第41話 追放されてやるわ!
出発前日の朝は、いつも通りに始まった。
シルフィが茶を持ってきた。盆の上に茶と、それから何かが乗っていた。
「何これ」
「号外でございます」
「出さないでと言ったわよ」
「印刷しただけでございます。配布はしておりません」
「印刷するな、と言うべきだったわね」
「次回からは、そのようにおっしゃっていただければ」
「次回はないわよ」
「左様でございますね」
少し間があった。
「……内容を見てもいい?」
「どうぞ」
受け取って、読んだ。
『王女殿下、廃嫡・国外追放へ。長年にわたる民への献身、今ここに幕。「あえて泥を被り、民を守り続けた」聖女の旅立ちに、城内外より涙の声』
置いた。
「……最後まで変換するのね」
「これが私にできることでございますので」
「保管するの?」
「はい。殿下がお望みであれば、いつかお渡しします」
「望まないわ」
「承知しました」
「……でも、捨てないで」
シルフィが一礼した。号外を丁寧に折りたたんで、懐にしまった。
「ドミナの様子は?」
「昨夜、面会の申し込みが届いております」
「会うわ。今日の午後で」
「承知しました」
昼過ぎに荷物の整理をした。
持っていくものは少なかった。衣類、手帳、カリウスの包み、フェリオからの手紙一式。それだけだ。王女としての装飾品は全部置いていく。必要ない。
手帳を開いた。42話分のプロットが書いてある。最後のページまで捲った。
「また来てもいいですか」というアウラの台詞が、どこかに残っている気がした。気がしただけで、書いていなかった。
手帳を閉じた。
午後、ドミナが来た。
赤みがかった茶髪、切れ長の目。いつもの微笑みだった。ただ、目が少し違った。力が抜けていた。
「殿下、このたびは」
「用件を聞かせて」
「はい」とドミナが言い、少し間を置いた。「お礼が言いたくて参りました」
「礼?」
「殿下のおかげで、カシオ様が変わりました」
「……どういうこと?」
「殿下が廃嫡を決められたことで、セヴェロ様の計画が崩れました。カシオ様が父君の重荷から解放されつつあります。本人はまだ戸惑っておりますが、少し、楽そうにしております」
「……私はカシオのために廃嫡したわけじゃないわよ」
「存じております」とドミナが言い、また少し間を置いた。「それでも、結果としてそうなりました」
「あなたは工作をやめたの?」
「やめました。やめる理由ができましたので」
「理由は?」
「カシオ様が、もう担がれることを望んでいないと分かったからです。担がれることを望まない人間を担いでも、私利私欲は満たされません」
「……正直ね」
「殿下には正直でいた方がよいと学びました」
クラウディオと同じことを言った。そう気づいたが、言わなかった。
「見送りには来るの?」
「来てもよろしいでしょうか」
「どうぞ」
ドミナが一礼した。立ち上がりかけて、止まった。
「……殿下、一つ伺ってもよろしいですか」
「何?」
「殿下は本当に、最初から追放されることを目指しておられたのですか」
「そうよ」
「その理由は」
「言わないわ」
「そうですか」とドミナが言い、小さく笑った。「私はずっと、殿下を陥れようとしていました。でも、殿下が自分で廃嫡されてしまいました」
「あなたの工作が不要になったわけね」
「はい。少し、拍子抜けしました」
「……それは申し訳なかったわね」
「いいえ」とドミナが言い、今日初めて目が笑った。「おかげで楽になりました」
ドミナが退室した。
夕方、シルフィが来た。
「明日の出発の準備が整いました」
「荷物は?」
「積み込み済みでございます」
「随行者は私とあなただけよね」
「左様でございます」
「あなたは本当についてくるの?」
シルフィが少し間を置いた。
「殿下がお望みであれば」
「望む望まないの話は昨日もしたわよ」
「失礼いたしました。では——」
「ついてきなさい」
「……かしこまりました」
「かしこまりましたじゃなくて、もっと他に言うことはないの?」
シルフィが少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「何に対してのお礼よ」
「連れて行っていただけることに対してでございます」
「連れて行くのは、あなたがいると便利だからよ」
「承知しました」
「……あなたが便利なのは事実だけど、それだけじゃないということも、まあ、事実よ」
シルフィが止まった。
「……承知しました」
「今度の承知は、両方分かった?」
「はい」
「よろしい」
シルフィが一礼した。
「殿下、最後にご確認ですが」
「何?」
「明日の出発、後悔はございませんか」
「ないわよ」
「そうですか」
「……少しはあるかもしれないけれど、後悔より先にやることがあるから、考えていないわ」
「やること、とは」
「生き残ること」
シルフィが少し間を置いた。
「……承知しました。お供いたします」
窓の外に星が出ていた。明日、この部屋を出る。この茶を飲まなくなる。このシルフィの一礼を、毎朝見なくなる。
「シルフィ」
「はい」
「明日の朝、茶を持ってきて」
「かしこまりました」
「出発前の最後の一杯よ」
「承知しました」
それだけ言った。それ以上は必要なかった。




