第9話 妨害してやるわ!
ドミナ・ディ・カシアという名前を、シルフィから聞いたのは朝の報告の中だった。
「セヴェロ様の側近、ドミナ・ディ・カシア様が、殿下に関する動きを始めております」
「どんな動き?」
「殿下の悪評を流す工作です。先週から複数の貴族に対して、殿下の政策判断に問題があるという情報を流し始めております」
私はトーストを置いた。
悪評。私の悪評を流す工作。
これは、好機だ!!
「……それは」
「はい」
シルフィが静かに続けた。
「すでに対策を講じております」
「待って待って待って」
「はい」
「対策って何をするつもりなの?」
「ドミナ様の工作を無効化いたします」
「無効化しないで!」
シルフィが小首を傾げた。ほんの少し、1度くらい。
「……殿下?」
「悪評が広まればいいのよ!支持率が下がればいいのよ!なぜ無効化するの!」
「殿下の評判が傷つきます」
「傷ついていいのよ!」
「よくありません」
「よくあるわよ!」
「よくありません」
同じ言葉を2回言われた。2回目の方が静かだった。静かな分だけ、重かった。
私は深呼吸した。
「……シルフィ、お願いだからドミナの工作は放っておいて」
「お気持ちはお察ししますが」
「お察しできているなら放っておいて」
「放っておけません」
「なぜ!」
「殿下を信頼している民がいます。騎士団がいます。その方々の信頼を、根拠のない悪評で傷つけることは……」
「あなたが心配しなくていいの!」
「心配しております」
また静寂が落ちた。
私はシルフィを見た。無表情、いつも通りの顔。でも声だけが、少し違った。
「……分かったわ。あなたに任せる」
任せたくなかった。でも止める方法がなかった。トーストを齧った。全然美味しくなかった。
ドミナ・ディ・カシアと初めて顔を合わせたのは、3日後の茶会だった。
想像通りの人間だった。30代、赤みがかった茶髪、切れ長の目、口元に笑み。完璧な礼、完璧な所作。シルフィと似た空気を持っているが、何かが根本的に違う。
「ルナリア王女殿下、お噂はかねがね」
「ドミナ・ディ・カシア。あなたもね」
「殿下のご活躍、拝見しております。支持率95%、まことにご立派で」
「あなたの工作も拝見しているわ」
ドミナの笑みが、一瞬だけ固まった。すぐに戻った。
「工作などとは人聞きが悪い。私はただ正確な情報をお伝えしているだけで」
「正確な情報で私の評判を下げようとしているのでしょう」
「……買いかぶりです」
「そう?」私はカップを持ち上げた。「ならば続けなさい。私は気にしないわ」
ドミナがもう少し長く、固まった。
「……殿下は、ご自分の評判が下がることを」
「気にしない。あなたがどんな情報を流しても、私の仕事は変わらないから」
本音だった。評判が下がれば下がるほどいい。ドミナに頑張ってほしい。できれば支持率を一桁まで落としてほしい。
ただそれを口に出したら全部台無しになるので、黙っておいた。
ドミナが初めて笑み以外の表情をした。
「……興味深い方ですね」
「そう言われることには慣れているわ」
翌朝、城下に号外が出た。
『王女殿下、悪意ある工作に毅然と対峙。「評判より仕事」の一言が王国を震わせる』
私は号外を手に取って、深呼吸した。
「シルフィ」
「はい」
「昨日の茶会にいたの?」
「給仕として同席しておりました」
「全部聞いていたのね?」
「はい」
「『気にしない』が『評判より仕事』になったの?」
「ニュアンスを補完いたしました」
ニュアンスを補完。
私は号外を置いた。ドミナとの会話を全部聞かれていた。本音を悟られないように慎重に話したのに、シルフィには全部見えていた。
「ドミナは次にどう動くと思う?」
「工作の方針を変えるかと。殿下を直接攻撃することをやめ、周囲の人間を通じた間接工作に切り替える可能性が高いです」
「対策は?」
「すでに動いております」
「何をしたの?」
「ドミナ様が接触を試みそうな人物に、先回りして話を通しました」
先回りして。
「……何人に?」
「17名です」
「昨日の今日で17名?」
「はい」
私は号外を折りたたんだ。捨てようとして、やめた。
引き出しにしまった。
「シルフィ、一つだけ聞かせて?」
「はい」
「あなたは楽しんでいるの?ドミナとの情報戦を」
シルフィが少し間を置いた。
「……楽しむものではないかと」
「でも得意でしょう」
「……はい」
一言だった。でもその一言が、珍しく素直だった。
私は引き出しを閉めた。
昨日の今日で17名。シルフィは一体、いつ寝ているのか。




