第5話 冤罪をなすりつけてやるわ!
クラウディオ・ディ・ヴァレンティという名前は、手帳に載っている。
敵対貴族派閥の嫡男、二十代、金髪、策士。物語の中では「ルナリアを陥れようとする役」として登場する予定だった。私のプロットでは中盤以降に動き出し、虚偽の証言でルナリアを窮地に追い込む、そういう立ち位置の人物だ。
ただし現実のクラウディオはまだ何もしていない。
ならばこちらから動く。証拠のない汚職疑惑をでっち上げてクラウディオになすりつける。でっち上げの暴君として嫌われる。廃嫡への道が開ける。
今回はシルフィ対策を考えてある。
証拠がない、という点が重要だ。証拠のない告発は、どう変換しても「正義」にはならない。いくらシルフィでも、何もないところから証拠は作れない。
今度こそ、うまくいく。絶対にうまくいく。うまくいかなかったら私は王太女になる。
クラウディオを王宮の一室に呼び出したのは、曇りの午後だった。
現れた男は想像通りの顔をしていた。金髪、整った顔立ち、口元に薄い笑み。全部が計算されている、そういう印象の人間だ。
「お召しいただき光栄です、殿下」
「クラウディオ・ディ・ヴァレンティ、あなたの家が王国の穀物流通に介入し、不正な利益を得ているという話を耳にしましたわ」
クラウディオの笑みが、ほんの少しだけ固まった。
「……それは初耳です。どちらからそのような話を」
「調査を命じます。結果が出るまで、城内での行動を制限されます」
「殿下、それは些か……」
「以上よ」
立ち上がって部屋を出た。廊下でシルフィが待っていた。
「聞いていたでしょう?」
「はい」
「証拠はない。でっち上げよ」
「存じております」
「今回は変換できないわよ。証拠のない告発を正当化する方法なんてないもの」
シルフィは一秒、間を置いた。
「調査を命じられたのですね」
「ええ」
「では調査いたします」
背中に悪寒が走った。
3日後、シルフィが報告書を持ってきた。
分厚かった。
「……何これ?」
「調査結果です」
「3日でこの量?」
「以前から気になっていた点がございまして、並行して調べておりました」
報告書を開いた。取引記録、日付、金額、関与した人物の名前。読み進めるほどに、胃のあたりが重くなった。
「これは?」
「ヴァレンティ家が過去4年間にわたって行っていた穀物の横流しと価格操作の証拠です。被害を受けた農家の数は王国北部だけで200世帯を超えます」
「……本当にあったの」
「はい」
「私はでっち上げのつもりだったのよ」
「存じております」
私は報告書をテーブルに置いた。手が少し、重かった。
「処理して。父親を罰して、家の資産を没収して、被害を受けた農家に補償して。私の名前で全部やって」
「かしこまりました」
1週間後、ヴァレンティ侯爵が失脚した。
その日の夕方、クラウディオが面会を申し込んできた。
現れたクラウディオは別人のような顔をしていた。金髪は乱れ、礼服ではなく普通の上着、笑みもない。部屋に入るなり膝をついた。
「殿下、私の家がしてきたことを、殿下はご存知だったのですか」
「調査してみなければ分からなかったわ」
「では、あの時の告発は」
「でっち上げのつもりだったわよ」
正直に言った。どうせシルフィが何か変換するのだから、取り繕う必要はない。
クラウディオが顔を上げた。読めない表情だった。
「でっち上げだったとしても」低い声で言った。「結果として父がしてきたことが明るみに出た。被害を受けた人間が救われた。それは事実です」
「……そうね」
「殿下が私を嵌めようとしたことは、まあ」クラウディオが短く息を吐いた。「腹が立たないと言えば嘘になります」
「そうでしょうね」
「ただ」また間があった。「父がしてきたことを私は止めるべきだった。それを殿下が暴いた。結果だけを見れば、私は殿下に救われた側です。御恩はいずれお返しいたします」
「返さなくていいわ」
「いいえ」クラウディオがまっすぐこちらを見た。「私はヴァレンティ家の当主になります。殿下には借りができた。それだけは確かです」
一礼して、部屋を出た。
廊下でシルフィとすれ違う気配がした。短いやり取りがあって、足音が遠ざかった。
シルフィが戻ってきた。
「号外はどんな見出しにするの?」
先に聞いた。
「『王女殿下の鶴の一声、4年間の闇に終止符。北部農家200世帯に希望の光』でございます」
「……やっぱり」
「すでに印刷が終わっております」
私は椅子に座った。クラウディオの「御恩はいずれお返しいたします」という声がまだ耳の中にあった。あの男は本気で言っていた。でっち上げだったと知った上で、それでも本気で。
「シルフィ」
「はい」
「次は何をしたらいいと思う?」
シルフィが少し間を置いた。
「殿下がお決めになることかと」
「あなたが邪魔をしない悪事を教えてほしいのよ」
「……それは」
「ないの?」
「……」
シルフィが珍しく、返事に詰まった。
「ない、ということね」
「…………はい」
私は机に肘をついた。頬杖をついた。
「でっち上げでも本物になるし、左遷でも英雄になるし、侮辱でも感謝されるし、解雇しようとしたら権限が強化されるし」
「はい」
「私が何をしても無駄ということ?」
「無駄ではございません。全て、良い結果に——」
「そういう意味で聞いていないのよ!!」
シルフィが静かに一礼した。
「……かしこまりました」
部屋に静寂が落ちた。
私は窓の外を見た。北部の農家では今頃、補償が届いているのだろう。でっち上げのせいで救われた200世帯が。
「……どうしてこうなるのかしら」
独り言だった。
シルフィが新しい書類を一枚、机の上に置いた。
「北方国境より、感謝の特産品が届いております。受け取りのご署名をお願いできますか?」
「カリウスからまた?」
「はい」
「あの人、何回送ってくるの?」
「今回で4回目です」
私はペンを取った。署名した。
4回目。カリウスは毎月送ってくる。でっち上げで救われた農家は補償を受け取った。属国発言をしたフェリオは文通を続けている。解雇しようとしたシルフィは権限が強化されている。
全部、私のせいだ。
良い意味で。
「……嫌だわ」
「かしこまりました」
「かしこまるところじゃないわよ!!」




