表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/14

第5話 冤罪をなすりつけてやるわ!

 クラウディオ・ディ・ヴァレンティという名前は、手帳に載っている。


 敵対貴族派閥の嫡男、二十代、金髪、策士。物語の中では「ルナリアを陥れようとする役」として登場する予定だった。私のプロットでは中盤以降に動き出し、虚偽の証言でルナリアを窮地に追い込む、そういう立ち位置の人物だ。


 ただし現実のクラウディオはまだ何もしていない。


 ならばこちらから動く。証拠のない汚職疑惑をでっち上げてクラウディオになすりつける。でっち上げの暴君として嫌われる。廃嫡への道が開ける。


 今回はシルフィ対策を考えてある。


 証拠がない、という点が重要だ。証拠のない告発は、どう変換しても「正義」にはならない。いくらシルフィでも、何もないところから証拠は作れない。


 今度こそ、うまくいく。絶対にうまくいく。うまくいかなかったら私は王太女になる。



 クラウディオを王宮の一室に呼び出したのは、曇りの午後だった。


 現れた男は想像通りの顔をしていた。金髪、整った顔立ち、口元に薄い笑み。全部が計算されている、そういう印象の人間だ。


 「お召しいただき光栄です、殿下」


 「クラウディオ・ディ・ヴァレンティ、あなたの家が王国の穀物流通に介入し、不正な利益を得ているという話を耳にしましたわ」


 クラウディオの笑みが、ほんの少しだけ固まった。


 「……それは初耳です。どちらからそのような話を」


 「調査を命じます。結果が出るまで、城内での行動を制限されます」


 「殿下、それは些か……」


 「以上よ」


 立ち上がって部屋を出た。廊下でシルフィが待っていた。


 「聞いていたでしょう?」


 「はい」


 「証拠はない。でっち上げよ」


 「存じております」


 「今回は変換できないわよ。証拠のない告発を正当化する方法なんてないもの」


 シルフィは一秒、間を置いた。


 「調査を命じられたのですね」


 「ええ」


 「では調査いたします」


 背中に悪寒が走った。



 3日後、シルフィが報告書を持ってきた。


 分厚かった。


 「……何これ?」


 「調査結果です」


 「3日でこの量?」


 「以前から気になっていた点がございまして、並行して調べておりました」


 報告書を開いた。取引記録、日付、金額、関与した人物の名前。読み進めるほどに、胃のあたりが重くなった。


 「これは?」


 「ヴァレンティ家が過去4年間にわたって行っていた穀物の横流しと価格操作の証拠です。被害を受けた農家の数は王国北部だけで200世帯を超えます」


 「……本当にあったの」


 「はい」


 「私はでっち上げのつもりだったのよ」


 「存じております」


 私は報告書をテーブルに置いた。手が少し、重かった。


 「処理して。父親を罰して、家の資産を没収して、被害を受けた農家に補償して。私の名前で全部やって」


 「かしこまりました」



 1週間後、ヴァレンティ侯爵が失脚した。


 その日の夕方、クラウディオが面会を申し込んできた。


 現れたクラウディオは別人のような顔をしていた。金髪は乱れ、礼服ではなく普通の上着、笑みもない。部屋に入るなり膝をついた。


 「殿下、私の家がしてきたことを、殿下はご存知だったのですか」


 「調査してみなければ分からなかったわ」


 「では、あの時の告発は」


 「でっち上げのつもりだったわよ」


 正直に言った。どうせシルフィが何か変換するのだから、取り繕う必要はない。


 クラウディオが顔を上げた。読めない表情だった。


 「でっち上げだったとしても」低い声で言った。「結果として父がしてきたことが明るみに出た。被害を受けた人間が救われた。それは事実です」


 「……そうね」


 「殿下が私を嵌めようとしたことは、まあ」クラウディオが短く息を吐いた。「腹が立たないと言えば嘘になります」


 「そうでしょうね」


 「ただ」また間があった。「父がしてきたことを私は止めるべきだった。それを殿下が暴いた。結果だけを見れば、私は殿下に救われた側です。御恩はいずれお返しいたします」


 「返さなくていいわ」


 「いいえ」クラウディオがまっすぐこちらを見た。「私はヴァレンティ家の当主になります。殿下には借りができた。それだけは確かです」


 一礼して、部屋を出た。


 廊下でシルフィとすれ違う気配がした。短いやり取りがあって、足音が遠ざかった。


 シルフィが戻ってきた。


 「号外はどんな見出しにするの?」


 先に聞いた。


 「『王女殿下の鶴の一声、4年間の闇に終止符。北部農家200世帯に希望の光』でございます」


 「……やっぱり」


 「すでに印刷が終わっております」


 私は椅子に座った。クラウディオの「御恩はいずれお返しいたします」という声がまだ耳の中にあった。あの男は本気で言っていた。でっち上げだったと知った上で、それでも本気で。


 「シルフィ」


 「はい」


 「次は何をしたらいいと思う?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「殿下がお決めになることかと」


 「あなたが邪魔をしない悪事を教えてほしいのよ」


 「……それは」


 「ないの?」


 「……」


 シルフィが珍しく、返事に詰まった。


 「ない、ということね」


 「…………はい」


 私は机に肘をついた。頬杖をついた。


 「でっち上げでも本物になるし、左遷でも英雄になるし、侮辱でも感謝されるし、解雇しようとしたら権限が強化されるし」


 「はい」


 「私が何をしても無駄ということ?」


 「無駄ではございません。全て、良い結果に——」


 「そういう意味で聞いていないのよ!!」


 シルフィが静かに一礼した。


 「……かしこまりました」


 部屋に静寂が落ちた。


 私は窓の外を見た。北部の農家では今頃、補償が届いているのだろう。でっち上げのせいで救われた200世帯が。


 「……どうしてこうなるのかしら」


 独り言だった。


 シルフィが新しい書類を一枚、机の上に置いた。


 「北方国境より、感謝の特産品が届いております。受け取りのご署名をお願いできますか?」


 「カリウスからまた?」


 「はい」


 「あの人、何回送ってくるの?」


 「今回で4回目です」


 私はペンを取った。署名した。


 4回目。カリウスは毎月送ってくる。でっち上げで救われた農家は補償を受け取った。属国発言をしたフェリオは文通を続けている。解雇しようとしたシルフィは権限が強化されている。


 全部、私のせいだ。


 良い意味で。


 「……嫌だわ」


 「かしこまりました」


 「かしこまるところじゃないわよ!!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