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第37話 断罪してやるわ!(後編)

 式典当日の朝、アウラが早めに来た。


 前日の練習の成果を確認するためだった。シルフィが連絡していた。忘れていなかった私が少し悔しかった。


 この2週間ほど、ルキウスは動き続けていた。


 最初のきっかけは侍女の証言だった。「アウラがセリアの部屋の前で扉に耳を当てていた」という話が、ルキウスの耳に入った。ルキウスはそれを「気を遣っていた」と解釈した。だが注視し始めた。


 注視が始まると、見えてくるものが変わる。


 アウラがセリアに刺繍の材料を薦めた場面。セリアが転びかけた時に支えた場面。ルキウスの花選びを手伝った場面。全部、好意的な行動だった。だがルキウスはそれらを見るたびに、少しずつ違和感を感じ始めた。


 なぜアウラはいつもそこにいるのか。なぜセリアのそばにいることが多いのか。


 そこへ、第2の証言が来た。


 評議会の文官が、アウラが城内の複数の場所でセリアの動向を確認していたという話をルキウスに伝えた。アウラが「セリアさんは今どちらにいますか」と侍女に聞いていた場面を目撃したという内容だった。


 文官は「気にかけているのではないか」と言った。


 ルキウスはそう受け取らなかった。


 2週間の注視の積み重ねが、その証言で反転した。好意的に見えていた全ての行動が、別の意味を持ち始めた。「いつもそこにいる」が「監視していた」に変わった。「気にかけている」が「近づいている理由がある」に変わった。


 ルキウスは善人だが世間知らずだ。だからこそ、一度疑念が生まれると止められない。自分が信じていたものが崩れる時の衝撃が、善人ほど大きい。


 プロットに書いた通りだった。


 ルキウスが式典の開催を決めたのは、11日前だった。



 「もう一度やってみて」


 アウラが立った。目を伏せた。口を一文字に結んだ。


 昨日より少し、悲しそうだった。


 「……昨日より良くなったわね」


 「練習しました。夜、鏡の前で1時間」


 「1時間」


 「はい。でも殿下、1つ確認してもいいですか」


 「何?」


 「ルキウス殿下が婚約破棄を宣言する時、私はどこを見ていればいいですか」


 「床よ。昨日も言ったわよ」


 「床のどのあたりですか。具体的に決めておいた方が、当日迷わないかと思って」


 「……自分の足の前あたりでいいわ」


 「左足ですか、右足ですか」


 「どちらでもいいわよ」


 「両足の間ですか」


 「アウラ」


 「はい」


 「そこまで細かく決めなくていいわ。とにかく前を向かないようにするだけよ」


 「分かりました」とアウラが言い、少し間を置いた。「唇を噛む練習もしました」


 「どれくらい噛んだの?」


 「かなり噛みました。少し腫れています」


 「そこまでしなくていいわよ」


 「でも万全を期したくて」


 万全を期す方向が少し間違っていたが、気持ちは分かった。


 「……今日は頑張りなさい」


 「はい。殿下も」


 「私は何もしないわ。見ているだけよ」


 「それでも頑張ってください」


 アウラが退室した。



 式典は午後の3時に始まった。


 大広間に評議員、貴族、王族が集まった。正式な式典として設定されていたため、人数が多かった。私は傍聴の立場で端の席に座った。


 ルキウスが壇上に立った。アウラが向かいに立った。


 アウラは目を伏せていた。口を一文字に結んでいた。足の前あたりを見ていた。昨日の練習通りだった。


 ルキウスが口を開いた。


 「アウラ・ディ・ヴァレリア。婚約者として、これまでの関係について申し上げることがあります」


 大広間が静まった。


 「私は、あなたとの婚約を解消いたします」


 アウラが体を震わせた。


 一瞬、顔が上がりかけた。


 上がらなかった。


 唇が少し動いた。


 動いたまま、止まった。


 唇を噛んでいた。


 私は端の席で、息を止めていた。


 ルキウスが続けた。


 「この2週間、私はあなたの行動を注視してきました。その結果、いくつかの事実が明らかになりました」


 ルキウスの声は静かだった。怒りではなく、確信の声だった。


 「セリア・ディ・マルコへの接触が、単なる友情ではなかったこと。城内でセリアの動向を繰り返し確認していたこと。侍女からの複数の証言。そして私自身が観察してきた経緯」


