第8話 贅沢三昧してやるわ!
支持率が95%になった。
朝食の席でシルフィから報告を受けた時、私はしばらくトーストを齧れなかった。95%。残り5%は一体誰なのか。その5%の人間に会いに行きたい。握手したい。
「評議会より、来月の王太女指名式の日程案が届いております」
シルフィが書類を差し出した。
「捨てて」
「保管いたします」
「捨ててと言ったわ」
「保管いたします」
2回言っても無駄だった。3回言う気力がなかった。
私は窓の外を見た。数年後にこの全部が内乱で崩れる。それを知っているのは私だけだ。なのに支持率は95%で、王太女指名式の日程が届いて、トーストは美味しくて、シルフィは書類を保管している。
次の手を打たなければならない。
今回の作戦は「贅沢」だ。絶対にうまくいく。
最高級の食材を買い占めた。
王都で最も高価なものを片っ端から。南方の希少な香辛料、北の海でしか獲れない魚、隣国から輸入した果物。総額は王国の月間税収の3%に相当するとシルフィが計算した。
「3%です」とシルフィが言った時の声に、感情はなかった。
「多いと思う?」と聞いたら「殿下がご判断されることです」と返ってきた。
多い。絶対に多い。民衆が怒るには十分な数字だ。
それを使って夜会を開いた。招待状は貴族全員に、断れないように王命に準じる形式で。料理は最高級食材を惜しみなく使った全40品。民衆が食べるものと全く違う、あからさまな格差の演出だ。
今夜こそ、暴君王女の誕生だ。
夜会は盛況だった。
招待された貴族たちは料理を絶賛し、私の「慧眼」を褒め称え、楽しそうに話している。何かがおかしいと気づいたのは、給仕の一人を呼んで余った料理の処理を聞いた時だった。
「はい、シルフィ様のご指示で、夜会終了後に城下の貧民街へ炊き出しとして配布する手配が」
「……いつ決まったの?」
「招待状を出した翌日には」
私は料理に目を落とした。皿の上の、信じられないくらい手の込んだ魚料理。これが今夜、貧民街にも届く。
「号外は」と聞こうとして、給仕が困った顔をした。聞く相手が違った。
シルフィのところへ行った。
「『王女殿下の富の再分配、王国経済に革命。貴族と民が同じ食卓を囲む夜』という見出しで」
「同じ食卓は囲んでいないわよ!」
「貧民街への炊き出しが同時刻に行われますので」
「あなたが手配したからでしょう!」
「殿下がご計画されたことを実行しただけでございます」
声を上げても無駄だった。シルフィは無表情のまま、給仕の指揮を続けた。
広間の向こうで経済学者らしき男が「革命的な景気刺激策だ」と言っているのが聞こえた。
私は料理を一口食べた。
美味しかった。それが一番腹立たしかった。
広間の反対側で、その時。
アウラ・ディ・ヴァレリアは、今夜こそ成功すると確信していた。
作戦は単純だ。セリアの席に水をこぼして使用不能にする。セリアが困る。それだけでいい。20回目の正直だ。
給仕を装って近づいた。水の入ったグラスを持った。セリアの席のテーブルクロスに、さりげなくこぼした。
完璧だ。
「あら、大丈夫ですか?」
セリアの声がした。
振り返ると、セリアがハンカチを差し出していた。アウラに向かって。
「お召し物に跳ねませんでしたか」
アウラは自分のドレスを見た。袖に水が跳ねていた。
「……私は給仕ではなくて」
「存じております、アウラ様。でも大変でしたね」
セリアが微笑んだ。嫌味のない、本当に心配しているだけの顔だった。
アウラはハンカチを受け取った。
「……ありがとう」
また言ってしまった。
濡れた席はその後、給仕が素早く対処して、セリアは別の席に案内された。ルキウスの隣だった。たまたま空いていたらしい。
二人が楽しそうに話しているのを、アウラは広間の端で見ていた。手の中にセリアのハンカチがあった。
「……返さないといけない」
小声で言った。
返しに行ったら、ルキウスに「仲がいいんだね」と言われた。
アウラはその場で少し、固まった。
通算20回目の失敗だった。
夜会が終わった後、私は執務室に戻った。
シルフィが報告した。炊き出し完了、貧民街の反応は上々、支持率は明日の調査でさらに上がる見込み、経済学者3名から感謝の手紙が届いている、以上です。
「以上です、じゃないのよ」
「かしこまりました」
「何がかしこまりましたなのよ!」
シルフィは答えなかった。
私は机に突っ伏した。頬が木の感触に当たった。冷たかった。
「……シルフィ、一つ聞いていい?」
「はい」
「私が何をしても、あなたは変換し続けるの?」
少し間があった。
「殿下が何かをされる時、必ず理由があります」
「今夜の理由は民衆に怒ってほしかったからよ」
「存じております」
「なのに変換するの?」
「殿下の理由と、結果は、必ずしも一致しなくてよいかと」
私は机から顔を上げた。
シルフィが書類を手に持ったまま、こちらを見ていた。無表情、いつも通り。
「……評議会の書類、本当に捨てていいから」
「保管いたします」
「捨ててって言ってるのよ!」
「かしこまりました」
「捨てるの?」
「保管いたします」
私は再び机に突っ伏した。
王太女指名式まで、あと1ヶ月らしい。




