第40話 追放してもらうわ!
廃嫡が正式に決まった。
評議会の審議は3日かかった。12通の自己申告が全経路に届いていたため、止める方法がなかった。反対する評議員もいたが、王女本人が望んでいる以上、手続き上は止められない。
勅令が出た。
「ルナリア・ディ・アステリアを王族の籍から外し、国外に追放する」
読んだ。もう一度読んだ。
手が少し震えた。嬉しさなのか、緊張なのか、両方なのか、自分でも判断がつかなかった。ただ、手が震えた。
「……本当に来たわね」
独り言だった。
シルフィがそこにいた。
「左様でございます」
「実感がないわ」
「それは自然なことかと存じます」
「ずっと目指してきたのに、実感がないのよ」
「……ずっと目指してきたから、かもしれません」
珍しい言い方だった。哲学的だった。シルフィが哲学的なことを言う時は、大抵、正しいことを言っている。
「出発はいつになるの?」
「勅令から10日後でございます。準備期間として」
「10日」
「はい」
「短いわね」
「長くもございます」
どちらも本当だった。
翌日の午前、カリウスが来た。
城内にいるはずがないのに来た。扉を開けたら立っていた。外套に埃がついていた。顔は無表情だった。いつも通りだった。
「殿下」
「……いつ来たの?」
「昨夜」
「知らせもなしに」
「急ぎましたので」
カリウスが一礼した。
「廃嫡のご報告を受けました」
「誰から?」
「フェリオ殿下から」
「フェリオが知らせたのね」
「はい。それと」
カリウスが懐から小さな包みを出した。机の上に置いた。
「国境の特産品でございます。追放先でお役立ていただければ」
「……追放先は隣国よ。あなたの守備範囲の向こう側ね」
「存じております」
「届けに来ることはできないわよ」
「届けに来ることはできません。ただ、境界線のこちら側からは、見ております」
返す言葉が出なかった。
カリウスは余分なことを言わない人間だ。言わないからこそ、言った言葉が重い。
「……ありがとう」
「殿下のご無事を」
それだけ言って、一礼した。退室した。
包みが机の上に残った。
午後、フェリオから手紙が届いた。
封筒はいつもと同じだった。封蝋の模様も変わっていない。ただ、いつもより厚かった。
開けた。
便箋が3枚入っていた。フェリオの字は相変わらず右に傾いていた。
ルナリア殿下へ。
廃嫡のご報告を拝見しました。おめでとうございます、と言ってよいものかどうか少し迷いましたが、殿下はきっとそれを望んでいらっしゃると思いますので、おめでとうございます。
隣国でお待ちしております。アウラ殿もすでにいらしていて、毎日元気にしております。殿下のことをよく話しています。「ルナリア様もきっと来る」と言って、部屋の準備をしています。止めましたが、止まりませんでした。
道中はご無事で。山越えの季節は悪くありません。
フェリオ・ディ・ランテ
読み終えて、少し間を置いた。
アウラがもう隣国にいる。部屋の準備をしている。止めても止まらない。
いつも通りだった。場所が変わっても、アウラはアウラだった。
手紙を折りたたんだ。引き出しに入れた。捨てなかった。
夕方、クラウディオが来た。
「殿下、少々よろしいですか」
「どうぞ」
「廃嫡後の殿下のお立場について、いくつか整理させていただきたい件がございます」
「何?」
「追放先での身分の扱い、城内の資産の整理、随行者の有無についてでございます」
「随行者は……」
「シルフィさんが同行されると聞いております」
「……聞いているのね」
「はい。それと、追放先での滞在費用について、私の方で一部手配させていただいてもよろしいでしょうか」
「あなたに借りを作りたくないわ」
「借りではございません。父の汚職を暴いていただいた件の、返礼でございます。ずっと機会を待っておりました」
クラウディオの顔には、いつもの嫌味な笑みがなかった。真剣な顔だった。
「……受け取っていいの?」
「受け取っていただけると、私が楽になります」
「あなたが楽になるために受け取るのは、少し腑に落ちないわ」
「では、私が楽になるついでに殿下のお役に立てると思っていただければ」
「……ずいぶん正直ね」
「殿下には正直でいた方がよいと学びました」
クラウディオが一礼した。
「準備が整いましたら、改めてご連絡いたします」
退室した。
部屋に静寂が戻った。
カリウスが来た。フェリオから手紙が届いた。クラウディオが来た。3人とも、頼んでいないことをした。守ると言っていた。追放が決まったら動いてきた。
「……シルフィ」
「はい」
「3人に、何か伝えておくことはある?」
「特にはございません。3名はご自身の判断で動いておられます」
「そうね」
「殿下から何かお伝えになりますか」
少し考えた。
「……いいわ。言葉にするのが難しいから」
「承知しました」
「でも、言葉にできないことが、何かあるのよ」
「……承知しております」
「それは本当に承知しているの?」
「はい。私も、言葉にできないことが、あります」
シルフィが「あります」と言った。現在形で。珍しかった。
「……あなたも?」
「はい」
「それは何?」
シルフィが少し間を置いた。
「今は、言葉にできません」
「いつかは?」
「……殿下次第かと存じます」
窓の外に夜が来ていた。10日後に出発する。カリウスの包みが机の上にあった。フェリオの手紙が引き出しの中にあった。
全部、うまくいっている。
そのはずだった。なのになぜか、10日が短かった。