 一つずつ、丁寧に述べた。


 「これらを総合した結果、婚約者として共に歩むことが難しいという結論に至りました」


 ルキウスが一拍置いた。


 「アウラ・ディ・ヴァレリア、私はあなたとの婚約を解消いたします」


 大広間が静まり返った。


 端の席で、私は息を止めていた。


 ルキウスが述べた理由は全部、アウラが失敗し続けた36回の積み重ねだった。嫌がらせのつもりが全部親切になった。その親切が「なぜいつもそこにいるのか」という違和感を生んだ。違和感が積み重なって、反転した。


 アウラは何もしていない。正確には、嫌がらせをしようとして全部失敗した。その失敗が、最終的に断罪の根拠になった。


 アウラは目を伏せたまま、聞いていた。


 震えていた。肩が、少し。


 嬉しくて震えているのか、緊張で震えているのか、端の席からは分からなかった。たぶん両方だった。


 ルキウスが言い終えた。


 大広間が静かになった。


 アウラが顔を上げた。


 ルキウスを見た。


 口が開いた。


 「ありがとうご——」


 「アウラ」


 声が出た。端の席から声が出た。自分でも驚いた。


 全員がこちらを見た。


 アウラが口を閉じた。


 「……姉として、一言よろしいですか」


 静寂の中で、声だけが響いた。


 ルキウスが少し戸惑いながらも頷いた。


 「アウラ。今日のことは、あなたにとって辛いことだと思います。でも、前を向いて進みなさい」


 完全な即興だった。何を言っているのか自分でも分からなかった。ただ、アウラの口を止めるために出た言葉だった。


 大広間がざわめいた。


 「王女殿下の深い慈悲……」


 「婚約破棄された令嬢への言葉が……」


 「さすが殿下……」


 シルフィが端の壁際に立っていた。手帳を持っていた。書いていた。


 アウラが深く一礼した。顔が下を向いていた。下を向いたまま、肩が少し揺れていた。笑っているのか泣いているのか、正面からは見えなかった。



 式典が終わった。


 人が散り始めた頃、アウラが近づいてきた。


 人が少なくなるまで待ってから、小声で言った。


 「殿下、ありがとうございました」


 「言わないでと言ったわよ」


 「式典は終わりましたので」


 「それはそうだけれど」


 「止めていただかなければ、本当に言うところでした」


 「分かってるわよ」


 「唇を噛もうとしたのですが、あまりにも嬉しくて」


 「嬉しかったの?」


 「嬉しかったです。36回失敗して、やっと」


 アウラの目が少し赤かった。


 「……よかったわね」


 「はい」とアウラが言い、少し間を置いた。「殿下も、次は殿下の番ですね」


 「そうね」


 「うまくいくといいですね」


 「うまくいくようにするわよ」


 「……応援しています」


 「あなたの応援の効果は、36回の実績を見ると少し心配だわ」


 アウラが笑った。今日初めて、声に出して笑った。


 「それは言わないでください」


 「本当のことよ」


 「……それでも、応援しています」


 アウラが一礼した。金髪が揺れた。


 歩き出して、3歩行ったところで振り返った。


 「殿下」


 「何?」


 「ルナリア様、と呼んでいいですか。もう婚約者でもなく、王族でもなくなったので」


 少し間があった。


 「どうぞ」


 アウラが笑った。今日2回目の笑い声だった。


 「ありがとうございます、ルナリア様」


 「……行きなさい」


 アウラが行った。


 大広間に、シルフィと2人が残った。


 「支持率は?」とシルフィに聞いた。


 「本日の殿下のご発言が各方面に広まっております。更新される見込みです」


 「聞かなければよかったわ」


 「おっしゃる通りでございます」


 「号外は?」


 「準備しておりました」


 「出さないで」


 シルフィが少し間を置いた。


 「……かしこまりました」


 手帳を閉じた。


 「……本当に閉じたのね」


 「はい」


 「珍しいわ」


 「式典という特別な場でございますので」


 大広間の天井が高かった。光が差し込んでいた。


 「次は私の番ね」と独り言のように言った。


 シルフィが何も言わなかった。


 それでよかった。

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