第36話 断罪してやるわ!(前編)
断罪式典の日程が決まった。
評議会から正式な通知が来た。「王太子殿下の婚約見直しに関する式典」という名目で、10日後に開催される。ルキウスがアウラへの疑念を積み重ねた結果が、ここに来て一気に形になった。
10日。
長いようで短かった。
シルフィが通知を盆に乗せて持ってきた。
「届いております」
受け取って、読んだ。読み終えて、机に置いた。
「……本当に来たわね」
「左様でございます」
「想定していたわよ。プロット通りよ」
「はい」
「でもいざ来ると、少し変な感じね」
「どのような意味でしょうか」
「ずっと目指していたものが、目の前に来た感じよ。うれしいはずなのに、変な感じがする」
シルフィが一拍置いた。
「……殿下が長い間、目指してこられたからかと存じます」
「哲学的なことを言うのね」
「事実を申し上げただけでございます」
紙をもう一度見た。10日後。アウラが断罪される。物語が動く。私の追放が近づく。
全部、うまくいっている。
その日の午後、アウラが来た。
式典の通知が届いたらしく、顔が輝いていた。扉を開けた瞬間から輝いていた。金髪まで輝いて揺れていた。
「殿下!」
「落ち着いて」
「落ち着けません! 式典の通知が——」
「声が大きいわよ」
「すみません」とアウラが言い、声を落とした。落とした声でも十分に興奮していた。「式典の通知が届きました。10日後です。とうとうです」
「知っているわ」
「嬉しくて。本当に嬉しくて。殿下に——」
「言わないで」
アウラが止まった。
「……何を言わないんですか?」
「あなたが次に言おうとしていることよ」
「ありがとうございます、と言おうとしていました」
「言わないで」
「なぜですか」
「式典が終わるまでは言わないで。式典の前に感謝を言うと、当日に余計なことをしそうで」
アウラが少し考えた。
「……余計なことというのは」
「ルキウスに向かって『ありがとうございます』と言いそうでしょう」
アウラが固まった。
「……言うかもしれません」
「だから言わないで。式典が終わってから言いなさい」
「分かりました。では式典が終わったら、改めて申し上げます」
「どうぞ」
アウラが向かいに座った。まだ顔が輝いていた。輝きを抑えようとしているのか、口をきゅっと結んでいた。結んでいても顔全体から嬉しさが滲み出ていた。
「……アウラ、顔を何とかしなさい」
「何ともなりません」
「式典当日、その顔をしていたら台無しよ」
「気をつけます」
「気をつけるだけで何とかなるの?」
「……なりません」
「練習しなさい」
「今すぐですか?」
「今すぐよ。式典中はどんな顔をするの?」
「うつむいて、悲しそうな顔をします」
「やってみて」
アウラがうつむいた。悲しそうな顔を作ろうとした。
作れていなかった。
口の端がわずかに上がっていた。目元が柔らかかった。どう見ても、悲しそうではなかった。
「……アウラ」
「はい」
「それは悲しそうではないわ」
「そうですか」
「嬉しそうよ。うっすら」
「隠しているつもりだったのですが」
「全然隠れていないわよ」
アウラが少し困った顔をした。困った顔もどこか嬉しそうだった。
「もう1回やってみて」
アウラがもう1回うつむいた。今度はより力が入っていた。眉を少し寄せていた。
「……少しマシね」
「本当ですか」
「少しだけよ。でも眉を寄せると不自然だから、眉は動かさないで目だけ伏せて」
「目だけ?」
「そう。目を伏せて、口を一文字に結ぶ。それだけ」
アウラが試した。
「……うん、これならいけるかもしれないわ」
「よかったです」
「ただし当日、ルキウスが婚約破棄を宣言した後に何か言いそうになったら、唇を噛みなさい」
「唇を噛む」
「ありがとうございますが出そうになったら、噛む」
「分かりました」
「本当に?」
「……多分」
「多分じゃ駄目よ」
「やります」
「よろしい」
シルフィが茶を2人分置いた。アウラが一口飲んで、少し息を吐いた。
「……殿下、やっぱり嬉しいです」
「知っているわ」
「36回。長かったです」
「長かったわね」
「殿下は何回でしたか」
「数えていないわ」
「嘘ですね」
「……数えていないわよ」
アウラが少し笑った。
「10日後です」
「10日後よ」
「楽しみです」
「楽しみにしていいわよ」
言ってから、少し意外だった。そんなことを言うつもりじゃなかった。でも言ってしまった。
アウラが顔を上げた。
「……ありがとうございます」
「言わないでと言ったわよ」
「式典の前ですが、これはその件とは別のことへのお礼なので」
「何が別なの」
「36回、毎回聞いてくださったことへのお礼です。断罪とは関係ないので」
返す言葉が出なかった。
アウラが立ち上がった。一礼して、行きかけた。
「アウラ」
「はい」
「当日、唇を噛むのを忘れないで」
「忘れません」
「絶対に」
「絶対に」
「ルキウスの顔を見ないで。見ると言いそうになるから」
「分かりました。床を見ます」
「よろしい」
アウラが出ていった。
部屋にシルフィと2人が残った。
「……当日、何か起きそうな気がするわ」
「どのようなことが、でしょうか」
「アウラが唇を噛み忘れて、ルキウスに向かってありがとうございますと言う未来が、見える気がするの」
シルフィが少し間を置いた。
「……前日にもう一度練習された方がよろしいかもしれません」
「そうするわ」
「かしこまりました。アウラ様に前日の練習のご連絡をいたします」
「あなたが連絡するの?」
「殿下がお忘れになりそうなので」
「忘れないわよ」
「かしこまりました」
忘れそうだった。正直なところ、忘れそうだった。




