材として使うなら戦艦の方が女神より有効だと思いますよ。それに女神を分解するのは気が引けますからね」

「あっそうか。さすが先生。戦艦の方が金属元素が圧倒的に多いですもんね」

「今回の人類再生プログラムはアメリカの資力が無ければ成り立たなかった計画ですから少しは希望を聞いてあげましょう。エリアリバティも建設を始めたばかりですし。泣く子と地頭と言う事で」

「泣く子?」

「いや。古いことわざですよ。気にしないで下さい」

「いいなあ、戦艦かあ。俺も設計したいよ、デッカイの」

 成田博士と西田研究員のやり取りを横で聞いていた機械設計担当の沢村保が椅子に座った大きな体をぐるっと向きなおして言った。

「いいなって、戦艦よ戦艦。わかる、人殺しの道具よ」

 今度は沢村の言葉に憤った西田が騒ぎ始めた。

「でもさあ。俺、いつも小さな物ばっか設計してるだろ。子育てロボットとか。ほんとうはデカイの設計したかったんだよな。で、図面来てるのその戦艦の」

「来てるわよ」

「じゃあ、俺のパソコンに転送してくれよ」

「もう、設計屋たら平気で人殺しの道具作っちゃうんだから。はい、送ったわよ」

「おう、こりゃすげー。完全武装だぜ。主砲、対艦ミサイル、対空ミサイル、対潜兵器か、それにっと、操舵室が艦橋と艦央の二ヶ所、艦央の操舵室は脱出カプセルになってるなあ、しかも脱出後は小型潜水艇に変身か。こんなの設計できる技術者が居るならこっちを手伝って欲しいもんだぜ。おっ核装備、弾道ミサイル十二基搭載ときたか」

「核装備!聞いてないわよ!」

「ええっと。システムの方はっと。ううん。いやー。ええっ」

「何よ、えっ、とか、うんんとか」

「いやー、こりゃヤバイんじゃないの」

「ヤバイって何がよ。核装備よりヤバイものなんて無いんじゃないの」

「いやそう言う意味じゃなくて。完全独立型なんだよな、この戦艦」

「どういう事よ?」

「だからさあ。マスターとは無関係に動くって事だよ。しかも結構立派なコンピューターを搭載してるぜ。それに、ご丁寧にもマスターの制御遮断機能も付いてるぜ。マスターからの制御を一切受け付けない。つまりクーデターに持って来いって言う事さ」

「何それ!なんでそんな機能が付いてるの。人類のすべてをマスターに託すんじゃなかったの」

「マスターが敵の手に落ちた場合の機能だとさ」

「敵って誰よ」

「そりゃ悪いヤツだろ」

「悪いヤツって誰よ」

「しらねーよ、そんな事」

「先生! いいんですかこんな危ない物を後世に残して。私は絶対反対です」

「うーん。これは厄介な問題ですね。でもいいじゃないですか。一つくらい危ない物があっても」

「先生、そんな無責任な」

「新人類の未来は新人類の物です。この戦艦が無くても争いが起きれば武器が作られる可能性はいくらでもあります。エレメントがあるのですから。欲しいと思えばあっと言う間に作られることでしょう。過去の歴史を知った上でまた争いを繰り返すようなら人類は滅びるべきです。任せましょう、新人類に」

「ニモツ ガ トドイテ イマス」

 作業ロボットが一個の箱を抱えて研究室へやって来た。

「ほほう、荷物とは珍しいですねえ」

「荷物? 俺、荷物って見るの初めてだ」

 沢村がかけより大きな箱を受け取った。

「アメリカからですよ先生。いやー、それにしてもこりゃ重いなあ」

 この時代、連絡はメールで。品物を送りたい時はデータを添付して受け取り側のエレメントで再生するのが一般的だった。

「わざわざ荷物を送るんですからきっと貴重な物じゃないかしら。早くあけて見せてください先生」

「はいはい、そう焦らず。これは私の古い友人からですねえ。珍しいですねえ彼が私に荷物を送るなんて。大学時代からの友人なんですがねえ、今はアメリカの生物化学研究所の所長をやっているはずなんですが」

 西田に急かされながら成田博士は梱包を解いた。

「ほう、これはすごい」

「何ですかこれ」

「紙に書かれたレポートですよ。しかもすごい量ですね」

「これが紙?」

 西田と沢村は大量のレポートに目を丸くした。

「先生、なんで紙なんですか?大昔ならいざ知らず」

「彼の職場は国家レベルの極秘研究ばかりなんですよ。彼の研究は特にね。何の研究をやっているか私にも言いませんからね。彼は。まあ、私もそのへんの事情はわきまえているつもりですから、こちらから聞く事もしませんがね」

