第10話 手を組んでやるわ!
ドミナから手紙が届いたのは、茶会の翌々日だった。
封筒に差出人の名前はなかった。封蝋の紋章でセヴェロ派だと分かった。中身は短かった。
『お時間をいただけますか。人目につかない場所で、2人だけで』
私はその手紙を数回読んだ。
敵から接触してきた。罠かもしれない。でも……
ドミナの目的はルナリアの廃嫡だ。私の目的も廃嫡だ。
方向性は、一致している。
私はシルフィを呼ばずに、返事を書いた。これが大事だ。シルフィに知られたら全部変換される。今回だけは、シルフィを出し抜く。
返事を書いた。封をした。シルフィが執務室にいない隙に、自分で使いに持たせた。
完璧だ。
「殿下」
振り返った。シルフィが扉の前に立っていた。
「……いつからいたの?」
「先ほど戻りました。ドミナ様への返書、使いに持たせましたね?」
「……見ていたの?」
「執務室の前を通りましたので」
私は天井を見上げた。
「……出し抜けないわね、あなたは」
「恐れ入ります」
待ち合わせ場所は王宮の外れにある古い図書室だった。
埃っぽい、人気のない部屋。ドミナはすでにいた。椅子に座って、手袋をした指先でテーブルを軽く叩いていた。
私が入ると立ち上がって礼をした。
「お越しいただきありがとうございます、殿下」
「用件を聞かせて」
「単刀直入に申し上げます。私どもと手を組んでいただけませんか?」
「条件は」
「廃嫡後、カシオの即位に反対しないこと。それだけです。殿下は国外へ出られる。私どもは王位を得る。双方にとって最善の結果です」
悪くない条件だった。
「シルフィを排除することはできる?」
ドミナが少し目を細めた。
「一時的に、動けない状況にすることが可能です」
「どうやって?」
「それは手を組んでいただいてから」
「……」
「殿下、ご決断を」
私は少し考えた。シルフィが動けない状況。それが実現すれば、私の悪行は悪行として伝わる。廃嫡への道が開ける。ただドミナの目的はカシオの即位であって、私の安全ではない。
「少し考えさせて」
「もちろんです」
図書室を出た。
執務室に戻ったら、シルフィがいた。
いつも通り書類を整理していた。
「図書室の外にいたでしょう?」
「殿下のご安全を確認しておりました」
「中身は聞いていた?」
「はい」
私は椅子に座った。
「どう思う?」
「お断りになることをお勧めします」
「理由は」
「ドミナ様の目的はカシオ様の即位です。殿下の廃嫡はその手段に過ぎない。目的が達成された後、殿下が安全に国外へ出られる保証はどこにもありません。内乱の火種になる可能性があります」
「……あなた、内乱のことを知っているの?」
シルフィが一瞬、固まった。
「王弟派と王太子派の対立が激化すれば、内乱に至る可能性があるという一般的な見立てでございます」
「一般的な見立て」
「はい」
私はシルフィを見た。シルフィが視線を外さなかった。
「……断るわ」
「かしこまりました」
「ただしドミナとの接触は続ける。敵の動きを把握しておきたいから」
「承知いたしました。その際は必ずお知らせください」
「あなたを連れて行くとは言っていないわ」
「存じております。ただ、殿下のご安全は確認させていただきます」
図書室の外にいたように。
「……号外は出さないでよ」
「本日の件は、出しておりません」
「珍しいわね」
「殿下がお望みでない場合、出さないこともあります」
「今まで散々出し続けていたじゃない」
「殿下が、ああいった形でお望みだと判断しておりました」
私は机に肘をついた。
「シルフィ、正直に聞くわよ」
「はい」
「あなたは私が追放されたいと思っていること、本当に信じていないの?」
シルフィが書類を揃える手を止めた。
長い沈黙だった。図書室よりも静かだった。
「……殿下がそうおっしゃることは、存じております」
「それが本心だとは思わないの?」
「殿下の本心が何であれ」シルフィがゆっくり言った。「私は殿下のそばにおります」
「それは答えになっていないわ」
「はい」
また認めた。認めて、それ以上何も言わなかった。
書類を持って、一礼して、部屋を出た。
扉が閉まった。
私は机の上を見た。何もない、きれいな表面。
この子は、私を守ろうとしている。追放させまいとしているのではなく、守ろうとしている。
その違いが、今夜初めて少しだけ、重さを持って伝わってきた。
「……厄介だわ」
誰もいない部屋で、独り言を言った。
返事は、なかった。




