↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/43

第42話 出発してやるわ!

 出発当日の朝、シルフィが茶を持ってきた。


 約束通りだった。


 受け取って、飲んだ。いつもと同じ味だった。同じ温度だった。同じ茶杯だった。全部いつも通りだった。なのに、少し違った。


 「……最後ね」


 「左様でございます」


 「この部屋で飲むのは、最後よ」


 「はい」


 飲み終えた。茶杯を置いた。


 「行きましょうか」



 城門に出ると、4人が並んでいた。


 カリウス、クラウディオ、ドミナ、そしてフェリオだった。


 「フェリオ、来ていたのね」


 「昨日着きました。見送りには間に合うと思いまして」


 「3日かかるのに、いつ出発したの?」


 「4日前です」


 「……廃嫡が決まる前から動いていたのよね」


 「タイミングを合わせました」


 やっぱりそういう人間だった。


 カリウスが一歩前に出た。


 「殿下のご無事を」


 「ありがとう。国境を守って」


 「承知しております」


 クラウディオが続いた。


 「追放先での費用の件、手配済みでございます。必要になりましたらご遠慮なく」


 「……受け取っておくわ。ありがとう」


 「いいえ。こちらこそ」


 ドミナが最後に一礼した。


 「殿下、長い間、お疲れ様でした」


 「……あなたに言われると、少し複雑ね」


 「そうでしょうね」とドミナが言い、今日も目が少し笑っていた。「それでも、申し上げたかったので」


 「受け取っておくわ」


 馬車の前に立った。


 振り返った。城が見えた。高い壁、石造りの塔、朝の光が当たっている。何年も過ごした場所だった。どの窓から何が見えるか、全部知っていた。


 「……さようなら」


 誰に言ったのか、自分でも分からなかった。


 城に言ったのかもしれなかった。



 馬車に乗った。


 シルフィが向かいに座った。


 馬車が動き出した。城門を抜けた。道が続いた。城が遠ざかった。


 しばらく、2人とも何も言わなかった。


 「シルフィ」


 シルフィがこちらを見た。


 「あなた、結局何者なの」


 シルフィが少し間を置いた。


 「メイドでございます」


 「それだけ?」


 「殿下のメイドでございます」


 「それは知っているわよ」


 「では、何をお知りになりたいのでしょうか」


 「どこから来たのか。なぜ私のそばにいるのか。本当のことを」


 シルフィが少し間を置いた。今日一番長い間だった。


 「……どこから来たかは、お話しできます。ただし、長い話になります」


 「時間はあるわよ。山越えまで3日あるから」


 「左様でございますね」


 「なぜ私のそばにいるのかは?」


 「……それは」


 シルフィが少し間を置いた。


 「幼い頃、殿下に声をかけていただいたからだと、ずっと思っていました」


 「それが誤解だったと分かったのに、まだいるのね」


 「はい」


 「なぜ?」


 「……誤解だったとしても、声をかけていただいたことは事実でございます。その時に、ここにいようと決めました。理由が変わっても、決めたことは変わりません」


 「理由が変わっても、決めたことは変わらない」


 「はい」


 窓の外に城下の景色が流れていた。見慣れた通りが、後ろに流れていった。


 「……ありがとう」


 「何のことでしょうか」


 「ずっとそばにいてくれたことよ」


 「殿下の追放計画を邪魔し続けましたが」


 「そうね。邪魔されたけれど、それでもいたでしょう。毎朝茶を持ってきて、号外を刷って、先回りして」


 「それが私の仕事でございましたので」


 「……疲れなかったの?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「疲れたことはございません」


 「嘘ね」


 「……疲れたとしても、やめようとは思いませんでした」


 「それは本当?」


 「はい」


 2人とも少し黙った。馬車が揺れた。


 「シルフィ」


 馬車が少し揺れた。シルフィが窓の外を見たまま、少し首を傾けた。


 「号外を刷り続けることはできないと言っていたわね」


 「左様でございます」


 「でも記録はつけ続けるの?」


 シルフィが少し考えた。


 「……殿下の隠居生活の記録を、つけ続けることはできます」


 「隠居生活の号外?」


 「手帳への記録として」


 「誰が読むの?」


 「私が読みます」


 「それは号外じゃなくて日記ね」


 「そうかもしれません」


 「あなたが日記をつけるのね」


 「記録として、つけ続けます」


 「……私のことを書くの?」


 「書きます」


 「何を書くの?」


 シルフィが少し間を置いた。


 「……殿下が今日も生きていたということを」


 馬車が揺れた。


 返す言葉が出なかった。出そうとしたが、出なかった。目が少し熱くなった。熱くなったが、出なかった。


 「……うるさいわね」


 「失礼いたしました」


 「失礼じゃないわよ」


 「では何でしょうか」


 「……何でもないわ」


 窓の外を見た。城下が終わり、野原が始まっていた。空が広かった。思っていたより広かった。


 「シルフィ」


 シルフィが静かにこちらを向いた。


 「どこから来たのか、話してくれる?」


 「……はい。お話しします」


 「3日あるから、ゆっくりでいいわよ」


 「かしこまりました」


 シルフィが少し間を置いてから、口を開いた。


 馬車が揺れながら進んだ。空が続いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。