「先生、それと紙のレポートの関係は」

「鈍いなあ、お前は。データベースにしちゃったら、何かあった時にすぐに情報漏洩しちゃうだろ。だからわざわざ紙に書くの。手間かかっても」

 成田博士に代わって沢村が西田の疑問に答えた。

「ああ、まるほどお。だからメールじゃなくて直接荷物を送ったのね」

「そう言う事。それに、ほらあれ」

 沢村はこの荷物を持ってきた作業ロボットの方を見て言った。作業ロボットの後ろに別のロボットが二体立っていた。

「ああ、これは気が付かなかった。申し訳ない。確かに受け取りましたから」

 沢村の言葉で成田博士はその二体のロボットに受け取った事を告げた。

「何、あのロボット。見た事無いし、居るの気が付かなかった」

「アメリカの特殊警備ロボットだなあれは。俺も荷物を受け取る時に近寄ったから分かったけど。なんか特別なカモフラージュする機能がありそうだ」

「なんか昔のスパイ映画みたい。で、もしかしてこの荷物を警備しにわざわざアメリカから来たの?と言う事はもしかしてこの荷物トップシークレット」

「おそらく」

「キャーすごい。なんなのこの荷物。わくわくしちゃう」

「さあさあ二人とも。遊んでないで中身を確認するのを手伝ってください。アメリカ土産ならともかく、このレポートの山はどうみても仕事関係でしょうから」

 三人は箱の中身を机の上に並べ始めた。

「先生、こんな物が」

 西田は成田博士宛ての手紙を見つけ手渡した。

「一番底に入れておくとは彼らしいですね。どれどれ」

 成田博士はその手紙を読み始めると黙って椅子に座り込んでしまった。

「先生」

 しばらく様子を見ていた西田が心配して成田博士に声をかけた。

「ああ、すいません」

「どうかしましたか? なにか問題でも」

「いやあ、それが。困った事になりました」

 成田はその手紙を読んで聞かせた。


『親愛なる成田君へ 

 私はこの事実を伝えるべきか悩み抜いた。これが君たちに、いや人類再生プログラムに希望を託した全世界の人たちにどのような衝撃を与えるかを考えた。死を目の前にした人たちの夢を打ち砕く事が正義なのかと。だが私は科学者として真実から目を背ける訳にはいかなかった。決して隠していた訳ではない。信じて欲しい。最後の最後まで力を尽くしたつもりだ。だが私は神にはなれなかった。

 結論から話そう。エレメントでは心を持った人間を作り出す事は出来ない。

 君は十六年前のあの実験の噂を覚えているね。そう、エレメントを使って人間をそのままコピーする実験の事を。君も私もまだ学生だった。まことしやかに学内に伝わった噂話について二人で語り明かした。病気なんだから絶対に治す方法があるはずだ。人間をコピーするなんて神を冒涜する行為だ。科学者、医者の怠慢だと。

 皮肉じゃないか、今、君はその神を冒涜する行為の最高責任者だ。そして私は卒業後、生物化学研究所に赴任した。そう、そこがあの実験を行った研究所だ。実験は現実だった。十六年前の噂は現実だったのだ。あの時点で当時の科学者たちはそこまで追い詰められていたのだ。私は実験を引き継ぎ、今はそのリーダーとなっている。

 今の君はエレメントで人間を作り出す事を、神を冒涜する行為などと言わないだろう。私もそうだ。人類にとって最後で、そして唯一の生存への望み。私利私欲などではなく純粋に人間と言う生き物を未来に残そうと言うのだから。

 だが、これはやはり神を冒涜する行為なのかも知れない。

 今、私の研究所には三六九一人の心を持たぬ人間が暮らしている。そしてこの研究所で行われた実験は三六九一回。つまり百パーセントの確率で心を持った人間を再生する事は出来なかった。ありとあらゆるDNAデータを使い、もちろん卵細胞レベルからも、可能な限りを尽くした結果だ。

 君は大人の人体をそのままエレメントでコピーしたのでは心を持った人間は再生出来ないとアメリカ政府から聞かされているはずだ。そして、卵細胞レベルからなら再生が可能だと。これは私の研究所が初期にアメリカ政府に報告した内容だ。君はこの報告に基づいて人類再生プログラムを進めている事と思う。だが、私の研究所からはその後一切アメリカ政府へは報告を上げていない。報告する事が出来なかったのだ。

 私はこの現実を心の中に仕舞いこんで人類絶滅を迎えようかとも思った。所詮結果は同じなのだから。だが私は科学者だ。この現実を君にだけ伝えようと決めた。科学者として尊敬する君に。

 重責を押し付けるようなまねをして本当に申し訳なく思う。だがこれが現実だ。工学博士の君に打つ手が無い事もわかっている。人類再生プログラムの責任者としての君にすべてを託す。公表するもよし、このまま計画を進めるもよし、君の決断に従う。もちろん私も最後の時まで全力を尽くす。

 検討を祈る    古き友より』


 成田博士の研究室は沈黙に包まれた。


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