第39話 廃嫡されてやるわ!(ついに)
考えに考えた末に、シンプルな答えに辿り着いた。
シルフィが処理できない理由は一つだ。情報が届く前に動いているからだ。どんな悪行も、シルフィが先回りして変換する。変換できるのは、シルフィが動く時間があるからだ。
では、時間を与えなければいい。
複数の経路で、同時に、取り消しのきかない形で動かす。
内容はシンプルにした。父王ソラリオへの直訴状を書く。「私はこの王国の王女としてふさわしくない。廃嫡を望む」という内容だ。それを父王だけでなく、評議会・各貴族家・隣国フェリオ宛てに、同時に送付する。
城内便でも城外便でも同時に出る。父王が読む前に、評議員が読む。評議員が読む前に、フェリオが読む。シルフィが1か所を押さえても、別の経路からすでに届いている。
完璧だ。
実行は深夜にした。シルフィが就寝している時間を狙った。城内の各箇所への配達は、普段使わない下働きの者に頼んだ。城外便は自分で城の東側の私書箱に入れた。
全部で12通。全て同じ内容。全て同時出発。
部屋に戻って布団に入った。
久しぶりに、よく眠れた。
翌朝、シルフィが茶を持ってきた。
いつも通りだった。無表情で、静かで、盆の上に茶が乗っていた。
「おはようございます、殿下」
「おはよう」
茶を受け取った。飲んだ。おいしかった。
「本日のご予定ですが——」
「シルフィ」
「はい」
「昨夜、手紙を12通出したわ」
シルフィが止まった。
「……12通、でございますか」
「そう。父王と評議会と各貴族家とフェリオ宛てよ。全部同じ内容で、同時に出した」
「……内容は」
「廃嫡を望む、という自己申告よ」
シルフィが動かなかった。
盆を持ったまま、動かなかった。
普段は0.3秒で何かが動く。手帳が開くか、茶が継ぎ足されるか、一礼して退室するか。今日は何も起きなかった。
「……シルフィ?」
「……」
「聞こえているの?」
「……聞こえております」
「変換しなくていいわよ。12通同時出しだから、止められないでしょう?」
シルフィが少し間を置いた。今日一番長い間だった。
「……確認させてください」
「どうぞ」
「城内便と城外便、両方でございますか」
「そう」
「下働きの方経由でございますか」
「そうよ」
「私書箱も使われましたか」
「使ったわ」
シルフィが少し目を閉じた。閉じた、と分かるくらい、わずかに。
「……現時点では、全経路を同時に押さえることは」
「できないでしょう」
「……できません」
「初めてね」
シルフィが一礼した。
「……申し訳ございません」
「謝らなくていいわよ。謝ってほしくてやったんじゃないから」
「では、何のためにおやりになったのですか」
「廃嫡されたいからよ。ずっとそれだけよ」
シルフィが少し間を置いた。
「……承知しております」
「今日は本当に承知したのよね?」
「はい」
「変換しないわね?」
「……今回は、私の手が届きません」
「よかったわ」
思わず声に出た。よかった、という言葉が。
シルフィが盆を置いた。手帳を取り出した。開いた。何も書かなかった。開いたまま、持っていた。
「……号外は?」
「打てません」
「本当に?」
「はい。廃嫡の自己申告を、聖女化する構文が、現時点では見つかりません」
「そう」
「…………」
シルフィが黙った。
今まで見たことのある沈黙とは、また質が違った。何かを考えている沈黙でも、何かを測っている沈黙でもなかった。ただ、止まっていた。
午前中に、父王から呼び出しがかかった。
執務室に入ると、父王ソラリオが書状を手に持っていた。顔は穏やかだったが、目が少し真剣だった。
「ルナリア、これは本気か」
「本気でございます、父上」
「理由を聞かせてくれるか」
「私はこの王国の王女としてふさわしくございません。民のためを思えば、より相応しい者に道を譲るべきかと存じます」
即興だったが、筋は通っていた。
父王がしばらく黙った。
「……お前は昔から変わっておるな」
「左様でございましょうか」
「幼い頃から、人と違う動き方をしておった。シルフィに救いの手を差し伸べた時からな」
「……あれは」
「何でもない。ただ、お前の一言で救われた者がいるということは覚えておいてくれ」
父王が書状を机に置いた。
「廃嫡の件、評議会にかける。ただし時間をくれ。手続きがある」
「ありがとうございます」
「……礼を言うことでもないが」
父王が少し苦い顔をした。それでも止めなかった。
部屋に戻ったら、シルフィがいた。
「父王とのやりとりは把握しているの?」
「おおむね」
「変換した?」
「……城内に『殿下が父王に直談判』という話が広まっております。ただし内容については、把握している者が限られているため、現時点では広まっていません」
「それは変換したということ?」
「情報の速度を少し調整しただけでございます」
「調整は変換じゃないの?」
「……広義には、そうかもしれません」
「正直ね」
シルフィが少し間を置いた。
「廃嫡が決まれば、追放になります」
「そうね」
「追放の準備は整っております」
「知っているわ。前に言っていたから」
「……殿下」
「何?」
「先ほど父王が、幼い頃のことをおっしゃいました」
「聞いていたのね」
「はい。殿下は『あれは』とおっしゃいかけて止まりました」
「……悪役の練習をしていただけよ。昨日も言ったでしょう」
「はい」
「あなたを救おうとしたわけじゃないのよ」
「承知しております」
「……でも」
言いかけて、止まった。
「でも、何でしょうか」
「……まあ、いいわ」
シルフィが一礼した。
今日初めて、手帳に何かを書いた。何を書いたかは、見えなかった。聞かなかった。
廃嫡が決まる。追放が来る。
ずっとそれを望んできた。
「……やった」と小さく言った。
シルフィが聞こえていたかどうかは、分からなかった。




